第7話 初戦闘

 アルフレドパーティは村道を東に進んでいた。


 レイの前でアルフレドとフィーネが仲良く地図を見ながら歩いている。

 レイの頭には地図が叩き込まれているので、その地図を覗き込む必要はない。

 どっちが北かを把握していればそれで良い。

 ただ、アルフレドがめっちゃくちゃ良い奴なので、時折後ろを振り向いて「今このあたりを進んでいる」と指で教えてくれる。

 それを「へぇ、そうなのか」とリアクションをしなければならないのが微妙に鬱陶しい。

 だがレイにとって重要なのはそこではない、これ以上ヘイトを買わないことだ。


(実際に村を出ると、やっぱり怖いよな。普通に森だもん。魔物じゃなくてもビビるわ。レイモンドだって生きてるんだぞ。)


 ただ設定上、レイモンドは途中でいなくなる存在。

 いなくてもクリア出来るように設定されている。

 ここで置き去りにされたら、その辺の雑魚敵に撲殺か絞殺か斬殺されるかもしれない。

 勿論、それは設定だけの話で、実際は違うのかもしれない。

 だが、やはり。


(アルフレドとフィーネがいないと怖いな。臆病な方が良い。死の概念が存在する以上、俺は戦えないと考えるべきだ)


 なんでこんな服着てんの?とレイは自身の趣味嗜好を問う。

 アルフレドのように軽量のレザーアーマーでも身に付けておくべきだ。

 それにも関わらず、このレイモンドという男、カッコを付けて体にピッタリとしたレザーっぽいの服と煌びやかな剣を携えている。

 こんなセレブリティっぽい格好をしているから動けないのだ。

 そこでレイは思いついた。


「アルフレド!俺の剣の方が威力が高いし、技量的にお前が持つ方が効率が良い。俺はお前の持ってる短剣の方がまだ使えそうだから、……お前が良ければ交換しないか?」


 その言葉に二人とも呆然としている。

 勿論、力の弱いキャラに強い武器を持たせるという方法もあるが、ここはゲームであって、ゲームの世界ではない。

 そもそも、ステータス画面を開けないのが痛い。


(そういう世界なのか、俺が主人公じゃないからか分からないけど、ステータス値も当てにならない。)


 コマンドが分からない以上、目に見えない技能は確実に存在する。

 レイモンドの中の人レイはロングソードなんて握ったこともないのだ。

 カッターナイフの方がワンチャン戦えるまである。

 だから、自分の為にレイはアルフレドに提案した。

 ただ、アルフレドはその提案に困惑している。


「お前、それでいいのか? だってそれはアーモンドさんの形見じゃ……」

「アルフレド、いいんじゃない? レイがそう言ってるんだし。彼をネクタまで護衛するんでしょ? 護衛対象のレイに怪我をさせるわけにはいかないし。私も賛成だわ。」


 フィーネからのヘイトは相変わらず。

 レイも助かるので何も言わないが。

 というより、まだ街を出たばかりなのだ。

 本来のプレイなら、こんな会話はない。

 それでも会話できてしまうところが、ここがゲームとは違う世界だと思わせる。


「形見なら俺が死なない方が大事だろ?マジで護衛頼むぞ。」

「あ、あぁ。それはするつもりだが」


 アルフレドは怪訝な顔しながら、渋々武器を交換した。

 そして何度か剣を振ったり、刃を眺めたりしている。

 疑っているという感じではなく、単純に剣を見定めているという感じ。


「大丈夫だって。一応、この時点では一番攻撃力が高い剣の筈だ。」


 だが、次の街で無用の長物と化す剣である。

 売値が異常に高いので速攻で売り飛ばすべきアイテムだ。

 それでも今は出来ることをなんでもするべき、なぜならもうすぐ始まるから。


「アルフレド、敵よ!」

「クッ。さっそく来たか!」


 そう、ここで強制的に戦闘が始まる。

 そして、ゲーム最初の戦闘と言えば、戦闘チュートリアルだ。

 大昔のゲームなら説明無しでバンバン進むこともあり得るが、リメイク後のこのゲームには一応の戦闘チュートリアルが存在する。

 コマンド式バトルなので、今頃コマンドウィンドウの戦う以外がグレイアウトされているだろう。


(やはりコマンドウィンドウは出ないのか。それとも、アルフレドには見えているのか?)


 因みにモンスターはスラドンという粘液系モンスターとコウモりんという『ゆるキャラ』系コウモリモンスターだ。

 コウモりんはキャラグッズも販売されるほどの定番モンスターであり、このゲーム世界には七種のコウモりんが生息している筈である。


「スラドンとコウモりんか。どうする?」


 スラドンが三匹、コウモりんが五匹飛んでいる。

 アルフレドがモンスター名を言ったが、このエリア周辺に生息している魔物だからコマンドウィンドウが見えているのかは分からない。


「まずは様子を見ましょうよ。」


 そう言ってフィーネは一歩後ろに下がった。

 これがこのゲームの仕様、前衛と後衛に分かれるスタイルだが、一人称視点だから正直よく分からない。


「いや……」


 コマンドウィンドウが出ていない以上、ルールに付き合う義理はない。

 なので、彼はきっと画面下か左右に出ているであろうチュートリアルのメッセージを無視して単独行動に出た。


「アルフレド、ヒーラーの護衛は任せた。俺が何匹か釣るから残りを頼む。」

「おい!レイ、待て!」


 レイは三体のスラドンの群れを引きつけるようにしながら右側を駆け抜けた。

 それで敵陣営が翻弄されたのか、後衛にいるゆるキャラコウモリ五体がアルフレドとフィーネを狙い始めた。


「だよな。真横からの視点に拘る必要はな……。ぐわっ!」


 ただ、そのよそ見がレイの左肩に衝撃を与えた。


「痛……くない。っていうか、気持ち悪い。さらには臭い……。そうか、これがダメージか。」


 物凄くどうでも良い勘違いをしているが、実質1pのダメージをレイは喰らっている。


「レイ、大丈夫か?」


 というアルフレドの親切な言葉が飛んでくる。

 だが、レイは笑顔でそれに応えた。


「えっと、俺の体力HPって34くらいだった。なら、集中砲火されるよりは各個撃破だな。っていうかこいつらって、どういう生命体なんだ? 弱点だけはなんとなく分かるんだけど。キャラデザしてくれたデザイナーさんゴメンなさい‼そのチャームポイント、狙いやすいんです!」


 そう言って、レイはスラドンの巨大な一つ目を短剣で串刺しにした。

 短剣に持ち替えて正解だったのだろう、硬膜が予想以上に硬かったが通せない程ではない。

 気持ち悪い手応えと同時に短剣が中の水晶体をかき混ぜる。


「だよねー。力、つよ!」


 レイがこの世界で目覚めた時に確信したこと。

 土下座からの跳躍で木の枝に頭をぶつけた。

 間違いなくこの世界の人間の力はぶっ飛んでいる。

 そうでなければ、いずれ戦うことになるだろう鋼以上の硬さを持つドラゴンとは戦えない。

 避けられることはあっても0pダメージは存在しない。

 つまり負けるだろうけれど、ドラゴン相手に1pは通せるのがこの世界の人間である。


「あれ、目玉だけ取れた。なんかグロいな……。ってか、目玉取ったら本体が崩れていく。じゃなくて、こっちが本体だったってこと⁉」


 レイの一撃は「急所攻撃」もしくは「会心の一撃」として認定された。

 流石にこれからの敵では上手くいかないだろうが、所詮チュートリアルの敵だ。

 普通に戦えば倒せるくらいの強さ設定になっている。

 だからレイは二匹目、三匹目と粘液まみれになりながらも倒していった。


「コマンドウィンドウの表示が気になるけど……。って、アルフレド、フィーネ。流石だな。もう倒してるじゃん。お陰で助かった。そっちは俺、無理だったかもな。」


 実は飛んでいるコウモりん五匹の方がよほど厄介だった。

 コマンドなら戦うを選択すれば一定の確率で当たる、そしてチュートリアルなら多分当たる。

 でも、残念ながらデジタル表記は自分の視界に表示されていない。

 だからレイは確実に仕留められる方を選んだだけ。


「ふーん。なかなかやるじゃない。」

「いやいや、俺の力じゃ無理だったよ。」


 レイは各キャラクターのステータスを知っている。

 現時点でレイとアルフレドは能力値において二倍近くの差がある。

 よくもまぁ、そんな勇者様に喧嘩を吹っかけていたものだ、とレイモンドの無謀さと勇気を褒め称えたくなる。


「いや、レイがそっちを引きつけてくれたお陰だ。いきなりでチームプレイが出来るとはな。申し訳ないけど、レイに少し驚いているところだよ。」


 どう考えてもコウモリ五匹打ち落としたアルフレドのお陰だ。

 それが分かっているにも関わらず、味方を褒め称えることが出来るのも勇者としての資質だろう。

 レイが戦いやすい相手を選んで、戦いにくい相手を押し付けたと気付かない勇者様は、続けてこんなことまで言ってくれた。


「フィーネ、レイがダメージを負っている。回復魔法ケイミルを使ってくれないかな?」


 フィーネが半眼を向けて明らかに嫌がる素振りを見せる。

 村ではあっさりと回復してくれた気もするが。

 村の外に出ることで、もしくは死んでしまったことで親の七光りは失われたらしい。

 

「あの、嫌ならいいんですけど……。これ、洗ったら多分大丈夫なやつだから」


 レイが受けたダメージは『バシュッ』というものではなく『ねちょ』だった。

 痛くも痒くもなかったが、おそらくスラドンが意表を突かれたせいもあるだろう。

 でも、フィーネは半眼になりつつもこう言った。


「確かに、あんたにしては頑張ったわよね。はい、回復魔法ケイミル。」


 フィーネの両手から気合の篭っていない淡い緑の光が放たれた。

 この態度からしてこのケイミルには半分も優しさが篭っていない。

 ただ、どうしても言葉が出てしまう。


「ありがとうございます。……凄く、気持ち良い。」

「な……、気持ち悪いこと言わないで!」


 レイが気持ち悪いのは仕方がない。

 中身も元々こういう奴である、と言いたいところだが実はちゃんと理由がある。

 彼はもう一つの新たな感覚を味わっていた。


(ヒロインに回復魔法を掛けて貰ったから、気持ち良いっ!て言いたい衝動はあったけど。成程、ここで俺たち三人はレベルが上がるんだ。これが俺の新たな力か!という感覚はなかったけど。でも、こっちは分かりやすいな。すげぇ不思議な感覚だけど。)


 ここで三人とも新たな魔法が解禁されている。

 ちなみにレイモンドが解禁する魔法は本当にどうでも良い魔法だ。

 魔法名はモヤモヤ、視野低下魔法。

 5%の確率で敵の攻撃を当たらなくさせるが、本当に使わない。

 これから先に現れるキャラが、いやフィーネもだが、もっと効率の良い魔法を習得するからだ。

 そもそも、この辺りはゴリ押しで行ける。


「フィーネ、持ち場に戻れ。次が来たぞ!」

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