EP-36 【偏在】

遅れましたがお納めください。

(説明回でごめん)

─―――――――――――――――――――


 シルビアの自己紹介にケイルも自己紹介を返し、三人は現在何が起きているのかを教えてもらうことにした。


「そうですね………、どこから話せばいいのやら。まずは事の起こりから話しましょうか。」


 そう言ってシルビアが語り始めたのは今に至るまでの凄惨な状況だった。


 最初に【偏在】が確認されたのは数週間ほど前。森を回って異変がないか確認していた”黒”の警備隊が見つけたときに遡る。


 その時すでに【偏在】は強靭な四肢、特に下肢が発達していたらしい。おそらく周辺で確認されていた小型猪魔物を捕食していたのだろう。


「ん?すいません、【偏在】ってどんな魔物なんですか?」


「【偏在】とは簡単に言うと捕食した対象・・・・・・に応じて進化を・・・・・・・遂げていく・・・・・魔物です。最初は小型魔物より少し強い程度とされていますが、進化を遂げるさいに捕食した対象によっては大型魔物よりはるかに強いものも居たそうです。」


「今の話でいうと、猪型魔物はたぶん下肢――後脚かな?が大きく発達している魔物なんだと思う。だからそれを食べた【偏在】は下肢が他と比べて大きく発達したんじゃないかな。」


 シルビアとオリヴィエの説明にケイルは以前戦った猪型魔物を思い出す。確かに奴も後脚が前脚と比べて大きく発達していた。


「なるほど。それじゃあ討伐までに時間がかかるとどんどん強くなっていくんじゃ?」


「それは大丈夫です。何故か分からないですが、【偏在】は一つの種族に対してある程度成長の上限値が決まっているらしいのです。だから今回の場合、他の種族が捕食されるようなことにならなければ爆発的な脚力と強靭な腕力だけ気を付けておけばいいという考えで問題ないと思います。」


 そう言われケイルはひとまず息をついた。いくらケイルが強くなったと言えど、大型魔物を超える実力にまでなってしまったなら討伐に失敗する可能性も跳ね上がってしまう。頭を使った戦い方を好むケイルには少しでも多くの情報が必要だった。


「ある程度理解できましたか?では続きを説明しますね。」


【偏在】を確認した”黒”の警備隊は下手に少人数で戦って、逆に相手を進化させることがないように、と即座に村に戻ることを決意。数人を監視に当たらせ、村に情報を持ち帰ったのだという。


 だがそこで問題が発生した。


 ”緑”が【偏在】に吶喊してしまったのだ。


「ど、どうしてそんなことに?」


「………同じエルフとして少し恥ずかしいのですが、”緑”は保守的で、なおかつ自尊心が高いのです。まぁそのおかげで建築や芸術方面には優れているのですが…。」


 シルビアが物憂げな表情を浮かべる。いくら“白”と“緑”の仲が悪いと言えど、同胞のことを陰で悪く言うのは気分がいいものではなかった。


「昔は“黒”と同じように村の防衛をしていたという自負があること、そしてそれに加えて魔物の知識はリヴィたちのように村の外に出た”白”のエルフたちが人間たちから聞いたもの。はるか昔の事件で今も人間を憎んでいる彼らには人間からの知識というのは受け入れがたいものだったのでしょう。」


 彼女の言葉は、何か人間とエルフの間で根深い問題があったことを示していた。シルビアとクロメルが話していたときにも思ったがどうやら“白”と“緑”の仲が悪い原因には人間も関わっているのだろう。

 オリヴィエのこともあり、知りたい気持ちは山々だったが、今は【偏在】の情報や現在の状況の方が優先だとケイルは気持ちを噛み殺して話の続きを促した。


「……。それで”緑”のエルフたちが【偏在】の下へ戦いに行った後はどうなったんですか?」


「…………人数が足らずに結果敗走することになりました。一応全員命は取り留めましたが、数人の”緑”とそれを助けるために飛び込んだ”黒”の一人が腕や足を失い今も治療を受けています。」


 淡々と告げられる事実にケイルだけでなくオリヴィエやフォティアも少し顔をゆがめる。


「そして問題はまだあります。【偏在】が徐々にこの村に近づいてきているのです。」


 最初に目撃したのはアインヘリアルから遠く離れた森の中。霧の結界の入り口くらいの位置だったのが、”緑”が襲撃を起こしたのは霧の結界中央辺りだったらしい。


「おそらく霧の結界内を警備していた他のエルフたちに気が付いたのでしょう。幸い追加の犠牲は出ていませんが、いつ結界を抜けてここに現れるか分かりません。首長であるフェリクス殿があなたたちに説明する時間を惜しんだのは【偏在】が襲来したときの対応策を考えるためでしょう。」


 そこでケイルは思い出す。霧の中で見たあの魔物はおそらく【偏在】で間違いないだろう。あれが【偏在】だとするならば、ケイルが遭遇したのは霧の結界の村に近い所。村に到達するまでに残された時間はそれほど多くない。


 それをシルビアに伝えようとした時だった。


『敵襲!敵襲!アインヘリアル外縁部に【偏在】と見られる魔物の襲来を確認!首長フェリクス様自ら対応に当たられております!怪我人も出てしまったためシルビア様はすぐさま教会までお越しください!』


 扉を強くノックする音と必死なエルフの声。事態は急を要することを否応にもなく感じさせた。


「ごめんなさい。説明の途中だけれど私は行かなければならなくなりました。リヴィ、あなたの障壁でこの家を覆って外から出ないで。フェリクス殿が打って出ているから多分ここまでは来ないだろうけど、自分たちの身を最優先にしなさい。……せっかく自由になれたのに、私達の事情に巻き込んでしまってごめんね。行ってきます。」


「ま、まってお母さん!私も─────」


 シルビアが扉近くの杖を持って出ていく。

 オリヴィエの声は、乾いた空気に溶けて消えた。



 ♢♢♢




 同時刻、アインヘリアル外縁部。


 フェリクスが到着した時、そこでは数人の“緑”の戦士たちが村に待機していた“黒”の警備隊のエルフたちと共に戦線を保っていた。


「首長!!」


「状況を報告しろ。」


「はっ!現在生き残り・・・・の“緑”が“黒”の力を借りて戦線の維持を行っています。“白”は怪我人の治療と子どもたちの避難誘導中。対象はどうやらすでに“緑”を喰った模様。具現化魔法の使用が確認されています。」


「分かった。怪我人は教会へ運べ。シルビアがいるはずだ。戦闘中の部隊を下げろ、俺が代わる。」


 フェリクスが取り出したのは身の丈ほどもある重厚な槍。身体能力強化を前提とした全鋼造りの槍は、振るえる者が彼以外には居ないほどの重さを誇る。彼はそれを自在に振り回す。


 村を治める首長という肩書の他にこの村最強の戦士という肩書すら持っている、名実ともに彼はこの村のトップであるのだ。


 そんな彼の指示は、戦闘中だったエルフたちにも伝えられ、舞台はすぐさま整うこととなる。


(奴の戦い方を見るに恐らく“黒”も少し喰っているな。報告にあった“緑”救出の際に出た“黒”の欠損部位でも喰ったのか…?魔物由来の強靭な四肢に身体強化魔法。まだ具現化魔法を使いこなしていない事だけは不幸中の幸いか。取り敢えず撃退し情報の共有と混乱の解消をするべきだな。)


 姿勢を低くし、地を這うような角度からの槍撃が周囲の戦士を狙っていた【偏在】に当たる。


 魔物の角と鋼の槍がぶつかり爆音が鳴る。


 フェリクスの殺意が【偏在】に突き刺さり、【偏在】の金色の瞳がフェリクスを捉えた。



 ────────────────────

Tips.「エルフ」

 ”エルフ”は三つの種族が集まって新しくつけた種族名であり、元々は名前の無い個別の同型種だった。


 ”白”はその名の通り白い髪を持つ者たちで、治癒魔法や障壁魔法を得意としている。性格は好奇心旺盛な者が多く、今村の外にいるエルフたちの大半は”白”のエルフ。一番最初に人間と交流したのも”白”。


 ”黒”は黒い髪を持つ者たちで、身体能力を強化する魔法を得意としているため、武器の扱いに最も手慣れている。性格は実直な者が多く、大事な仕事を担っているのはほとんどが”黒”である。小を捨ててでも大を守ることができるならば、例え受け入れ難くてもどんなことでもするという現実的で仕事人な一面を持つ。


 ”緑”のエルフは緑の髪を持っており、具現化魔法や幻影魔法を得意としている。プライドが高く保守的。停滞を好み、新しい物を受け入れることは滅多にないため今回のように問題が起きる時もある。しかし、三種族の中で一番自然を愛しており、アインヘリアルのできるだけ自然を壊さない家造りを担っているのは”緑”の大工たち。昔のある事件から人間をひどく憎んでいる者が多い。

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