第11話 レイの読みと仲間のズレ
エミリの母親は小麦を運ぶ為の荷車に、夫を乗せて歩いていった。
無表情で手を振る彼女の姿は、胸に残った。
(ゲームの設定上は登場することさえない。登場するとしたら墓石としてだ。)
そして、彼は赤毛の少女に視線を移した。
「結局、エミリは残った。情報を与えたとはいえ、普通は母親と同行する。でも、彼女は残った。エミリが来ないと、俺がパーティから抜けられない。……だが、本当にそうか?もしも来ないのであれば、俺も行かない!が普通にできるということ。実はエミリが来ない方が良かったってこと?……でも、結果的にはゲーム通り。それが重要か……)
エミリはこの場に留まっている。
今ならまだ間に合うが、彼はゲームの強制力に一定の信頼を置いている。
アルフレドに助けられた時、エミリはキラキラした顔で、その瞳も輝いていた。
あの光景は、いやイベントスチルは見たことがある。
エミリとは、アルフレドという存在に惚れるものなのだ。
「エミリ、父と母について行かなくて良いのか? 今ならまだ間に合うぞ。」
物凄く良い奴であるアルフレドは、そんなことさえ言ってしまう。
普通に考えれば、これくらい言って当然である。
だが、やはり。
彼女の心は決まっていた。
「いえ、本当なら私もお父さんもお母さんも死んでいました。それにお父さんは2度と畑仕事ができない体にされたんです。他にも同じ思いをする人がいるかもしれません。私も連れていってください。こう見えて私、腕力には自信あるんです。」
彼女が今言ったことは、両親のことに限り原作とは異なる。
エミリはこれから戦士としての成長曲線を描く。
その理由は、今着ている農作業服の中身にあったりする。
彼女の服の中身は非常に魅惑的にデザインされている。
女戦士は、何故か肌面積が広い。
鎧とは、物理防御とは、そんなゲーム黎明期の疑問はここでは置いておこう。
あんな細腕のどこにそんな力が、なんて愚問でしかない。
「もう一度確認をさせてくれ、エミリ。さっきも言った通り、君たち家族を助けたのはレイだ。そしてレイは次の街、ネクタで別れ……う。そういう予定になって……う」
何故、そこでドモる?
少々どころではなく不安な展開?
いや、そうではない。
レイはこう思っている、——練習済み、いや対策済みである、と。
(役立たずで鬱陶しい筈のレイモンドが活躍してしまっている。これは俺のミスだ。でも、必要だったミスだからミスというよりは、必要なミスだ。……何を言っているか自分でも分からないが、チュートリアルで練習しないと、俺がマジで死ぬんだ。そしてエミリが残ること、アルフレドが良い奴だったことは既に分かっていたこと。ならば、ここで練習の成果をみせよう!)
先ほど、フィーネを引かせたから、威力は確認済み。
——つまり、レイはレイモンドという存在を信じている。
「へぇへっへ。アルフレド、いいじゃあねぇか。俺様のお蔭でエミリはここにいるんだ。ってこたぁよぉ。こいつは俺が好きにしていいってことだよなぁぁぁ」
その瞬間、三人の顔が目に見えて固まった。
レイモンドの得意技は傲慢な態度、下品な言葉、そして厭らしい顔だ。
だから彼は厭らしい顔をしてエミリのつま先から太もも、下腹部、胸、そして顔、耳、髪先に至るまで舐め回すように眺める。
途中から、3次元化された素晴らしい造形だと気付き、本気で眺め始める。
(再現度たけぇなぁ!等身大フィギュア、しかも……)
「レイ……。お前……、その手つきは……流石に」
(これ、言ってみれば、ありとあらゆる——)
「——ことが捗りそうだな。いや、マジでいろんな意味で……、って‼痛ってぇぇぇぇ‼フィーネ!足!足!」
「うーるーさーいー!うちの村の汚物は黙ってなさい。エミリ、貴女も魔族と立ち向かうのよね。安心して、この汚物は街で捨ててくから!」
フィーネはレイの足を思いっきり踏みつけた。
いずれ魔王を倒す潜在能力を舐めているのだろう。
(やばい。声に出てた。そういや、フィーネだって……)
レイはフィーネに同じ眼を向けたが、彼女はプイッと顔を背けた。
骨折しているだろうが、背に腹は変えられない、肉を切らせて骨を断つ。
足を踏まれる直前、間違いなくエミリは引いていたし、アルフレドも焦って割って入ってきた。
途中から本気になってしまったが、結果オーライ。
フィーネからのヘイトが異常に高くなっているが、それもレイの生還をアシストする好材料だ。
だから、謝ってりしない。
と、レイは腕組みをしてニヤリと笑った。
これもまた超絶にムカつく顔で。
「レイ、俺はそういう意味で言ったんじゃない。エミリは俺たちの仲間だ。エミリ、危険を感じたら、すぐに引き返せ。それと、あまりレイに近づくな。それはせめて約束してほしい。俺に気を遣うことはないからな。」
「はい。でも私、結構根性ありますよ。期待しててくださいね!」
「俺様が手取り足取り教えてやるよぉぉぉ」
「レイ!いい加減にしなさい!」
「痛ぇぇぇぇぇ!骨折れてるから!折れてる部分が肉を抉ってるから!」
そんな顛末で、エミリもパーティに加わった。
(嫌われたけど、それも生きる為。……離脱準備は進んでいる。)
◇
今日はこのまま先にある宿場町へと向かう。
エミリは農作業服のまま、鉄斧を担いで歩いている。
加入早々、強そうに思えるのはストーリーものあるあるだ。
新たに仲間になるキャラは皆、主人公パーティと近しいレベルで登場する。
だから彼女も今のアルフレドとフィーネとそしてレイモンド、三人と同じくらいの強さを持つ。
(しかも戦士だから、基礎ポイントも高い。)
いきなりの戦闘にもついていける。
ここから先を説明すると、宿屋への道はゴブリンゾーンが存在し、スラドンとイノブータンは依然と同様に出現する。
コウモりんはひとまず退場し、別の機会に色違いのコウモりんが出現する予定だ。
(チュートリアルはマジで助かった。あれで一応の戦い方は分かった。あとは如何に嫌われつつ、こんな奴と同じに見られたくない、距離をとって歩きたいと思わせながら、行動できるか、だな。ネクタまでは直ぐなんだ。)
今の所、誰もレイと目を合わせようとしていない。
そういう意味ではレイの作戦は上手く進行している。
勿論、豆腐メンタルの彼にとって、今の状況はきつい。
けれど、彼は知っている。ゲーム内での残酷な殺され方を知っている。
しかも、外道として殺されるのだから、途中で放り投げられる方がずっとマシである。
ただ、世界を救うのは彼らである。
彼らには強くなってもらう必要がある。
そして、絶対条件として、彼らは死んではいけない。
女神像辺りでコマンドメニューが現れる。
でも、あの時彼は何も言わなかった。
アルフレドのあの素直な性格を考えると、何かが出現したら、絶対に話をする。
(嫌われる努力は必要、でも死なれたら困る。セーブが存在しないかもしれないからな。)
だから、レイの行動は彼らには奇妙に映る。
「アルフレド、この辺りはさっき戦ったゴブリンが多数生息してる。あいつら頭を使う。人間が使う武器や防具を使ってくる。とにかく奇襲に気をつけるんだ。」
「そ、そうか。それなら暗くなる前に宿に着く必要があるな。レイ、お前ならどうする?」
(ん?……なんか、素直だな。俺は嫌な奴だぞ!)
普通の返事が返ってきて困惑するレイ。
だが、彼自身も奇襲が怖い、死ぬのは嫌なのだ。
しかも、相手からの奇襲だ。今まで有利に運んでいたものが逆転する。
尖った何かを使ってくる相手、種類によっては飛び道具を使ってくる相手なのだから、こちらもひと突きでやられる可能性がある。
フルプレートアーマークラスでなければ安心できない。
せめて大きな盾が欲しいが、それも現時点では所持していない。
「へいへい。全く、使えねぇなぁ。そんなことを言うアルフレドは後ろに下がってろ。あー、それとあれだ。相手が矢を使ってくる以上、ヒーラーのフィーネは守らにゃなぁ。俺が回復してもらう為だからな、勘違いすんなよ?ま、エミリくらいなら守ってやってもいいぞぉ。エミリはあっち側をしっかり見ておくんだ。分かったな?」
「うん!」
うん、良い返事……ではダメなのだが。
彼は自分の行動を理解できていない。
だって、仕方がない。
嫌われる努力が必要、だがここに居る三人はレイモンドよりもステータスが高くて使えるキャラクターである。
そして、付け加えるように厭らしい顔をする。
「成程……。そうか、参考になる。」
「いやいや。真面目に答えるなっつーんだよ。あれだぞ、勘違いすんじゃあねぇぞ。ゴブリンエリアは奇襲で始まることが多いんだよぉ。つまりは後ろがやべぇんだ。危ねぇ方を二人に任せるって意味だからなぁ?俺の為にやっているだけ、だからな‼」
つまりレイとエミリが前衛でアルフレドとフィーネが後衛。
これにはもう一つの意味がある。
この中で宿場町の場所を知っているのは、恐らくだがレイだけ。
この時点で彼らはスタトを出たことがない設定だ。
宿場町を知っている可能性があるとすればエミリだから、彼女も前衛に置いている。
「そういうことね。それじゃ、私はアルフレドのちょっと前くらいかしら。それじゃあレイ、頼むわよ。それとエミリに変なことしないでね。」
とんでもなく嫌っている筈のフィーネまでもが普通に会話に参加してくる。
だが、ゴブリンの矢の方がもっと怖いから、多少違和感を覚えつつも、彼は的確な道を選択する。
◇
エミリは困惑していた。
目の前に立っている男はレイというらしい。
先ほど自分の体を厭らしい目で見た男だ。
普通に考えれば要注意人物、お父さんにもお母さんにもこういう人間は注意した方が良いと言われている。
というより、スタト村のレイには気を付けろと言われている。
アルフレドとフィーネもレイを信用していないと口では言っている。
けれど、そこが一番分からない。
彼らはそういう態度を取りながら、内心で彼を信用している。
三人は同郷の人間で自分は後から加入した。
だから、これには深い事情があるのかもしれない。
(うーん。スタト村は噂でしか聞いていないからなぁ。アタシ、どうしたらいいんだろう。あの目つきは怖いけど、どう考えてもお父さんを助けたのはこの人だよね?)
エミリは目の前の男を、やはり信用してしまっている。
生理的には無理なのだけれど、外に出たら雰囲気がガラリと変わった。
そして、何やらぶつぶつ呟いている。
「本来ランダムエンカウント、つまり見えない場所にも敵がいる。だけど、この世界はシンボルエンカウント、つまり敵が見える。いや、戦い方としてはオープンワールドか。どんな手を使っても勝てばよい。それでもシステム的にはランダムエンカウントだから……。こっちから先手を打てるんじゃないか?——エミリ、ここで『ぶんまわし』って使えたりする?」
「は、はい‼でも……、どうして」
エミリは両肩を飛び跳ねさせて、裏返った声で返事をした。
独り言だと思っていたら、突然話しかけられた。
それに技名。薪割りをしていた時に個人的に思い付いた、ただの幼稚な技名を彼は知っていた。
「……やっぱり同じレベルなのか。俺が新しく覚えた『ヤミマ』の出番か?俺が呪文を唱えたら、あの木をぶった斬って欲しいんだけど。エミリ、いけそう?か」
「い、いけそう……て。この森を突っ切るってこと……ですか?」
目下、彼女の最大の関心事である彼が指さしたのは森の中。
エミリが知っている街への道からは、随分と左にズレていた。
けれど、彼女は父親から聞いただけで、農作物の運搬は父が行っていたから、話でしか知らない。
ただ、彼が目指す森には道はなかった。
強いて言うなら、獣道のような何か。
父が普段から利用している道は、知らなくても分かる。——
「森の中を進む?」
「本気?」
「あぁ、その先に宿場町がある、ということだろうな」
後続のアルフレドとフィーネの困惑した声もひそひそと聞こえてくる。
だが、彼には聞こえなかったらしく、今もぼそぼそと喋っている。
「この辺りはフィールドの境界線だからゴブリンは出ない。それに今から向かう宿場町で盾が売ってる。さっき見た感じ、街灯は無かった。当たり前だけど。つまり夜はたいまつが必要なくらい暗いってことだ。プレイヤーの神視点があれば別だけど。」
これは高度な魔法詠唱か、と思えるほど言っている意味が分からない。
そんな彼が実は自分に話しかけていたなんて、思いもよらない。
「普通に草原を行けば、一回は必ず夜が来る。流石に今はまだ怖い。なら、夜までに最短ルートで宿に行くのが一番だ。序盤でのレベル上げって面倒くさいってのもあるけど、装備が心許ない。それに、装備を揃えてからのレベル上げの方が効率が良い。流石に弓矢は怖すぎるんだよなぁ。……だから、エミリ。その時が来たらお願いな。」
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