第13話 別れる為の努力

 草原地帯を無事に抜けた四人は宿場町の前に集合していた。


 宿場町と言っても現代でいう道の駅のようなものだ。

 ちょっとした道具屋もあれば、生活をしている家もいくつか建っている。

 塀もあるので、この近くのモンスターのレベルを考えれば十分と言える警備体制だった。

 入り口の所々に燭台のようなものがあり、そこでお香が炊かれている。

 これが魔除けのお香というアイテムなのだろうか、とレイは昇っていく煙を眺めていた。

 昇っていく煙を見ていると心が癒される。

 煙の動きは一定ではなく、風に舞いながら空へと消える。


(いきなりこの世界に来て、村が襲われて、それからエミリの家が襲われて、森を抜けてここまで来た。これが全部、今日起きた事。流石に疲れた。……でも、今日はここで眠れる。初めての夜だ。)


 振り返ってみると、大変な一日だった。

 それに眠る行為で、もしかしたら現実に戻れるのでは、という気持ちもあった。


「あ、あのさ……。その、さっきはありがとう……」


 だから、フィーネのか細い声など聞こえない。

 彼はしみじみと煙を眺めていて、諸行無常を感じているのだ。


(あ?アルフレドにまた何かしてもらったのか?優しい奴だもんなぁ。いや、主人公だもんなぁ。)


 諸行無常は感じていなかったようだが、それでもまだ彼は煙を眺めていた。

 なんだか煙とお香の香りに癒される。


(とはいえ、助かったのは運が良かっただけ……か。この先が思いやられるな)


 最後はレイモンドの運に助けられたとはいえ、新島礼の記憶を引きずり出しての、計算された生還だ。

 だけど、最後に美味しいところをレイモンドに持っていかれたという自戒の念もある。


「ちょっと、聞いてる? あんたに言ってるんだけど?」


 今度は真下から聞こえた。

 だが、実はレイにはフィーネを助けたという自覚がない。

 スタト村の一件はさておき、その後は大体別行動を取っていた。

 彼らは彼らで頑張った。フィーネはフィーネとして頑張った。

 何なら、回復もしてくれた。

 だから、フィーネから感謝されるものが殆ど見つからない。


(フィーネの声がする。でも、あれだな。何かあるな。今は目を合わせない方が良い。あれだ。アルフレドと人前で抱き合っていたから、それを気にしての奴だ。ふふ、勝手に一人で恥ずかしがっていれば良い。)


 アルフレドと抱き合っていたことがチラつく。

 ただ、女々しい男だからという理由だけではない。彼女と関わることが一番まずい。

 彼女とセットで例の街に行けば、間違いなくアレが起きる。


 だが、次の瞬間、右脇腹に痛みが走った。


「だぁぁぁ、そこは!俺の秘孔がぁぁぁ!あぁぁぁぁぁるぅぅぅぅぅ‼」


 前世の記憶の影響か、そこを刺激されると頭が真っ白になる。

 確かにつまようじ一本がそこに刺さって死んだのだから、間違いなく秘孔である。

 慌ててしゃがみ込むレイ。

 するとそこに、フィーネの顔があった。


「なんで無視するのよ。」

「無視してない。煙を見ていただけだ。見ろ、煙はいつの間にか空へと消えていく。あれこそが俺の生きる道だ。」

「へぇ。そんな情緒を持ち合わせていたっけ?」

「も、持っててたに決まってるだろ。そ、そんなことより、今後のことをアルフレド達と打ち合わせをするんじゃなかったのか?」

「……それはするけど、その前にお礼がしたかったのよ。あんた、私を守ってくれたんでしょ?」


 感謝の相手はレイだった、彼女は矢のことを言っているのだが、あれは自分を狙ったものと思っている。

 それにあれは偶然、そうなっただけ。

 フィーネの声に反応して放たれた矢だったのは間違いないが、やはり合点がいかない。


「何の事?村を救ったのはフィーネたちだ。エミリの家族だって、あれは全員の力だ。」

「全員の力?……そんな考え方してたっけ?まぁ、いいわ。なんで分からないかなぁ。さっきの矢のことよ。ゴブリンの矢。私に当たる筈だった矢を防いでくれたでしょ?」


 この辺で、だんだんレイの様子がおかしくなる。

 フィーネという存在が怖い。

 彼女はレイモンドを子供のころから知っていた筈だ。

 だが、作中で過去の描写は描かれない。

 まるで探偵のような喋り口に、額から汗が零れ落ちる。

 ただ、矢に関しては別。


「ゴブリンの矢?アレは俺のだが?俺の雄々しさを妬んだ矢だが?俺は、無意識に防いで見せたけれども?」


 だから、きっぱりと否定。

 なんなら、あの時の動きを戯けた様子で再現してみせる。

 そして、それをフィーネは半眼で見守っていた。

 半眼の彼女も可愛い。

 理知的な彼女だから、半眼描写がとても多い。

 レイモンドの気持ちも分かるというものだ。

 でも、彼女といると殺される。

 ただ、殺されるわけじゃない。


 ——あの死はムービーシーン内で行われる。


 つまり、レイが戦ってどうにかなるものではない。

 レイが強くなって避けられるものではない。

 銃で打たれても、剣で切られても死なないキャラも、ムービーシーンでは呆気なく死ぬ。

 ここがゲーム世界である以上、それと同じ現象は必ず起きる。

 だから、こんなに感謝されていたとしても、それに応えることが出来ない。

 あんな奴は居なくて良い、だから居なくなっても大丈夫。

 そう思われることで、レイの心も体も救われるのだ。


「とにかく!アレで私は助かったの!あんたがどう思おうとね。だから——」

「あぁ、そうだ。思い出した。フィーネ、お前……。ってなんだよ。スライム塗れじゃねぇじゃねぇか。俺はあれを堪能したかったから、急いでここまで来たってのによぉ。何なら、今からスラドンを……」


 とにかく嫌われること。

 慣れていない行動だけれども、そうしなければならない。

 頑張って顎をシャクレさせ、嫌われるような表情を作って見せる。


「バカ!そればっかり! 一応、感謝はしたからね。私は借りを作っておきたくなかっただけよ。」


 そして、フィーネは宿の中に消えた。

 ものすごく虚しいのだが、こればかりは仕方のないことだ。


「フィーネの気持ちも理解してやれ」、「レイ、ちょっとデリカシーがないです」とアルフレドとエミリに言われても仕方がないのだ。


 あくまでゲームであり、キャラクターである。

 その一員なのだから、バグという抜け道を探すことでしか、中の人は救われない。

 そして、ゲームだから、あるフラグを立てなければイベントは出現しない。

 つまり、次の街で別れることが、彼にとっての身の安全の確保である。

 けれど、やはり。

 レイは中の人もレイである。

 だから全員が宿に消えた後、彼は吐き捨てるように言った。


「そんなこと、分かってるよ……」


     ◇


 宿はまさにファンタジーという作りをしていた。

 一階に食堂があり、二階部分が宿泊施設になっている。

 大部屋の方が安上がりだが、ここもレイモンドらしく金持ちアピールをした。

 だから、全員分の個室代をレイが支払った。

 顰めっ面の店主が座るカウンターに、シャツを取れかけの貴金属と共に置いただけだが。


(それでたったの一泊と、少々の小銭かよ)


 スタト村は裕福には見えなかった。

 レイモンドが親からありったけを吸い取っていたのだろうが、それでもたったこれだけ。

 全てが本物ではなかったので、宿屋の主もニコニコにはならなかった。

 それでも間接的に、村から吸い取った金を返せたことになる。

 見えないところで徳を積まなければ、助かったとしても幸せな人生は歩めそうもない。

 そして、荷物とも呼べない荷物を適当に部屋に置いて、一階の食堂へ向かう。

 そこで仲間と呼んで良いのか分からない顔見知りがいる。

 一つのテーブルを囲んでいるのが見える。


「外が気持ち良さそうだぁぁぁぁ。」


 だが、レイはそこに向かわず外に出て、テラス席に一人で座った。


「俺は街に行くのが目的だから、俺抜きで編成を含めて話し合っておいた方が良い」


 と、アルフレドには言ってある。

 そして近くに誰もいないのを確認して、彼は神妙な面持ちになった。


「これは大事なことだ。今日は奇妙な現象が起きた。スタト村の住民十数名とエミリの両親が生き残った。それも奇妙といえば奇妙だが、彼らには悪いが関係ない。進行上、アルフレドはあそこに戻らない。良かった出来事ではあるが、俺には関係ない。」


 初めてのゲーム内転生だから、細かく知る必要がある。

 だから、確かめるように今日一日を振り返る。


「俺にとって重要なこと、そして奇妙だったのは、エミリの出会いと呼べるイベントシーンがカットされたことだ。断定することは危険だが、チュートリアルを早く終わらせ過ぎたからじゃないだろうか。エミリは一人で逃げてくる予定だった。でも、まだ両親が襲われていた段階だった。それでエミリの両親は救えたし、エミリ自身はゲームの強制力で仲間になった。ゲーム進行上問題は起きていないが、俺にとって大事なのはムービーシーンがカットされたことだ。」


 敢えて声を出しているので、何度か周りを確認する。

 聞こえて良いか、悪いかは分からないが、聞こえない方が良い気がする。

 それでも声に出しているのは、嫌われ行為をしている自分を慰める為、言い聞かせる為だ。

 慣れないことで、ストレス値が半端ない。


「俺たちの進行を早くしたから、エミリのイベントはカットされた。つまり時間の流れを無視できるほどの強制力はないということだ。近距離なら別だが、遠くまで瞬間移動することはありえない。恐らくだけど、エリアが違っていたからじゃないだろうか。だから、俺の行動は間違っていない。あの場に、あの時にいなければ俺は助かる。具体的に言うと、デスモンドの街だ。あそこにアルフレドが辿り着くまでに俺が離脱していれば、あの残酷イベントはカットされる。」


 元々、人付き合いが苦手なのは嫌われたくないからだ。

 そういう意味ではコミュ障にとっては拷問でしかない。

 ただ、実はそれが本当のストレスではない。


 ——仲間に情を抱きたくないのだ。


「普通に接すれば良い。なんて思えたらいいんだけど俺は不器用なんだ。それに……。あと少しなんだ……」


 次の街ネクターで新たな出会いがある。

 そこが最も別れやすいタイミングなのだ。

 リメイクで爆発的に人気が出た理由は、その出会いにこそある。

 次の街でパーティは五人目を迎える。

 けれど、このゲームのパーティ編成は四人までだ。

 だから旧作では、そこで一人と別れなければならなかった。


「マジで、勘弁してくれよ。リメイク前ならどうにかなったのに。いや、どうにかなったのかは怪しいが……」


 ただ、レイモンドとは別れられないという極悪仕様だった。

 製作者はよほどレイモンドによるフィーネのかどわかしシーンに思いを拗らせていたのだろう。

 だからレイモンドは昔から嫌われている。

 無論、薄い本では主役級の活躍ではあるのだが。


「あのイベントは避けなければ。俺が大悪人になり、そして惨たらしく殺される。それはマジで勘弁なんだ。」


 旧作のゲーム名は「ドラゴンステーションー光の勇者と五人の花嫁ー」だった。

 そしてリメイク版は「ドラゴンステーションワゴンー光の勇者と七人の花嫁ー」。

 つまり、二人のヒロインの追加だけでなく、ステーションワゴンに乗って全員で移動できるという、ネジが何本も外れているぶっ飛び仕様である。

 だが、ステーションワゴンの存在により、別れは不要となった。

 搭乗人数なんて無視して、全員乗ることが出来る。

 そして、このゲームは勇者のハーレム要素がたっぷりとある。

 どう考えても地獄絵図しか浮かばない。

 そして、その極め付けにレイモンドは酷い死に方をする。


 だから、この街で五人になったタイミングで絶対に別れなければならない。


「戦闘システム、リメイク前の兼ね合い。そこが俺にとってベストなんだよなぁ」


 そのタイミングが極めてシビアなのだ。

 ヒロイン・マリアの登場。

 マリアの登場ムービーシーンを挟んで数歩歩いたところで、「パパがステーションワゴンを買ってくれるって!」という、とんでもイベントが始まる。

 車の免許はレイモンドしか持っていないというバカ設定までもが披露され、彼は運転席で孤独に運転しながら、勇者とヒロインたちのトークイベントが開催される。

 旧作で嫌われに嫌われたレイモンドに対するイジメとしか思えない展開が、ネクタ以降では待っている。

 さぁ、これで仲間に残りたいと思いますか、という話なのだ。


「いや、それは流石につれぇわ……」

「何がそんなに辛いのよ。」

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