第12話 ゴブリン地帯を駆け抜けろ

 レイの意味不明な言葉にエミリは押し黙ってしまった。


(伝わらないのは百も承知だ。でも、これでいい。俺は変な奴でいい)


 ただ、自分がこの道に自信を持っていると伝われば良かった。

 彼が言った境界線とはモンスターの出現率が変わる、エリア同士の境界線を指している。

 このゲームはリメイクだがリマスターに近い。

 システムはあまり変えていないということ、加えてレイはやりこんでいるから、それがどの辺りかも分かる。

 レベル上げをしているのに、いちいち前のフィールドキャラの相手はしていられない。

 今回はその逆をやっているだけだ。

 だから、これがゲーム世界という理屈でしか通用しない行動でもある。

 そして、午前中のエミリの両親救出イベントは予定外だった。

 エミリを仲間にすること自体は想定内でも、その後の両親のアフターケアは想定外。


「俺がモンスターを倒せるということは、モンスターにもそれが出来るってこと」


 夜に弓矢エリアを進むのは流石にまずい。

 単純にダメージ値で判断できない以上、飛び道具は恐怖でしかない。

 ヘッドショットを喰らえば、フィーネの魔法がどれだけ凄くても助からない。

 それはエミリの父親を見て確認している。


「この辺はゲームに則してるってことで合ってる……よな? アルフレド、フィーネ、この辺りのモンスターは弱い。急がないといけないのは分かっている。でも、急ぐために必要な時間だってある。まずはエミリを中心に戦ってみよう。但し、ここから右10m先には絶対に行くなよ。間違いなく矢が飛んでくるぞ。」

「分かった。ここから右に10mは絶対に近づかない。」

「見えないところから矢が飛んでくるのよね。それは流石に怖いものね」


 アルフレドもフィーネも首を傾げながら前に詰め寄ってくる。

 今まで散々、ビビらせながら後ろを警戒させていたのだから、顔が強張っている。

 けれど、目の前に現れたモンスターを見て、彼らは安堵の表情を浮かべた。


「エミリ。あれは大丈夫のやつだ。練習がてら、戦ってみよう。」

「あのブニブニを斧でぶっ叩いたらいいんですか?……えっと、レイ……さん」

「さん付けはいらない。あのでっかい目玉をぶっ叩いたらいい。アルフレドとフィーネはコウモりんが来ないか見張っていてくれ。」


 ベチャ‼

 一瞬だった。

 一瞬過ぎて、フィーネが遅れて顔を出してしまった。


「え。ゴブリンが出てくるんじゃないの?って何⁉これってスラドン‼もうぅぅ、凄くぬるぬるぅぅ……」


 エミリから地響きのような音がして、スラドンが爆散していた。

 そしてそれを見ていなかったフィーネの体にヌルヌルスライムが浴びせられる。

 彼女は普段着のまま、ここに来ている。

 ステータスや装備欄が見れるなら、そこには布の服と書かれているだろう。

 白いワンピースだって布の服で、ヌルヌル粘液が大量に付着したらどうなるか。


 ——家庭用ゲーム機の一線を越えてしまう。


 だからレイは一瞬、空を見上げた。

 だが、自主規制の白いビームが降り注ぐことはなかった。


(いや、これは不味いって!スライムプレイなんて、同人コミックのソレだ。でも、俺。好きなゲームのはあんまり見れなかったんだよなぁ。分かる人には分かると思うけど‼)


 だから、何もなかったフリをしつつ、話題を変える。

 今ならエミリに話しかけるのがベスト。

 彼女が来ているのは農作業着、こういう付着物には強い衣服だ。


「エミリ……。その、倒した感じ、どうだった?」

「こんな感じでいい?え、えっと……、レイ?」

「良い良い!マジですっげぇ。これが初めての戦闘だよな?そして、これをその体でやっちゃうんだよな?背中に鬼人を背負わずに出来てしまう。それがエミリだ!」

「背中に鬼人?」

「な、なんでもない。とにかく、敵には弱点がある。それを忘れるなよ。まぁ、エミリの場合は急所攻撃とか要らないかも、だけど。壊せそうなところがあったら、ぶったたく。それを忘れるなよ。」


 いきなり旅に出てモンスターを倒せる者などなかなかいない世界。

 倒せるから主人公パーティなのだ。

 でも、人型や動物型になると別だろう。

 だから彼女にはなるべく生き物っぽくないモンスターを相手にさせた。


「これがアタシの力……。凄いかも。次は?何をぶっ叩いたらいい?さっきので良いんだよね?バーン!って!」


(これが勇者パーティを名乗る者たち。……というか、ちょっと怖いな。エミリだけじゃない。アルフレドとフィーネも同じなんだ。アルフレド達も最初から魔物退治に躊躇はしていなかった)


 そう考えると、彼らは強いのかもしれない。

 でも、レイモンドは確か、弱い。それにゴブリンの矢は怖いから、この道を進ませる。

 彼も彼らを見倣ってコウモりんと戦ってみたが、あまりにも可愛すぎて叩き落とすのに躊躇してしまった。

 だが、倒せるようになっていた。

 それも、容易く。

 効果音は聞こえなかったが、確実にレベルは上がっている。

 ここまで来ると、ここはゲームの中で間違いないと思えてくる。


(でも、ステータスが見れない。主人公じゃないから、そう思うだけかもしれない。でも、あのゲームの中というのは間違いなさそうだ。それってつまり……)


 酷たらしいレイモンドの死に様も確実に存在する。

 レイはそんなことを悶々と考えながら、森の中、木々が疎らになり始めていることも確認していた。

 つまり森エリアから林エリアに変わる。

 そして、そこは。


「みんな、静かに。今から俺とエミリでゴブリンに奇襲をかける。ゴブリンは奇襲するためにいるのに、逆に奇襲された形になる。だから混乱が必ず生じる。アルフレドはそろそろ火の玉パイロを覚えてるだろうし、フィーネは鎌鼬カマイターを覚えている筈……。——って、なるほど。すでに自覚してるのか。その範囲魔法でさらに混乱を拡大させて欲しい。そして、その隙に前進だ。もうすぐ草原地帯だから一気に進めば死角からの弓矢に怯えなくて済む。」


 レイが振り向いた時には、フィーネの服は今まで通りの綺麗なワンピースに戻っていた。

 彼女は水魔法が元々使えたから、風と炎を組み合わせれば、魔法のドライヤーくらい思いつく。

 さすが幼馴染のいちゃこらカップルと言ったところだろう。

 でも今は、そんなツッコミを入れる暇はない。

 草原はまだ明るいが、森の中は暗闇に包まれる。

 コマンドバトルではない以上、ある程度の明るさは絶対条件。

 だからレイは躊躇せずに魔法を使う。


闇魔ヤミマ!」


 エンカウントするモンスターが切り替わる地点手前、それもモンスターが全く見えない状況でレイは戦闘専用の魔法を使う。

 通常なら戦闘専用魔法はフィールドでは使えない。

 けれど、この世界では使える。

 そも、現実世界に魔法というものが存在しているとして、戦闘なら使える、フィールドなら使えない、そして逆もまた然りなんてことは起こり得ない。


 ゲームの批判している訳ではない。

 この世界のルールを確かめているだけだ。

 ゴブリン戦で闇属性の二段階目『闇魔ヤミマ』が解放されていたのはラッキーだった。

 目の前にいるだろう敵は一ターンだけ、敵を見失う。

 だから、ここであの馬鹿力の出番である。


「ぶんまわしぃぃぃぃ‼」


 エミリが斧を振り回す。

 ぐるぐる回ってグループダメージを与えるというだけの技。

 だが、魔法とは違うスキルカテゴリーの技。

 敵がいなくても使って構わないだろう、とその技を使ってもらった。

 そして彼女の怪力にかかれば、鉄斧が無慈悲な森林伐採マシーンへと変わる。

 木の上や木の影に隠れて獲物を待っていたゴブリン達が、猿のような鳴き声と共に散り散りになっていく。

 そこに風と炎が巻き上がるのだから、ゴブリンから見れば大惨事、この世の終わりである。


「今だ!駆け抜けろ!」


 アルフレドが言った。

 ただ、これは打ち合わせ通り。

 そしてアルフレドとレイが二人して殿しんがりを務める。

 案の定、弓矢が飛んできたが、ほとんどが森林火災の上昇気流で明後日の方向に飛んでいく。

 もしくはアルフレドの盾で簡単に弾き返せるものだった。


(上昇気流まで発生するのか、ますますオープンワールド。完成度高い……、ってそりゃ。ここは現実でもあるからか。)


 そして、ついに四人とも森を出て草原地帯に足を踏み入れた。


「やっと抜け出せたわね。見て、まだ日が昇ってるよ!」


 フィーネの声には安堵の気持ちが篭められていた。

 今まで慎重に進んできたのだから当然だろう。

 つい、レイも気が緩んで太陽の方向を眺めてしまった。


 ——だが、このタイミングは危険だった。


 この草原地帯にも弓持ちモンスターがいる。

 だからフィーネの声に反応して、実は一発の矢が飛んできていた。

 神経をすり減らしすぎて、誰にも気づけない風切り音。

 それがまっすぐにフィーネの顔に向かって飛んでいく。

 そしてやじりは「カン!」という衝撃音と共に、何処かに突き刺さった。


「え? 俺の右腕に何か当たった?」


 レイモンドは態度もそうだが図体もでかい。

 しかもゴワゴワ、テカテカした動きにくい服を着ている。

 だからフィーネに向かって飛んできた矢は、彼が手でひさしを作っていた腕に当たって方向を変えていた。


「矢だ!まだ狙われているぞ!」


 そこでもう一度、アルフレドの一声。

 地面に突き立った矢を見た全員は、顔を青くさせながら宿場町に向かって走り出した。


「太陽の方向にちょうど宿屋がある。逆光で狙いがつきにくい筈だ。みんな急ぐぞ。レイ、腕は大丈夫か?」


 そして彼はレイへの気遣いも忘れていない。

 流石、主人公だと舌を巻く。

 なんだかんだ、村の厄介者レイモンドに付き合っていたのだ。

 だから、アルフレドは心の底から良い奴、という設定だ。


 レイは予期せぬ矢の衝撃で、呆然としていた。

 だから、頷くことを返事とした。


 ——この時、レイは全く別のことを考えていた。


 何故か、痛くも痒くもない。

 草原といっても草はそれなりに生い茂っている。

 太陽の方角に進めば、確かに当たる確率はかなり狭まる。

 それにしてもと、レイは走りながら自分の腕を見てみた。

 彼はレイモンドという存在にゾッとしていた。


(今のって、俺が矢を吸い込んだよな?何故か敵に狙われる特性があって、ゲームでもすぐ死ぬ。だから、一端街に戻ってとか、レイモンドのせいで往復する羽目になる。……っていうかさ、今気付く俺も俺だけど。こいつ、ド派手なジャケットだけかと思ったら、下のシャツにも金やら銀やら宝石やらを縫い付けてやがる。このジャケットを脱いでフィーネに見せつけてたんだな。その悪趣味が俺を守ってたのかよ……)


 腕だけではなく、今までモンスターに攻撃を受けた箇所を全て確かめてみた。

 そこは必ずと言っていいほど、貴金属や宝石が縫い付けられていた。

 何やら頭の中のレイモンドが笑っている。


「設定資料にもあったな。憎まれやすい、豪運、生き汚い。つまり、そういうことか。この装備だけじゃない。俺は今までレイモンドの運に助けられてたって訳か。なんていうか、お前で良かったのかもしれな——」


 と、そこまで言いかけてレイは喋るのを止めた。

 動きやすい服装の三人はとっくに宿屋に辿り着いていた。

 そしてフィーネなんてアルフレドに抱きついている。

 エミリもアルフレドに手を引いてもらったのか、少しもじもじしながらも、しっかりと手を繋いでいる。


 うん、主人公だ。


「すまん、レイモンド。俺はやっぱ、あっちになりたかったわ……」


 ハーレムの主人公が良いし、レイモンドには最悪の未来が待っている。

 そしてレイは自分の運命を厭いながら、三人のところまでゴワゴワした服で走っていった。

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