第6話 ゲームスタート

 まだ勇者の自覚を持っていないアルフレドは「外で話がある」と言った。

 そして足早に村の外れに向かって歩いていく。


(一人にされるのは怖いって。俺、この村無理なんだけど。俺だけは別の町に移住しようかな。両親と言われても顔も知らないし、故郷と言われても俺自身はここで生まれたわけじゃないし)


 そしてレイも村人の視線に耐えきれずに後を追う。

 レイモンドはこんな時まで睨まれる悪いヤツ、そして図太い人間だった。

 ゲームでは一言で済ませられても、村人全員に嫌われるという状況は精神的にキツイ。

 レイがこの先どこに行こうかな、と思考を巡らせる間にも、アルフレドは寡黙に歩いていく。

 そして、彼は村のはずれに着いた辺りで漸く口を開いた。


「レイ、俺は旅に出ようと思う。これはずっと前から考えていたことだったが、今回の襲撃がそのきっかけになった。この村は魔族に襲われた。だから魔族の足取りを掴むべきだと考えている。そして、お前が望むなら次の街くらいまで護衛してやってもいい。お前にとってこの村は住み辛くなってしまったみたいだからな。大きな街ならお前を知っている人間も少ないだろう。そこなら図太いお前なら、なんとかやっていけるさ。」


 アルフレドは村のはずれでそう言った。

 なんと良い奴、彼もレイと同じことを考えていたのだ。

 主人公はプレイヤー目線では「はい」か「いいえ」に準ずる言葉くらいしか言わない人形だ。

 でも、ここのアルフレドはちゃんと人間としての言葉を話すのかもしれない。


「えと、俺は嫌われているから、そうするつもりだったけど。アルフレドは残っていいなじゃないかな。……万が一ということもあるし。俺だけで出ていくよ。」


 だが、それは甘い考えなのだ。

 それをレイは見逃さない。

 作中でもこの場面で主人公アルフレドは喋るのだ。

 そして、その場合はここにフィーネもいるわけだが、彼はここで——


『ここにはもう住めないな。だから俺は旅に出ようと思う。魔族の動向も気になる。レイモンドとフィーネもここには住めないだろう。だから俺が大きな街までは同行するよ』


 と言う。

 つまりさっきと同じ趣旨のセリフを言うのだ。

 だから、その道を辿らせはしない。


「……え。レイも出ていくつもりだったのか。お前にしては空気が読めるな。でも、やっぱり一人はダメだ。俺と戦っても負けるお前だ。外の世界は危険過ぎる。俺は村長夫妻に世話になった。その恩返しとして、お前をネクタまで送る。これは決定だ。」


 その通り、確かにレイモンドは弱い。

 スキルが全然使えないから、ーティに入れてもとにかく使えない。

 それだけでなくトラブルを連れてくるのは大体こいつだ。

 挙げ句の果てに死んでしまうのだから、レベルを上げるだけ無駄。

 旅につれていくメリットは全くない。

 だから、アルフレドが言っていることは正しいのだが。


「いや、俺一人でも——」


 勇者と共に行動すれば、万が一ということがある。

 例えば、ここでフィーネが登場してシナリオが収束するなんて——


「アルフレド!待って!」


 その声にレイは戦慄した。

 振り返らなくとも分かる、後ろにフィーネがいる。

 荒い息遣い、たぶん走ってきたのだろう。


(……来るかもと思っていたけども、マジで来るのかよ‼)


「なんで、レイとどこかに行こうとしてるの? 私、アルフレドが旅に出たいって思ってること知ってた。私、頑張るから!だから私も連れて行って!」


(これは不味い。せっかくの死亡フラグ回避なんだぞ。プレイヤーがいるか分からないけど、プレイヤーにどう思われても構わない。ここはヒロイン無しで行かせてもらう!)


 だから、レイは鷹揚に両手を広げて振り返った。

 自分の命を守る為に。


「フィーネ、せっかく生き残ったんだぞ。」

「私はずっと考えていたの。だから魔法の勉強をしてきた。だから……、お願い。アルフレド‼」


 フィーネも負けていない。

 彼女はアルフレドとレイの間に割り込むように入って、アルフレドにだけ訴えた。

 魔族がいる限りこの村は危険、それは確かにその通り。

 それでもレイはフィーネの背中に向けて、アルフレドの正面に向けて訴える。


(いやいや。だからフィーネはここに残って御両親を守って——)

「そうだな。魔族がいる限り変わらない。……分かった。でも危険なことはさせないからな。というわけだ、レイ。ネクタの街までは三人旅ということになるな。」


 残念ながら、アルフレドはフィーネの話しか聞いていなかった。

 これが日頃の信用の結果なのか、それとも。

 この村は言ってみれば、彼らが旅に出る為だけに存在している。

 村が燃えたことをきっかけに彼らは旅に出る筈だった。

 元々無かった村、そこに生き残りがいても今後のストーリーには影響しない。

 だって、今後この村に戻ってくることはないから。

 それはエンディングも含めてである。


(村人が助かるという変化を与えたにも関わらず、ゲームのストーリーに変化はないだと……。もしかしてこれは強制力か何かか?このゲームはマルチエンディングを謳いながら、結局はヒロインが変わるだけという批判を浴びたゲームでもある。そしてメインストーリーは一本道。不味いな。なんとかそれを回避しないと、俺はアイツに惨く殺される。)


「私とアルフレドの冒険の始まりね。レイはネクタでお別れだけど。それまで妙なトラブルは起こさないでよ。アルフレド、行きましょう!仇を取らなくっちゃ。」

「あぁ、この村は俺の家族だ。家族に仇なす魔族を俺は許さない!」

「げぇ、マジで行くのかよ!」


 レイは家宝の剣だけを抱えて彼らの後を追った。

 二人はそれには何も言わずに先を歩いていく。

 因みに、フィーネのレイに対する好感度はレイを信用しかけた分、大きく不信に振れている。

 これもシナリオの強制力かもしれないが、流石にフィーネの心境までレイは分からない。

 だが、そんなことよりも重要なことがある。


(俺が今言ったセリフ、作中そのままじゃん!俺も強制力を受けているのか?……いや、気のせいかな。俺もさっきそう言おうと思っていたし。)


 ——結局、かなり強引にレイの生き残りをかけた旅は無理やり始まった。


(まずは村の外でのレベル上げ。そしてネクタの街に無事辿り着くことだな)


「レイ、遅いわよ。流石にこれ以上はフォローできないからね。」


 考え事をしているレイにフィーネが声を掛ける。

 彼女の後を追いながらも、レイは今後の展開を考え続ける。


(ネクタの街に辿り着ければ、俺の命の危機は回避できるよな?ネクタは比較的大きな街で、リメイク版ならサブイベントも多い。そこから俺の新たな人生のきっかけを作ればいい。今はとにかく全力で安全圏に逃げることだけ考えよう。)


 今はそうであることを信じて、レイは二人を追いかけた。


「おーい。ちょっと待ってくれ!」


 一人で行くと言ったが、確かにフィーネの回復魔法は有難い。

 それに序盤はアルフレドがタンク役である。

 ネクタまでに魔物に殺されたら、逃げ切るも何もない。


「遅れるなよ、レイ!」


 ゲーム主人公の勇ましい声が響く。

 そしてレイは彼らを追いながら、心の中でこのゲームのタイトルをサブタイトルも含めて呟いた。


(確かここでタイトルが出るんだよなぁ。——ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜。ゲームスタート……だな。)


 彼にも分からない謎の力によって、三人はスタト村を後にした。

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