悪役転生。でもそいつってただの勇者の咬ませ犬で、ヒロインを襲った後に殺されちゃう奴だよね⁉

綿木絹

ゲーム前半~勇者パーティ編~

第1話 前の世界の話

 真っ暗な部屋、テレビだけがついていて、そこで俺はゲームをしている。


 ゲーミングチェアなんて高尚なものはない。


 全てのゲーマーに愛されるゲーミングスタイルである『アグラ』でゲームに没頭している。


 やっているのは大好きなゲームだった。


 夢の中だからか他のゲームのシナリオがごちゃ混ぜになっている。


 とはいえ、夢の中の俺は気付かない。


 だって、このゲームが大好きなのだから。


 今見ているキャラクターは本当に知らないキャラクターだ。


 起きた時に覚えていたら、なんだ、あの神キャラは?これはもしや新作出るという神のお告げなのか!?


 などと、珍妙なセリフを天井を見ながら吐いただろうが、現時点では気付かない。


 夢の中ではこれが当たり前なのだ。


 だから俺は、当たり前にゲームをし、当たり前にセーブをし、当たり前にテレビを消した。


 すると当然だが、真っ暗になった。


 真っ暗な部屋でテレビゲームをしていたのだから、テレビを消せば暗闇に戻る。


「ん?……えっと、なんだっけ?」


 俺は言い知れない不安を抱いた。


 明るいテレビを見ていたからだろうか。


 テレビの明かりが消えた途端、テレビも含めて何もかもがなくなっている気がする。


 自分の体さえも、あるのかないのか分からない。





 でも、もしかしたら……、なんて俺が考える筈がない。


 時に夢の中の自分はあり得ない行動をとる。


 だから俺は何も考えずに暗闇の中を歩き始めた。


 夢の中の設定がいつの間にか変わっていることに気付かずに。


 だって、夢ってそんなもんだろ?



「ふぇぇぇぇん」


 どうやら女の子が泣いているらしい。


 なんで泣いているかなんて分からないし、どうして女の子だと分かるのかも分からない。


 夢の中に「どうして?」とか必要ない。


 明晰夢に幼女だ、ひゃっはー、なんて考えることも忘れていた。


 所詮、起きたらすぐに忘れる夢。


 積み木遊びをする少女と一緒に遊んだ楽しい夢。


 少女だということは分かるのに、朧げな輪郭しか見えない奇妙な夢。


 その少女を怖いとも思わない、何気ない夢。


 ——そして、彼女と約束を交わした夢。


 真っ赤な瞳と雪のような真っ白の髪の女の子


 彼女は誰だっけ、ゲームのキャラクターだっけ、それともアニメのキャラだっけ?


 なんだっていい。


 だって、彼女と交わした約束は、自分も大好きなことだったから。


 大好きな言葉、大好きな約束、大好きな——



 ————ね?一緒にゲームしよ!



     ◇



「だー!またエミリエンドが来ちゃったよ。そっちのイベントじゃないから!って、あれ?右下クルクルしてる。……まさか、オートセーブ!?ダメダメダメ!電源を、いやコンセントを抜くしか」


 新島礼にいじまれいは今日も今日とて社会人の辛さを噛み締めながら、コンビニで買ったビーフジャーキーを噛み締めている。

 細身のビーフジャーキーをタバコのように加えながら、懸命にコンセントに腕を伸ばす。


『エミリ、俺————』


 だが、電源プラグ直前で、主人公ボイスが彼の耳朶に届いた。

 そして彼は拳を畳に打ち付けた。


「忘れてた。あのクソ長アプデが入ったんだった。切った筈のオートセーブがオンになっていたのか。おいおいおいおい!このゲーム何十周目だっけ?RPGと恋愛シミュレーションの最高峰だっけ?」


 有名ゲーム情報誌がこのゲームを称賛していた。

 その中のコラムニストの言葉だ。


「……クソ長ムービーRPGと恋愛ゲーム特有周回プレイだぞ。なんでセーブデータが一個しか作れねぇんだよ。人生は一度きりという当時のキャッチフレーズを残しました、じゃねぇんだよ!ドット絵時代の迷作を超美麗3Dにした時点で、いや企画の時点でそこは気付けよ!」


 彼は別の情報誌をジロリと睨んだ。

 出来るだけ情報を入れずにクリアしたが、設定資料集や開発者インタビューは別だ。

 彼は別にアンチではない。

 いや、大好きだからこその不満なのだ。


「ニューゲーム、と。あれだけ注意してたのにネタバレ喰らうとは迂闊だった。でも、新規ニューゲームじゃないと見れないイベントだったとはな。つまりスキップ不可のオープニングムービーを見ないといけない。」


 でも、安心して欲しい。

 彼の不満はもう少しで終わる。

 そんなことも知らずに、カッコよいオープニングムービーのキャラに向かって人生のアドバイスをしたりもする。


「レイモンド、格好をつけているところ悪いんだけどさ、アプデされてもお前のクソ雑魚ムーブは変わらんか。こいつはどのルート通っても絶対に死ぬのにな。しかもマジでマジでしつこい。でもまぁ、気持ちは分かるぞ。すぐ側に俺こと勇者様がいて、メインヒロインを含めた七人の女の子が、みーんな俺にぞっこんだからなぁ。狂っちまう気持ちは分からんでもない。でも、安心しろ。脇役で良いところがないのは、現実世界の俺も同じだ。……はぁ、オープニングムービーって20分もあるんだっけ。風呂入ってこよ……」


 ゲームをして現実逃避。

 それが彼のルーティンだが、今日は特別な日になる。


 ————まもなく彼は死ぬ。


 彼はシャワーを済ませてもムービーが終わっていないと知るや否や、布団に突っ伏した。

 いつものように布団の上でスマホの映った漫画を読んでいる。

 ただ、ここで画面の右上にゲーム側からの情報が表示された。


「あれ?またアプデ情報があるって?マジかよ。」


 アプデ後のアプデ、どこかにバグがあったのかもしれない。

 だから彼はコントローラーを持つために懸命に腕を伸ばした。


「痛っ!」


 そこで彼は今まで感じたことのないような痛みを脇腹に感じた。

 慌てた彼は痛みを感じたところに手をやるが、そこには何も刺さっていない。

 ただ、布団の上に一本の爪楊枝が転がっていた。


 ————なんでここに?


 と疑問に思った彼だが、帰宅後の「箸しかねぇじゃん。あれか?これもエコ仕様ってことか?」という経緯をすでに忘れている。


「結構深々と突き刺さってんじゃん。お洒落なお店に置いてある先が赤色の爪楊枝ってレベルじゃねぇぞ。ま、いいや。そんなところに秘孔はねぇ……、————ぞべし!!」


 ということで、新島礼はあっさりと死んだ。


 彼は脇腹に秘孔を持つ限られた人間だった。

 厳密にはこのあとの司法解剖で、彼の人生の迷走と同様に本来ここにある筈もない迷走神経が脇腹を迷走し、そこを刺激したことで血圧が異常低下してしまったことが死因と認定される。


 ただ、すでに主人公はこっちの世界にいないので、これはまた別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る