第3話 開幕バッドエンド

 ここから彼らの村までは少し離れているらしい。

 そもそもレイはここが何処かも分からない。

 ただ、美男美女が血相を変えて走り出したので、訳もわからず二人の後を追った。

 何かが頭に引っかかってる、でもその正体はまだ分からない。


「おい、待ってくれ!」


 考える余裕がないほどに二人の足が速すぎる。

 先ほど、3m近い高さの木の枝に頭をぶつけた。

 重力が小さいのか、それとも身体能力が優れているのか。

 その能力でも、二人の方が足が速い。

 異常なほど速い二人の足、つまり壮大な夢である可能性もある、——懸命に走っても追いつけないのは『夢あるある』だ。

 だが、彼の希望は脆くも崩れ去り、最終的にレイは二人に追いついてしまう。


「レイ、遅いわよ。それよりアルフレド!」

「あぁ、不味いぞ。煙は村からだ。火も見える。とにかく急ごう!早くみんなを助けないと!」


 村全体がここからなら、なんとなく見える。

 それくらい離れた場所で訓練とやらを行っていたらしい。

 そして追いついたわけではなく、彼らが茫然としていたから追いつけた。

 だって、そこには想像を絶する光景が広がっていたのだから。


「なんだ、これ……」


 村全体が燃えているように見えた。

 木の焦げる匂い、肉が焼ける臭いまで鼻腔に届いてくる。

 レイはこんな光景を見るのは初めてだった。


 ——いや、初めての筈だ。


 けれど何か、頭に引っかかる。

 既視感を感じろと記憶野が訴える。


(なぜだろう、俺はこの場面を知っている……。そして今からアルフレドは即座に村に直行する。けれど……)


「アルフレド、急がなきゃ!」


 アルフレドがレイの思い描いた動き始め、そしてフィーネも彼に追従した。

 その動きにレイの心臓が強く脈を打った。


「フィーネ!きっと、まだ間に合う。フィーネの水魔法ならなんとかなる!」

「うん、分かってる。私は魔力を貯めておく。本当はレイも一緒に来て欲しいけど、今は無理をしない方がいいわ。私たちが必ずレイの家族を、それに私のお父さんとお母さんを助けるから!」


 二人の正義感をレイは知っている。

 少し程度ではない。

 知り過ぎてしまっている。

 だからこそ、レイは治ったばかりの体に鞭を打って、走り出した彼らを追い越し、そして振り返った。


「アルフレド、フィーネ。お前たちの気持ちは分かる。でも、ここを通すわけにはいかない。」


 二人の前に立ち塞がり、両手を目一杯に広げて睨みを利かせる。

 サッカー選手のゴールキーパーのような構えのレイは、『絶対に譲れない戦いがここにある』と言わんばかりの鬼の形相を二人に向けた。


「何をしているんだ。村に行くにはそこの獣道を進むのが一番早いんだ。そこをどいてくれ。記憶が曖昧だから分からないだけなんだよな?頼むから、今日くらいは俺の言うことを聞いてくれ‼」


 アルフレドの圧がビリビリと伝わってくる。

 さすがアルフレドだと言いたい。

 ここが何処で彼らが何者か、分かってしまったのだ。

 だからこそ、ここを通すわけには行かない。


「いや、絶対にダメだ。俺が正気かどうかなんて関係ない、っていうかそんなことは知らない。でも、俺はお前たちよりも状況を理解している。だからこそ、この獣道を通すわけには行かない。お前たちこそ、胸に手を当てて聞いてみろ。お前たち二人は何のためにこの村にいた? 何に備えて、この村で育った? そしてこの村はなぜ存在を隠していた? 彼らの今までの努力を無駄にするつもりか?」


 レイは間違いなく正解を、真実を言っている。

 絶対に二人をこの先に行かせてはいけない。

 確かに、この獣道を通れば早く村に辿り着ける。


「クソ。ここでもやっぱりレイはレイなのかよ!」

「そうだよ。俺は俺だ。だから、俺の言うことを聞け!」


 ここから先にあるのは、アルフレド達の死だ。

 現時点では抗えない圧倒的な死をもたらす魔族がこの先にいる。

 獣道選択ルートの先には初見殺しのバッドエンディングが待ちうけている。

 負けイベントなんて生優しいものではない。


「何なの、こいつ。あのまま失神させておけば良かった。」

「フィーネまでそんなことを言うのか?でも、関係ない。俺が力づくで止めるだけだ。」


 あんなに優しそうに見えたフィーネがレイを睨む。

 それでも、『勇足』というトロフィーを回収させるわけにはいかない。

 この村を襲ったのはエルザだったと分かるだけのイベントだ。

 彼女と戦っても、彼女のHPは無限大に設定されている。

 何度もやり直しができるゲームだからこその選択肢でしかない。


(ここが本当にあのゲームの世界なのか、確かめる術はない。確かめる術はないのであれば、こんなところでの頓死は避けたい)


 リセットできるかは死んでみなければ分からないし、じゃあ死ねば?なんて言える勇気はない。


「レイ、お願いだからそこをどいて!」


 フィーネからすごい圧を感じる。

 流石はメインヒロインだとレイは思った。

 戦闘で彼女の魔法は本当に頼りになる。

 でも、その彼女でさえも死ぬイベントなのだ。

 例え、強くてニューゲームで始めても、ここは突破できない。

 ネタバレ動画をうっかり見てしまったから間違いない。


「分かっているのか? お前たちはここで死ぬために生まれた訳じゃない。自分たちの目的を忘れるな!」


 レイが話しているのはゲーム『ドラゴンステーションワゴン』の設定だ。

 確かにここで、アルフレドは「ここなら通れそうだ」という発言をする。

 そして、「はい」か「いいえ」を問う選択肢がポップする場面ではある。

 だが、一週目では通れそうだという発言すらない。

 ここを通れるのは、一週目をクリアした者のみ。

 ストーリー的にはつまらないマルチエンディングが回収できるだけ。

 ゲームならアリかもしれないが、レイの視界に広がるこの世界はゲームにしては美しすぎる。

 彼らも人間にしか見えないのだから、ゲームか現実か分かるまで、この道を通らせるわけにはいかない。


「俺たちの目的?そんなの当然、分かっているさ。俺は俺を育ててくれた村の人たちを一人も死なせなくない、それだけだ。それにあの村にはフィーネのご両親だっている。お前の家族だって……。お前は家族を見捨てたいのか? そんなに殺したいのか?……レイ、見損なったぞ。悪いが無理やり通らせてもらう。俺が必ず全員を助けてみせる。」


 このゲームは主人公の名前を好きに決められる方式を採用している。

 そういうゲームの主人公は本来ならば無口なことが多い。

 それは主人公の自我をなるべく削って、少しでもプレイヤーに感情移入しやすいという意味を持っている。

 でも現実世界に置き換えると、あれはどう考えてもおかしすぎる。

 そんな受け身の人間が、ひょっこりと勇者様になれるとは思えない。

 だからアルフレドの行動こそが本来の勇者として正しい行動かもしれない。

 けれど『光の勇者』である彼をここで失えば、即ゲームオーバー、この世界は終わる。


「絶対に行かせないぞ、アルフレド。お前は世界を救う勇者だ。これから多くの人間を救うことになる。お前こそおかしいぞ。その使命を忘れたの……か……」


 その言葉を言い切る前に、レイの腹部に痛烈な痛みが走った。

 アルフレドの優しさで致命傷を負わされることはなかったものの、深々と鳩尾に刺さった勇者の膝は、レイの横隔膜の動きを一時的に封じた。

 そして、レイの意志を無視して、意識のほとんどを刈り取っていく。

 

「お前、どうかしてるぞ。」

「ご両親のことも考えられないなんて。……あんな奴。それよりもアルフレド、急ぎましょう!」


 朦朧とした意識の中、彼らの足音はどんどん離れていった。


(体が動かない。目が回って立ち上がれない。……くそ。どうして分かってくれないんだよ)


 だがここで彼は気付いてしまう。

 彼が勇者となる、その大切な動機が何であったかを。


(……しまった。これは俺のミスだ。この時点でのアルフレドは自分の使命を知らない。冒頭で彼らの村が燃やされる。それがきっかけとなって復讐の旅に出るんだ。周回プレイし過ぎて感覚がマヒしていた。)


 既に二人の足音はない。

 とんでもない失敗をしてしまった。

 リセットボタンでもあれば良いのだが、コントローラーもゲーム機も見当たらない。


(これで……、ゲームオーバー……か)


 そう思った瞬間だった。

 ほとんど閉じられた彼の瞳が奇妙な光景を映し出した。

 大きな鳥の足、それにゴテゴテとしたブーツ、恐らくはスーツの裾に革靴なんかも。

 そして奇抜な色をしたハイヒール。

 だから手放してしまいそうになる意識を、レイは無理やり繋いだ。


「エルザさま。勇者らしき人間は見当たりませんでしたが、別の村だったのでしょうか?」

「さて、どうかしらね。アズモデの指示だから、私の知ったことではないわ。それに魔王様からも勇者の抹殺指令は出ていない。それに私には————」

「エルザ様。こ、ここに人間が倒れています。村人の生き残りでしょうか。それともこいつこそが……」

「ワットバーン。この者から光のオーラは見えないわ。早とちりしちゃダメ。それに目撃者がいた方が何かと都合が良いでしょう? それより私は早く帰りたいの。用事は済ませたのだし、さっさと帰りましょ。」

「は!」


 レイのすぐ側でそんなやりとりが行われていた。

 絶対に見つかっていたが、見逃されたらしい。


(……ってことはアルフレドは無事か。流石にここでゲームオーバーはクソゲー過ぎだな)


 そこで彼は懸命にしがみついていた意識を手放した。

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