第8話 命がけのチュートリアル

 ここからチュートリアル第二ステージの登場だ。


 ゲーム画面では『魔法を使ってみましょう』という字幕が出ている筈だ。

 森から飛び出してきたのは定番コウモりん五体とイノブータン三体だ。

 イノブータンは突進というスキルを持っている為、レイはとりあえずモヤモヤを使うことにした。

 ゲームプレイ中にモヤモヤの効果を実感したことはない。

 使っても絶対に攻撃を受けるのだ。

 でもMPを消費するので嫌がらせとしか思えない魔法。


「ここはフィーネのチュートリアルみたいなもんだけど……」

「何?私がどうって?」


 ただ、効かないと分かっていても、これは魔法である。

 レイは魔法というものを使ってみたかった。

 MPを失う感覚も知っておかなければならない。

 それにヒーローとヒロインと共闘できるのだから、今それを確かめるべきだった。


「何でもないよ。モヤモヤ!モヤモヤ!モヤモヤ!」


 凄くもやもやしてる人に思われるという羞恥心を乗り越え、彼は3度連続でモヤモヤを詠唱した。

 先で確かめたことだ。

 戦いはゲームのコマンドターンバトル制というよりはリアルタイムバトル制に近い。

 ゲームでは1ターンに一回しか行動できない。

 でも、ここでは何度も連続で行動ができる。

 それに敵が勢揃いするのを待つ、なんて律儀なことをしなくてもよい。


「レイ!それは作戦なのか?」


 モヤモヤの消費MPは2、レイモンドの最大MPレベルが上がったとはいえ、モヤモヤ三回分の6である。


「いや。気にしないくれ。もう大丈夫だから、そっちを頼む!」


 既に実験は終わっていたから、作戦も何もない。

 チュートリアル中に必須項目を埋めたかっただけだ。

 ステータスが見えない中で、一番困るのはMPの存在である。

 HPは体力だとなんとなく分かるが、あっちにないMPの感覚は分からない。

 だから、敢えてMPを0にした。

 魔法を使い過ぎると気を失うなんて設定があったら命に係わる。

 だが今なら、すぐそこにある小休憩ポイントまで運んでくれる。


「このぼーっとしてるコウモりんを倒せばいいのね?」


 詠唱時間と再装填時間もここで測っておく。

 モヤモヤに関してはノータイムで連続使用が出来るらしい。

 そしてグループ魔法らしいが、グループ魔法という概念が分からない。

 今、飛び出してきたばかりのモンスターは一箇所に集まっている。

 だから全範囲攻撃なのでは?と思ったら、やはりコウモリにも命中していたらしい。


「そっちの方が強そうだが、大丈夫なのか?」


 レイは連続戦闘だと知っていた。

 つまり、ここでモンスターが出てくると分かっていた。

 だから先制攻撃も可能、命の削り合いに卑怯もへったくれもない。


「俺は大丈夫!飛んでるのを頼んだ。」


 イノブータンの最も恐ろしい攻撃は20%の確率で炸裂する突進であり、それは「痛恨の一撃」としてカウントされる。

 だが、5%で当たらないモヤモヤを3度もかけている。

 つまり0.95x0.95x0.95x0.2x100%が机上の理論ではある。

 突進が当たる確率は17%程度。

 五回に一回が六回に一回程度には確率が下がっている。

 三体のイノブータンの突進は三倍にして、二回に一回と導き出されそうだが、実際にはそうではない。

 サイコロの目と同じ、毎回その確率が求められる上、レイの位置取りでは一体ずつしか攻撃できない。

 空中の敵を撃ち落とす自信のないレイは二人に声をかけて即座に行動を開始した。


「ぬ。こいつらやっぱり俺を狙ってない?」


 レイモンドの役職は確かに前衛でありタンクでもある。

 そして顔のせいでヘイトを買いやすいという公式コメントもある。

 しかもステータスが低くすぐに戦闘不能になるので本当に使えない。


「そんなに俺の顔はムカつくってのかよ!」

「それはその通りよ!」

「って、フィーネに言ってないんだが⁉」


 でも、今回はそれを活かした戦い方をしてみた。

 動物の殺生は気が引けるが、向こうもやる気なので死ぬ気で戦うしかない。

 

「レイはそのモンスターの特性分かっているの? さっきのとは違うけど……」


 さっきの流れか、フィーネがレイに声をかけた。

 心配していると受け取っていいのかは分からないが、今はフィーネのヘイトを減らすことが第一だった。

 ただでさえヒーラーは狙われやすい。

 これだけの戦いをしているのもフィーネがいるからこそだ。

 それに、——あの二人がいなければ、世界は救われない。


「アルフレド、フィーネを守って戦ってくれ!」

「あぁ。それはその通りだが、お前は……」


 さらに言えば、レイの今後の身の振り方である。

 ネクタの街でのサブクエはどこどこのモンスターを倒せというものばかり。

 ならば、早めに戦いを経験しておいた方が良い。

 しかもまだチュートリアル。

 突然戦闘が始まるランダムエンカウントではなく、必ず戦いが起きるイベントエンカウント。

 しかも敵の特性が分かりきっている。


「俺は俺の為に戦っているから気にするな。回復は頼みたいけど。」


 だからレイは積極的に動いた。

 そしてゲームではありえない発見をすることになる。

 イノブータンの攻撃がはっきり分かるほどにズレている。

 先ほどの机上の確率なんてなかったかのように、レイを捉え切れていない。

 痛恨の一撃扱いの突進以外にも効果が発揮されていた。

 敵が纏まっていたお陰で範囲魔法を一箇所に集中できたからかもしれない。

 突然魔法を掛けられて戸惑っているからかもしれない。


(なるほど、有難い。)


 まだゲームと現実の差が分からないが、選択する形式のゲームのように確率では決まらないのは確かだった。

 一匹目は明後日の方向に突進して木に激突、そこで頸動脈辺りを斬ったら終わった。

 二匹目は半ば混乱した様子で通常攻撃、牙で突くを行ってきたが、動きが緩慢で簡単に絶命できた。

 彼らはチュートリアルモンスターだ。

 基本的に二回くらい攻撃を与えれば倒すことが出来る。

 ただ三匹目は違った。

 三匹目のイノブターンの動きが違っていたというよりは、レイの動きが鈍かった。


「痛ってぇ‼‼」


 さっきのスラドンの攻撃とは意味が違う。

 粘液系モンスターは清々しいほどに倒すことが出来たが、四足獣ともなれば生命の命を奪ったという気持ちが湧いてくる。

 その連続が彼の動きを変えてしまった。

 生き物を殺す、血が噴き出る様に怖気付いてしまった。

 だから突然背中に痛みを感じた。

『痛恨の一撃』を貰ってしまった。


「これが……、突進の威力……か」


 だが、これも発見の一つ。

 前世の人間であれば背骨が折れて肋骨が刺さり、内臓が損傷していただろう。

 致命傷にもなりかねない一撃だった。

 ただ、この世界の人間の体は恐ろしく丈夫らしい。

 これがHPという概念を理解するのに必要なことだった。

 体力の概念とHPは違うらしい。

 計算上、今のでレイのHPは半分以下まで削られた。


「ゲームだったことに感謝……だな。いや18歳以上推奨だから、甘く見るのは……。いや、それは別の意味でか」


 現実ではあと一歩で死んでしまうかもしれない。

 けれど、ゲームの世界では残りHP1でも普通に行動が取れる。

 つまりギリギリまでは活動ができる。

 そんな中、頼りになる仲間の声が戦場に響き渡った。


「フィーネ、レイの回復を頼む。」

「分かったわ。一人で突っ込みすぎよ、レイ。ほら、ケイミル‼」


 その瞬間、レイの体から緑色の光が灯った。

 痛みが消えるどころか、折れた肋骨さえもミシミシと音を立てながら整復されていく。

 彼が本当にファンタジーゲームに取り込まれたのだと悟った出来事だった。


「すげ……マジか……。ありがと、フィーネ。これ、最高だな。」


 そんなレイのサムズアップにフィーネはプイッと顔を背けた。

 それでレイはショックを受ける?いやいや、そんなことはない。


 ——彼女には嫌われていた方が良いのだ。


 今から始まる冒険はストーリーの強制力との闘いだろう。

 一本道ルートだとしても、捻じ曲げて未来を変えなければ殺される。

 敢えてバグを狙って変な行動をとるプレイヤーも存在する。

 まだ自分の運命が決まったわけではない。

 彼はそう信じて、残る一匹のモンスターを視界に捉えた。


「ゲームキャラって考えたら、なんとか戦える……気がする。実はこのゲーム、モンスターの中身のテクスチャーも拘っていましたってことにしよう。」


 無理がある設定だとは分かっている。

 でも、ヤらなければヤられる世界らしい。

 だから残る一体を動きを見定めつつ、短剣を喉元に突き刺した。

 そこで生じたおびただしい量の血液もCGだと思い込む。

 返り血を浴びてもきっと場面転換したら消えている。

 そう思い込みながら、先ほど頭突きを受けた背中を触った。

 触っても痛くない、これもゲームだからだ。

 そんな風にレイは「つねっても痛くないから夢だ」という理論を自分に飲み込ませた。

 この過程の中で、彼はまた余計なことを思い出してしまう。


『仲間が傷ついた時は、回復魔法を使いましょう』


 二番目の戦闘の途中で雰囲気を台無しにするメタ発言が、ここで画面上には浮かんでいるのだ。

 今のフィーネの回復魔法がそれなのではないか、自分がダメージを負ったのもその演出なのではないかと考えると顔が青くなる。


「まだ正規ルートか。って言っても俺は何の行動もしていないんだけど。……って、冷たっ‼」

「何を言っているのか知らないけど、全身血まみれだから洗ってあげるわ。水魔法もMPを消費するんだから、冷たくても我慢して。」


 いつの間にか側にいたフィーネが水魔法を使って、レイにこびりついた血を洗い落としている。

 まるで車にでもなった気分だが、感染症という概念があるかもしれない。


「ありがとう、フィーネ。えっと、確かにこの先に小休憩できるとこがある。だから俺も魔法をガンガン使ったわけだけど、フィーネも一緒に休憩……」

「小休憩って何? 私と一緒に休憩しようって、直球すぎじゃない? 今までみたいな口説き文句の方がまだ風情があるわよ。」


 戦闘ではないのに殴られた。

 小休憩ポイントの概念はこの世界では一般的ではないらしい。

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