第2話 死後の世界

「えぇぇぇっと。なんか真っ暗なんだけど。んーと、アレかな。糸切り……じゃなくて、視神経が実は脇腹を通っていた的な。格闘家がピッてあそこを……。いや、まさかなぁ。」


 暗闇の中、礼は困惑していた。

 記憶は爪楊枝を発見したところで止まっている。

 だから、自分の死を受け入れる、そんな発想にはならない。


「手探りでスマホを……。いや、無いんだが。確かこの辺にコンビニの袋があって、ここにテレビがあって、床に直置きにゲーム機が……」


 とりあえず視神経を格闘家に切られた設定で動いてみる。

 どうやらあれはフィクションではなかったらしいし、フィクションではないんだから病院に行けば視力が回復する。

 ただ、おかしい。

 運が良いのか、何にもぶつからずに暗闇を歩いていける。


「いや、これは運とかじゃないよな。も、もしかして俺はもう死んでいるとか?人類史上初めて脇腹に秘孔を持つ男が俺?いやいや、そんなわけ……」


 彼は混乱していた。

 けれど彼の適当に言った設定が大正解だなんて、絶対に分からない。

「ん、何か文字が?」


 だが、いつまでも暗闇ではなかった。

 暗転していた空間に、突然見覚えのある言語が浮かんだ。


『ニューゲームを開始しますか?————YES? NO?』


 まるでゲームの世界。

 そして、コンティニューという選択肢が現れない。

 さらに残念ながら、ニューゲームしか選択できないようになっている。


「なんだ、夢か。えっと、状況を分析するか。俺はこの画面を知っている。で、俺の家にこんなデカい暗室もテレビもない。だから、やっぱり夢だな。っていうか、選択肢にノーがある。ノーを選んでみたくなる気持ちもあるが万が一の可能性がある。俺は今、死の間際の臨死状態で、命の選択を迫られているのかもしれない。ってことは、ここはイエスだろ。イエスイエスイエス!」


 すると巨大な文字は消えた、と思いきや今度は別の文字が現れた。


『本当にそれでよろしいのですか?  YES? NO?』


「ええ?そっちの確認?ノーでも念押しすんの?あ、そっか。セーブが一つしか出来ないからか。でも、夢なんだし関係ないか。イエスだよ。とりあえずイエスにしとくべきだろ。」


 礼がイエスを選択した瞬間、その文字も消えた。

 そしてやはり別の文字が現れた。


『主人公の名前を決めてください。 アルフレド_ 』


 名前を決めるようにと指令が出ているものの、すでにその欄はアルフレドと記載されている。

 それを見て礼はニヤリとする。


「デフォルトで名前が決まってるゲーム。そして俺がやっていたゲームの主人公もアルフレド。夢で決まりだな。っていうか、アから始まる主人公って多い気がするが。別ゲーの可能性も捨てきれないか。名前を決める画面なんてどれも似たようなもんだし。本当に凝った夢だな。いやゲームのやりすぎか。アンダーバーが点滅しているってことは、名前を変えられる。デフォルト名で話を進めた方がストーリー的に違和感がないんだよなぁ。ファンタジーゲームって設定とかビジュアルが大体中世ヨーロッパだし。マリア、アルフレド、アスモデウス、リヒャルド……そしてひらがなで『ひろし』が並ぶと違和感があるんだよな。いや、いいんだよ?その方が没入感も出るし。外国人顔のイケメン『ひろし』がいてもいいじゃん。『ひろし』に罪はないよ。『ひろし』にも金髪ツンツンで鉄塊のような剣を持つ権利はあるんだ。だからここは敢えて、俺の名前にするね。主人公の名前は礼だ。……って俺、夢って分かってるのに何を言ってんだろ……。いや、夢だからいいのか。よし、主人公の名前は礼にする!」


 すると、アルフレドの文字が右から一つずつ消え、そして左からレが現れて、次にイが現れた。


「決定ボタン、……ってどこにあるんだろ————」


 決定方法が分からないから、そこから先に進まない。

 もしくはフリーズか。

 名前入力画面でフリーズとか、デバッグをサボったにしても程がある。


「なんだ、これ。俺が知ってるゲームかと思ったら、ただのクソゲーか?」


 マシンスペックが足りないから、クソ長ローディング?

 だったら、このまま十分くらい待つかもしれない。


「……マジ?マジでフリーズ?ていうか明日も仕事だってのに、俺は何にマジになってんだよ。これは夢なんだぞ? 流石に寝よう。」


 彼の中ではこれはまだ夢という設定である。

 それに、こんなことが起きるのも夢だ。

 特段、珍しくもない夢。

 アクション映画とSF映画とファンタジー映画と自分の記憶がごちゃ混ぜの夢だって見たことがある。

 だが、夢としてはいまいちの出来だ、だから礼はこの状況に飽き始めて眠り始めた。

 寝ているのに寝ることができるなんて、贅沢極まりない。

 だから彼は、閉じた目の奥で真なる眠りを堪能していた。


『ピ、ピ』


 彼が寝息を立て始めた後。

 ドット文字で浮かび上がった主人公の名前『レイ』に変化が訪れた。

 レイの文字が右から順番に消えていく。

 そして左から順番に『アルフレド』と打ち込まれた。

 その後、『ヒロインの名前を決めてください。 フィーネ_』という文字が浮かび上がり、すぐに消えた。

 他のヒロインの名前の入力画面が出ては消えていく。


 ——そして、


『最後に主人公のライバルキャラを決めてください(※胸糞野郎になります。知り合いの名前を入れる場合は自己責任でお願いします)レイモンド _ 』


 ライバルキャラの入力画面、これがプレイヤーが入力する最後の項目。

 その文字が右から順に消えていく。

『ド』が消え、『ン』が消え、『モ』が消えた。

 そして消えた『モ』の位置にアンダーバーが点滅し始めて、一瞬強く明滅した。

 名前が決定したからか、『レイ』と白く浮かび上がった文字全体が粉々に砕け散った。


『ピシッ————』


 その衝撃の影響かは不明だが、暗転していた空間にもヒビが入り始める。

 そしてヒビの隙間からは眩い光が差し込み、ガラスが割れるような音とともに彼がいる空間も粉々に砕け散った。


     ◇


 レイ……


 レイ……


 レイ……


 レイ‼‼


 誰かが呼ぶ声がする。


 目を覚ませと誰かが言っている。

 だからレイは自分の状況を思い出した。

 ベッドから手を伸ばそうとした時に感じた謎の痛み。

 そこからの寝落ちだ。

 つまりこれは家族の声、いや下手をすると会社の同僚かもしれない。

 次の日も仕事だった筈だ。

 彼は冷や汗なのか寝汗なのか分からないが、とにかくぐっしょりと濡れた体で飛び起きた。

 そして、起きた反動を使って見事にフライング土下座を成功させる。


「す、すみませんでしたー。たぶん体調不良か、なんかですぅぅぅ。脇腹痛いしぃぃぃぃぃ」


 今日はなんだかとても土臭い。

 確かに酸っぱい匂いがしていたかもしれないが、こんな土と草の匂いはしなかった筈だ。

 いや、もしかして酸っぱい匂いの延長線上にオーガニックな匂いが存在するのかもしれない。

 とはいえ、そんなことはどうでも良い。

 初手で言い訳しながら謝ることが、彼の考える最善手だった。


「レイ、本当に大丈夫? 」


 知らない女の声がした。

 しかも蛆虫を見るような目を向ける会社の上司の女の声ではない。

 もっと可憐で優しそうな声だ。

 だからレイはバッと顔をあげた。


「——へ?」


 目の前には水色の髪の美少女がいて、彼女が心配そうな面持ちで覗き込んでいた。

 こんな至近距離で美少女なんて見たことはない。

 そもそも女性との会話もあまり得意ではない。

 レイは土下座スタイルのまま驚いて飛び上がってしまった。

 そして、何かに頭をぶつけてそのまま地面に落下した。


「のわっ!俺、飛びすぎ?痛っ‼」


 四つん這いからの飛び上がるが、ありえないくらいの高さだった。

 自分のことながら困惑して目を白黒させていると、心配そうな顔の一組の男女と目が合った。

 

「あの、どちら様ですか?俺んちに何か……」


 外だから絶対に自分の家ではない。

 でも、彼の中で記憶が連続していたのだから仕方がない。

 すると水色髪の美少女が金髪の美少年に白眼を向けた。

 金髪の彼は頭をぽりぽりと掻きながら、苦笑いをしている。


 そして彼は自分に向けて話しかけてきた。


「ごめん、レイ。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど。あたりどころが悪かったのかな。フィーネ、回復魔法を掛けてあげてくれない?」

「はいはい、分かってます。最終的には私が面倒見ないといけないんだから。レイが負けるの分かってたし。全く、いつもいつも。村長さんにはお世話になっているから、仕方ないんだけど。」


 水色の美少女フィーネは、レイの額に両手を翳した。


治癒魔法ケイミル


 レイは少女の両手から淡い緑色の玉が浮かび上がる瞬間を目の当たりにした。

 これは一体……、まるで魔法みたい。

 そして本当に脈打つ痛みが徐々に引いていく。


「もしかしてこれって……、魔法?」


 いや、そんなことよりも、痛いってことは夢ではない?


「レイ?フィーネの治癒魔法だけど。 何回も同じことをして来ただろう?最近はほとんど毎日、それもレイの方から。レイが怪我をしてフィーネが治癒をする。ここまでが訓練で……」

「アルフレド?私の治癒魔法は訓練じゃないから。……レイも痛いなら喧嘩なんて吹っかけなきゃいいのに。」


 成程、分からない。

 分からないが彼らは自分の名前を知っている。


「礼?礼ってやっぱり俺の事か?」

「そうだよ。ここには俺とレイ、それにフィーネしかいないじゃん。って、本当にどうしたんだ?もしかして、記憶喪失? なんていうか、今日はやり過ぎてしまったのかも……、ごめんな、レイ。」


 頭を下げる美少年、そして心配してくれる美少女。

 彼らは本当に気持ちが良いほどに善人だった。

 そしてその美少年と美少女はお似合いのカップルにも思えた。

 羨ましいよりも微笑ましいが先に来るほど、眩しいほどに輝いている二人。

 美少年と美少女、最近は何かと煩いが、やはり皆が見たいのはこれくらいのボーイミーツガールなのだ。


「……いや、よく分からないけど、俺もゴメン。でいいのかな。」


 皆目見当もつかないが、彼らが話しかけているのは礼、自分の事である。

 けれど、礼がこの状況を考察する時間は与えられなかった。


「ねぇ、アルフレド!見て! あっちから煙が上がってる‼」

「あっちは村の方だ。……不味いな、山火事かもしれない。」

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