第4話 バッドエンドは回避したけれど

 レイ……


 レイ……


 レイ……



 誰かが呼ぶ声がする。

 そこでレイは自分の状況を思い出した。

 布団の上にいて、ゲームのコントローラーを取ろうとした。

 その時に爪楊枝が横腹に突き刺さった。

 その痛みからの寝落ち。

 つまりこれは家族の声、いや下手をすると会社の同僚か。

 確か次の日も仕事だった筈だ。

 だから彼は冷や汗か草の汁か何かは分からないが、とにかく泥臭さがこびりついた体でフライング土下座をかますことにした。


「す、すみませんでしたー。たぶん体調不良か、なんかですぅぅぅ。」

「レイ、またそれなの?それ、流行っているの? それよりレイ、さっきはごめん。私、レイのことを疑ってしまって……」


 頭を上げると水色の髪の美少女フィーネが辛そうな顔、それも泣き腫らしたような顔をしていた。

 レイはこの際、自分をガガンボか何かを見るような目で見てくる女上司でも良いと思っていた。

 だが、残念ながらあの出来事は夢ではなかったらしい。

 ただ、泣いていた彼女を考えると、結局村は全滅していたのだろうか、と悟ってしまうのだが。


「レイ、済まなかった。本当に本当に済まなかった!この村は火事が起きていたわけじゃなかったんだ。——魔族だったらしい。しかもなぜか俺を探していたらしい。それに尋常じゃない強さの化け物だったらしい。お前はそれを察知して、本当に俺たちを心配してくれていたんだな。」


 おや、おかしい。

 さっきの自分に言えたことではないが、尋常じゃない強さの化け物と、彼は言った。

 周回プレイをしたわけじゃないのに彼は知っていた。

 だからレイは興味本位で上体を起こしてみた。


「な、なんだ、これ!」


 見るんじゃなかったと思った。

 目の前にはやはり恐ろしい光景が広がっていた。

 木造の建物は全焼し、煉瓦造りの建物も半壊している。

 さらに惨たらしい人間の体の一部がゴロゴロと転がり、その全てが焼け焦げていた。

 人の体の一部だと咄嗟に判断できたのは、地面に夥しい量の血溜まりができていたからだ。


「VRよりもリアルだな。……やっぱり現実の世界ってことか。」


 だからこそ、今の彼らの発言は奇妙に思えた。

 魔族がやってきたことはあの爪痕を見れば理解できるかもしれない。

 きっとあの鳥足野郎の仕業だろうし、証拠はいくらでも残っている。

 だが、この時点で彼らは魔物が勇者目当てだったことを知らない筈だ。

 なのに、自分たちを探していたという情報が入っている。


「ごめんなさい。私ばっかり救われて……」


 ただ、レイの疑問にはすぐにエクセレントな回答が与えられた。


「ばっかり?それ、どういう意味?」


 フィーネに確認しようとしたが、今度は首を横に振るばかりで答えてくれなかった。

 ゲームであれば、サイコパス主人公になって同じ質問を何度も繰り返すのだが、彼女の涙を見てしまうと、流石に閉口するしかなかった。

 そして、アルフレドが深刻そうな面持ちでレイの肩に手を置いた。


「レイ、聞いてくれ。お前の両親はすでに……」


 両親と聞いて顔を上げない者はいないだろう。

 だからレイも顔を上げた。

 そしてアルフレドの視線を追った先の全壊した家を見た。

 だが、レイ自身に見覚えがある筈もない。


「俺の親……」


 流石にその言葉は気になるので、足が自然とそちらへと動いた。

 そして、瓦礫を押し除け、家屋へ入っていく。

 アルフレドやフィーネはうまく潜り抜けて中を確認したのだろう。

 石造の建物の構造を知らないので、どこが危なくない踏み場なのか分からない。


「ボタンを押したら状況が分かる、ってことは流石にないか」


 因みに、右往左往するレイの後姿が、二人にとってはレイの行動はごく自然に見えていた。

 混乱するのも無理はない。

 そして彼はあの殺人現場へと到達してしまう。


「う……、これは……」


 惨たらしい殺人現場が広がっていた。

 彼らだけは焼かずに引き裂いたという表現で間違いないだろう。

 画面で見るグロなんてレベルではない、洒落にならないほどに気持ちが悪い。

 吐き気を催すが、それではあまりに申し訳がない。

 だから見えないところまで走って、そこで胃の内容物をぶち撒けた。


(とりあえず、本当の親じゃなくて良かった。なんて言える雰囲気じゃないか。でも、こっちの世界の俺の両親だっただよな。)


 だから戻って手を合わせた。


「いままで育ててくれてありがとう。ゆっくり休んで欲しい。」


 これは日本のゲームだ。

 だから日本式に拝むで正解だろう。

 レイはゆっくりと目を閉じて、感謝の意を伝えた。


 そして同時に恐怖する。


 ————この世界には死という概念が存在する。


 あの時、見逃されていなければ、自分も同じように死んでいた。


「レイ、こんな時なのに済まない。村長夫妻だけじゃなく長老も同じような殺され方をしていた。魔族の侵攻を察知していたお前の考えが聞きたい。こっちに来てくれ。」


 その瞬間、レイの時が止まった。


「……え?そん……ちょう?」


 レイは顔面蒼白になった。

 なんなら、膝から崩れ落ちた。

 実の両親ではないと安心したばかりで申し訳ないが、この二人が村長夫妻とは聞いていない。


「アルフレド、流石にひどいわよ。レイはアーモンドさんとカカオさんを同時に失ったの。両親を失った貴方になら分かる筈よ?」


 フィーネが気を使ってくれた。

 けれど、それはダメ押しの一撃だった。


「あ、ああ。そうだったな。すまない。レイ。俺たちでなんとかするから、お前はもう少しここで休んでいてくれ。」


 フィーネがアルフレドに半眼を向け、アルフレドも申し訳なさそうな顔をしている。

 そして、その美男美女はレイを残して立ち去った。

 レイは誰もいなくなったのを確認して、大きな溜め息を吐いた。


「村の入り口があっちんで、獣道がそっち。そもそも画面だとどっちが上なんだ?いやいやいや、もうちょっと冷静になれ、俺。この村は壊滅するから入れなかった筈だ。まず、ドラゴンステーションワゴンの冒頭から振り返ろう。っていうか、あれってリメイク作だから、ここはどっちなんだ?えっと確か、オープニングムービーは……、って違う違う。アレはイメージMVと主題歌だし、ここは全然描かれていない筈だ。だってこのゲームは……」


 咄嗟にゲームの記憶と結びついたから行動した。

 村に被害が出たものの、全滅する予定だったことを考えると絶対にこっちの方が良い。

 だが、考えるほどに、どうしてゲームの世界?と思ってしまう。

 

「本当にあのゲームでいいのか?アルフレドはいるし、フィーネもいる。偶然……かな。村長の息子と言えばレイモンドだ。レイモンドが出てくるのは……冒頭シーンだ。だからあの二人は俺のことをレイって呼んでいたのか?あと三文字くらい言ってくれよ! 」


 レイと礼。

 それも混乱の理由の一つ。

 そも、ゲーム世界にいるという異常さ。

 そして何よりレイモンド。


「レイモンドは村長の息子という立場を利用して、いつも偉そうな態度を取っていた。そしてフィーネのことがお気に入りで、事あるごとにアプローチをしていた。そしてそんなヤツの蛮行に立ち向かうのが主人公たる俺、……ではなくてアルフレド。——このゲームはメイク、リメイク関係なくレイモンドが登場する。アルフレドとレイモンドが戦っているところから始まって、フィーネが異変に気付く。そして、村に戻ったら全滅している。」


 レトロゲームあるあるの鬱展開スタート。

 強くて新規ゲームだと殆どのムービーはスキップ出来る。

 だから、咄嗟に思い浮かばなかった?

 いや、ゲーム世界にいると直感で気付く人間の方が少ないだろう。

 レイがあの場で二人を引き留めたことも奇跡に近い。


「レイモンドはその後も意地悪なことばかりをする。そして中盤で魔族の手を借りて、ヒロイン・フィーネを連れ去る。だがそこでフィーネに大事はない。暗がりで襲われそうになった所を俺が、……じゃなくてアルフレドが助けるからだ。そして、レイモンドはそのイベントで魔族にはらわたを抉り出されて殺される。グロシーンだから暗転が入ってたけど、効果音的に絶対酷い死に方をしている。プレイヤー的にはザマー展開なんだけど。……あれ、俺ってヤバくない?この世界には死の概念があるんだぞ!?」

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