第14話 宿屋の夜の個人面談
ずっと辺りを警戒していた筈だ。
だけど彼はあのイベントのことで頭が熱くなり、周りが一時的に見えなくなっていたらしい。
ぽつりと、本当に小さく呟いた言葉に返事があった。
それに声だけで分かる。
テラス席は誰もいなかった筈なのに、向いの席にいつの間にか座っている。
「え……、フィーネ?」
空色の髪の少女は、白目に近い半眼だった。
「そもそもなんだけど。……貴方、何者なの?」
それはあまりにも唐突な質問だった。
レイは数秒か数十秒か、もしかしたら一瞬か、自分が疑われていることに気が動転していて固まった。
レイが自分が何者かを説明するのは容易いと思うかもしれない。
けれど、例えば今の世界はゲームの世界で、自分はそのプレイヤーだったから、全部を知っていると語る人間がいたらどう思うだろう。
——おかしな奴。イカれた奴。妄想癖。いくらでも思いつく。
これから先に起きることを話せば信用してもらえるのでは、と思うかもしれない。
では、この先の未来をどう語れば良い?
裏切り者でないなら、いくらでも語ろう。
ゲームの内容を暴露するということは、自分が彼らを裏切る未来を話さなければならない。
敵対することを話さなければならない。
それが、パーティから抜ける理由なのだから。
——どっちみち、未来が分かるという人間は信用に値しない。
だから、未来を語れる筈もない。
だから、スッと何気なく。
レイなど存在しなかったかのように、パーティを抜けることが、誰の目から見ても幸せに見えるのだ。
レイモンドはレイモンド。
疑われようと、レイモンドで押し通すべきだ。
それも明日までの辛抱なのだ。
「俺はレイモンド……。じゃなくてレイだ。何者とかじゃない。ずっとレイだよ。それに辛いのはあれだ、その……。お前のヌメヌメ姿を見逃したことだ。あれは男のロマン。あれはじっくり拝みたかったからな。」
彼はそう言っていつものレイモンド顔を向ける。
じっくりとねっとりと、フィーネの体を舐め回すように見る。
これで彼女はドン引きして去っていく筈だ。
「いつも見てるじゃない。ヌメヌメはしていないけれどね。」
だが、何故か彼女は去ろうとしない。
もしかしたら気分が落ちこんでいて、気合が入っていないのかもしれない。
だから、彼はもっと厭らしい顔をして見せる。
「いやいや。あれは良いものだ。その……、色々透けていて、それの体のラインも——」
「ねぇ!それ、無駄よ!だって、嘘って分かってるもん。まぁ、男の子だしぃ? その感情は嘘じゃないかもしれないけどぉ?……でも、レイは絶対にワザとやってる。だって私の服が一番透けてた時、貴方は目を逸らしたじゃない。」
レイは厭らしい顔のまま目を剥いた。
それは確かにその通り。
けれどここもグッと我慢をする。
「あ、あれは、その宿の前でも言ったように危険な森の中だったからだ。特に名前は出さないが、真っ白い自主規制レーザーが上から降り注いでだなぁ」
「は?れえざぁ?何、意味が分からないことを言っているの。つまり——」
メタ発言が通用する筈もなく。
「いや、違うんだ。間違えた。そんなレーザーは存在しない。俺はあれだ。あの森を抜けて、じっくり見ようと思っていただけだ。うんうん、これなら問題ない。」
「はい、それも嘘。 あの時、この辺りは比較的弱いモンスターが出るって言ったの。あれはレイでしょ? その環境を利用して、戦い慣れていないエミリを鍛えていた。Q.E.D、証明終了よ。……っていうか、何者?って聞いたのは、半分冗談よ。だって私には心当たりがあるもん。」
証明は終了した、この言葉でレイは完全に諦めた。
確かに彼女はずっと監視していたのには気が付いていた。
手紙を書いている時も視線を感じていた。
彼女は、かなりの確信を持って言っている。
でも、こうなってしまっては、その「心当たり」というものが逆に気になる。
「心当たり……って、俺は妙な行動をとっていたか?」
「レイのことじゃないわ。……ってまぁ、妙な行動には違いないけど。そうじゃなくて!アルフレドが木刀であなたの頭を殴ったからよ。レイが変わったのはあそこだもん。当たりどころが悪かったから、おかしく……。いや、おかしくは変ね。多分、神経が上手く繋がってまともに……なったんじゃない? でも、それってとても良いことなの。って、それは別に良くて。私が聞きたいのはこっち!どうして思考回路がまともになったのに、ワザと嫌われるような態度を取っているのかってことよ。」
フィーネは形の良い胸をぎゅっと押し上げるように腕組みをした。
そして、彼女なりの理論を説明してくれた。
タイミングは正解だが、肝心の部分が違う。
中身が別の人になっている、という考えには至らなかったらしい。
それに関してはレイ自身も意味が分かっていないのだが。
(他の転生ものみたいに、これって現象があればいいんだけど。こればかりは説明しようがない。あと、フィーネに話せるとしたら、……これしかないか。)
これ以上、嘘を話すのは無意味だと悟った。
だから、彼はついに白状するのだ。
これは紛れもない真実であり、説明もしやすい事実だ。
「俺は死にたくない……。俺が死にたくないからだよ。」
レイは「死にたくない」と簡潔な言葉だけを言った。
「え?……死にたく……ない?」
その言葉にフィーネは一度目を剥いた。
それから難しい顔になって、険しい顔になって、そして何かスッキリした顔になる。
そんなフィーネの百面相、こういうところもヒロインだなぁと感じてしまう。
「成程。そういうことね。死にたくない、なんて当たり前のことを言って、やっぱり意味が分かんないって思ったけど。これは元々私たちが始めた戦いだもん。レイはそれで妙な気遣いをしてたのね。次の街でお別れになるから、私たちが別れてせいせいしたって思えるようにしてたってことよね?」
「そうだ。その通りだよ。だから嫌われようと思った。」
フィーネの言葉にレイは素直に頷いた。
彼女はちゃんと理解してくれていた。
一を言っただけで、全部理解してくれた。
「旅のいろはも分からなかった私たちに戦い方も含めて導いてくれた。ちょっと頼りになるかもって思っちゃってる自分もいるのは認めるわ。でも私たちを
最初から話せば良かった。
なんて恰好悪いのだろうか。
ただ、正直に「死にたくないから」と言えばよかったのだ。
気付いたらレイモンドだった、そこからの軌道修正が出来なかった、というのが正解かもしれないが。
けれど、流石ヒロインだ。一発で解決してくれた。
「そっか。俺は色々と考えすぎていたのか……」
正直、安堵した。
それに、先ほどフィーネが言ってくれたように、アルフレドも理解してくれる。
だからレイが抱える心の枷はあっさりと外れた。
——外れた筈なのだが。
何故か、フィーネは真面目な顔をしたまま止まった。
「いいえ、考えすぎということはないわ。だって、それは私が貴方を観察していたから分かったことだもの。……多分だけど、エミリはアルフレドより貴方に懐いてる。下手したら恋に落ちかけてるまであるわね。これは問題ね。」
「はい?」
確かに彼女は心の枷を外してくれた。
だが、何故かその枷を持ったまま険しい顔をしている。
「あの子の馬鹿力は知っているでしょう?無理やり連れていく可能性は十分にあるわね。だから、素直な態度は私の前だけにして。アルフレドとも打ち合わせをした訳じゃないから、次の街まではその厭らしい感じを続けた方がいいわ。でも、私はちゃんと分かってるから、そこだけは安心して。」
そして、フィーネは店の中に戻っていった。
「え?それ、何の解決にも……」
あろうことか、彼女は手に持っていた心の枷を別の場所に嵌め直して去った。
一部が解放されたので多少スッキリはしたし、フィーネの前では本音で話せる。
それは確かに有難い。
だが、どうやらこの態度は続けなければならないらしい。
そして。
「フィーネはすっきりした顔をしてたな。ま、あいつは元々レイの冗談を真に受けるところがあったからな。ただ、俺も一応、言いたいことはあるんだ。正直言って、俺はお前と別れたくない。旅に出てはっきりと分かった。やはり、お前は出来る男だってな。ただ、これは俺が始めた戦いだ。お前を巻き込みたくはない。勿論、約束は果たすつもりだ。だがもしも……。もしも、だ。一緒に来てくれるなら……。いや、ダメだな。これ以上はやめておこう。」
は?となってしまう。
フィーネと彼はちょっと温度感が違っていた。
だが、流石はアルフレドだ。
彼はここから軌道修正をした。
「フィーネが言ったとは思うが、俺たちに気を使わなくて良いからな。ただ……、エミリは別だろう。彼女の魔族と戦いたいという気持ちは本物だ。だが、お前を慕う気持ちも同じくらい強いと俺は考えている。だから、お前が変人を演じないと、彼女が駄々をこねて無理やりお前を連れてくる可能性がある。そう俺は見ている。だが無理もない。お前はエミリの両親を救ったんだ。流石にあんな状況なら俺だって惚れてしまう。」
真面目な顔で彼は話す。
だから、レイも彼の為に真剣な顔で聞いている。
だが、なんというか。
フィーネに比べて雑音というか雑念が多い。
「そう、俺が女だったら、あの時点で惚れていた。つまりエミリはお前にほの字だ。だから、エミリの前では注意した方がいい。その頼りになる感じを、変態で埋め尽くすんだ。大丈夫だ、お前にならできる。次の街までの辛抱だから頑張って欲しい。フィーネとちゃんと打ち合わせをした訳じゃないが……」
そこでスッと立ち上がった勇者様。
それを見送る、いつか裏切る男。
ただ、そこで勇者様はもう一度座りなおした。
だから、裏切る予定になっている男も姿勢を正す。
「安心しろ、俺は必ず世界を救う。お前の分まで頑張るさ。」
「あ、あぁ。済まないな。アルフレド。」
「気にするな。俺とお前の仲じゃないか。」
(ちょっと待て、主人公。お前のキャラおかしくないか?っていうか、俺とお前はそんなに仲良くないだろう!)
主人公は基本的に「はい」と答えるしかない。
そうしないとイベントが発生しなかったり、ゲームそのものが進行しなかったりする。
どう考えても罠だという演出でも、主人公には「はい」の選択肢しか与えられない。
下手に「いいえ」を選択すると理不尽なバッドエンドに辿り着く可能性すらある。
そしてプレイヤーも騙されると分かっていながら、主人公を罠に嵌める。
だから、主人公は基本的に真っ直ぐで騙されやすい性格なのだ。
「じゃあ、今日はゆっくり休め。ネクタまではよろしくな。」
そして、立ち上がる勇者様。
そんな彼は去り際にこんなことを言った。
「俺が女なら……か。だったら彼女も……?レイ、フィーネの前でも厭らしいフリを続けるんだ。大丈夫だとは思うが、一応警戒する必要がある。」
「は?いや、だって……」
「念の為だ。俺の勘がそう言っている……」
主人公は騙される存在、だから勘なんて信用ならない。
ただ、そんな彼も心の枷をきっちりと嵌めて去っていった。
「って、お前はどういうつもりだよ!ここに来るならフィーネと話し合ってから来い!お前はフィーネと良い感じだったんじゃあ……。いや、冷静に考えれば、二人はまだその段階じゃないのか。」
アルフレドのパートナー分岐はもっともっと先、エンディング手前にある。
だからアルフレドには、それまでは好きという感情が芽生えないのかもしれない。
現状の二人は幼馴染、もしくは兄妹に近いの関係。
そして、アルフレドという男はいわゆる鈍感系ハーレム勇者だ。
世界を救う英雄にも関わらず、たった一人しかヒロインを選ばない真っ直ぐな男だ。
「フィーネもフィーネだよな。先に根回しを……」
「やっぱりフィーネも来てたんですね……」
「へ?」
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