第5話 ひろし君とひろしげ君は同一人物ですか?

 アルフレドとフィーネは焼け落ちた村の中を歩いていた。

 この辺りは一度確認したが、まだ生き残りがいるかもしれない。


「アルフレド。さっきは酷い、……なんて言ってごめん。アルフレドも両親がいないのにね。でも、アイツの行動が意外だったから……」


 アルフレドとフィーネは幼馴染である。

 ただ、家族ぐるみという訳ではない。

 アルフレドはフィーネが五歳の頃に、村の外で倒れているところを発見された、と言われている。

 だから、アルフレドは本当の家族を知らない。


「いや。そんなことはないよ。あれは俺が悪かった。」


 村全体がアルフレドの家族だった、そんな中でフィーネはアルフレドに惹かれていった。

 ただ、彼はこの村に留まるような人間ではないと誰もが思っていた。

 彼はいつの日かどこかに行ってしまう、フィーネも同じくそう思っていた。


「レイは親を嫌っているんだと思っていたんだ。……けど、やっぱりそんな訳ないよな。俺は血の繋がった本当の家族がいない。俺に分かるわけないよな。」


 俯いてしまう彼、けれどフィーネは首を懸命に横に振った。

 レイが両親を嫌っていたのは明白だった。


「そんなこと言わないで。私も村のみんな、アルフレドのことを家族だって思ってる。村長さんだってレイの行動を叱っていたし。レイがご両親と反発していたのは事実だし。」


 レイモンドは村長権限でフィーネと結婚をさせろと両親に言った。

 いつか旅立つアルフレド、彼を追いかけたいフィーネに気付いての行動だった。

 だが村長は息子レイの言葉を否定して、村人の前でこう言った。


『お前はアルフレドのように立派になれ』


 その言葉のお陰で強引な結婚は避けられたが、レイの求婚が止まることはなかった。

 その結果がアルフレドとレイの決闘の日々だった。


「あぁ、分っている。でも、俺があいつを誤解していたのも事実だ。」

「私も誤解していたのかも。……私、心配だから様子を見てくる。アルフレドは先に行ってて。」


 レイが自分だけではなくアルフレドを止めたのは意外だった。

 彼は村が危険だと知っていたのだ、その気になればアルフレドだけを死地に向かわせることも出来た。

 

「私、謝らなきゃ……」


 もしかしたら、今までのこと全てが誤解だったのかもしれない。

 もう少しはまともな人間だったのかもしれない。

 とにかく、アルフレドを救ってくれたのは事実だ。

 そう思って、フィーネはレイの様子を見に行った。


     ◇


 フィーネが戻ってくる直前、レイモンドかもしれないレイは未だに混乱状態を抜け出せずにいた。


「ゲーム内転生?俺はもしや死んだのか?いやいや、まさか。このままだと俺の死因って爪楊枝ってことになるぞ⁉」


 自分の状況を確認しようとした結果、ゲームの冒頭を越えて爪楊枝による死にまで遡っていた。


「爪楊枝で人を殺せるなんて、格闘漫画の世界くらいだぞ。いや、でもそこから先の記憶ないし。俺はそこで死んだと考えよう。いや、今は生きてるから転生ってことか。っていうか、マジでレイモンドなのか?待て、まだ分からないじゃん。俺はレイモンドではない可能性だってある。だってレイモンドとは一回も言われていないし?あれですか?ひろし君とひろしげ君は同一人物ですか?違いまーす。しんじ君としんじろう君は同一人物ですか?違いまーす。完全に別人でーす!ほら、見ろ。」


 テンパっている中、彼は自分の都合の良い理屈に辿り着いていた。

 作中でも、公式設定資料集でもレイモンドはレイとは呼ばれないし、表記もされない。


「危ない、危ない。危うく騙されるところだった。つまりレイモンドは別にいるってことだな。本物のレイモンドー、出番だぞー。まさかこの村で殺されてませんよね?路地裏とか新聞の隅とか駅のプラットホームとかにいませんかー?もしくは俺を救ってくれる二十二世紀のネコ型ロボットでもいいんですけどー。」


 次第に壊れ始めていくレイ。

 実は死んでいた?ここはゲーム内転生先?

 陰キャ人生だったかもしれないが、いざそうなると流石に引く。


「えもーん。僕、異世界に来て困ってるんだ。大丈夫だよ、礼君。ほら、過去に戻ればいいじゃないか。そっか、えもーん。ここの引き出しを引けばいいんだよね。うーん、えもーん。僕はここには入れないよー。ぷぷぷぷぷ、忘れてしまったのかい礼君。ここは君の部屋じゃないんだよ。そっか、えもーん。こっちの世界だったらタンスの中なのかぁ。このタンスを開けて入れば……、——って。え?レイモンド?なんだ、やっぱり居るんじゃん。えもーんじゃねぇんだよ。驚かせやがって……」


 いや、おかしい。

 両開きのタンスの戸の内側にレイモンドがいる。

 異世界へ通じる薄っぺらいドアなのかもしれないが、向こう側のレイモンドも驚いている。


「……レイモンド?何をしているんだよ。こっちに出て。って、ほらほら、悪い顔してみろよ。こんな感じのやつ。下あご、出すやつ!」


 すると、タンスの裏側にいたレイモンドがお得意の小悪党顔や悪巧み顔を見せてくれた。

 悪い顔がよく似合う男だ。

 銀色の髪をツーブロックにして、黒のメッシュまで入れている。

 瞳の色はにび色で、なんというか死んだ魚の目にも見える。

 そこでやっと彼はとある事実に気付く。

 ついでに現実逃避していたことにも。


「成程、このレイモンドはリメイク後の仕様だ。リメイク前は黒メッシュはいれていない。ドット絵じゃ表現できないからな!……っていうか、やっぱ俺じゃん!分かっていないフリをしてたのに、やっぱ俺じゃん‼」


 ——パキッ


 その時、後ろで何かが割れる音がした。

 そしてレイは反射的に悪顔レイモンドの顔真似をしたまま振り返ってしまう。

 そこには侮蔑の眼差しのヒロイン・フィーネが立っていた。


(成程、リメイク後!服のデザイン、何から何までリメイク後!つまりここは——)


 なんて、ジロジロ見ていると。


「この変態!変な目で私を見ないで。……でも、なーんだ。安心したわ。私の勘違いが、勘違いだったみたい。アルフレドが呼んでいるから長老の家に今すぐ来なさい。この村の入り口の逆方向の建物……って言わなくてもアンタには分かるわよね‼」

「え?あ、多分、分かります。あのぉ、その前に、俺そっくりの奴ってどこかにいない?」

「あんたみたいなのは一人で十分よ!私、先に行ってるから‼」


 何故かフィーネにめちゃめちゃ怒られた。

 でも、今はそんなことはどうでも良い。

 だって今の言葉で確定してしまったのだ。


「やっぱり、レイモンドはレイなんだ。」


 落ち着いて考えれば、彼女の態度は当たり前だった。

 フィーネはレイモンドを嫌っている、このゲームはそういう設定なのだ。


「確かにしんじろう君をしんじと呼んでいてもおかしくない。……いや、そんなことよりも——」


 絶望的な配役に気が付いたレイは、仕方なく村の奥を目指した。

 描かれていないとはいえ初期の村だ、長老の家も分かりやすい。


(今はとにかく、無害のフリをしよう。って、あれって……)


 そこで彼は意外な人物を目にした。

 設定資料集の絵なので、ゲーム上では描かれていない人物。

 でも、その資料集を熟読しているレイには分かる。


「フィーネさんのご両親、生きてたのか! そうか、間に合ったのか。本当に良かった。」


 フィーネと寄り添う二人を見て、レイはアルフレドにそう言った。

 ただ、これは大丈夫なのか、とも考えている。

 レイモンドの両親同様にフィーネの両親は死ぬ。

 村人も「襲撃にあった」という一言だけを残して死んでしまう。

 スタト村の住民は村の外に出ていたアルフレド、フィーネ、レイモンド以外は死ぬ運命だった。

 成程、先のフィーネの涙顔と大嫌いなレイモンドに優しい態度を取った理由がソレである。

 一方のレイの両親は死んだのだから同情されて当たり前の状況だった。


「あぁ、フィーネのご両親はギリギリ間に合ったよ。それに他の村民もだ。おかげでいくつか話が聞けた。」


 結構助かった、とはいえギリギリ命を繋げたと言うべきだろう。

 そもそも何人いたのかさえ分からないが、隠れ里という設定なのだから対して人数は居なかったと考えられる。


「だが、損耗は激しい。失われた命も多いし、村の立て直しはかなり厳しいな。」


 そうらしい。

 それにしても先からアルフレドが睨んでいるが……


「村長はお前と違って村のお金をしっかりと管理していた。何かの時の為に村の財産も預かってくれている、それはお前が一番知っているだろう? 今こそ復興する資金が必要なんだ。」

「ん?それはそうだな。うん……」

「……フィーネから聞いている。親の部屋を物色していたらしいな。それはこんな時の為の村のお金だぞ。」


 レイは目を剥いた。

 アルフレドが睨んでいる理由がソレ、そしておそらく、いや間違いなくフィーネが告げ口をした。

 言われて気が付いたが、彼らの目も同じくレイを非難するもの。

 引き出された引き出し、そして開け放たれたタンス、そこにレイモンドの悪顔と日頃の行い。

 物色ではなく現実逃避をしていたと言ったところで絶対に信じてくれない。

 彼女が報告し、皆も「あいつならやりかねない」と納得したのだろう。

 純真無垢であるべき子供たちの目に嫌悪が浮かんでいる。


「え……。その、違うんだけど。って、いやいや、その通りだよ。村のお金なんだ。こんなこともあろうかってヤツな?是非、使ってくれ。ほら、今の俺は何も持ってないぞ。っていうか、俺の服ってマジで動きにくい。なんでこんな……、って今はいいや。」


 ここでレイの脳に天啓。


「とにかく、アルフレドとフィーネの回復魔法が間に合ったんだよな。良かったって、言っちゃいけないんだろうけど、それでも助かって良かった。二人とも、頑張ったな。これから村を復興しなきゃいけないな。」


 天啓ではあるが、レイの純粋な気持ちでもある。

 獣道を進んだあの時は終わったと思った。

 でも、彼らはそれをくぐり抜けて村人救出に全力を尽くした。

 ある意味でこの世界の未来を変えたということ。


 ——それはレイにとっても朗報なのだ。


 つまり、フィーネの両親が生きている以上、彼女はここに留まるに違いない。

 フィーネがいなければあのイベント、彼女を襲ってレイモンドが死ぬイベントが無くなる。


(いや、上手くいけばアルフレドも出発せずに終わる。プレイヤー目線だと勇者が旅立たないクソエンドだけど、俺にとってはハッピーエンドだ!)


「そうか、置いていってくれるか。」

「置いていって……?」

「皆も、それでいいよな。——レイ、ちょっと外に出よう。話したいことがある。」

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