EP-35 アインヘリアル

遅れました、、どうぞー。

—―――――――――――――――――――


「ここがアインヘリアル…………!」


 ケイルの眼前には見たこともないほどの大きさの大樹や周辺の自然に同化するような造りの家々が広がっていた。自然を好み、共生してきたエルフたちの憩いの場であり、最後の砦。エルフたちの唯一の村であり、心の拠り所であるそこは、まるで彼らを包み護るよう雄大にその両手を広げていた。


「はい。この先で首長がお待ちです。」


 振り返ったシェリルの言葉を受け、木の根や枝が描く自然のアーチを利用して作られた門を抜ける。


 その先に広がる村にはどこも木を利用した造りの家が立ち並び、木と木をつなぐように木製の橋が掛けられていた。木の根本にも家があるようで、自然に極力手を入れないようにするエルフたちの心持ちが見て取れた。


 頭上の橋を駆ける黒い髪のエルフたちと木の根元の入り口からこちらを覗く白い髪のエルフたちはぽつぽつと居るものの、先ほど喧嘩腰だったエルフと同じ緑の髪のエルフたちは見当たらない。


 ケイルが微かな違和感を感じ取った時、シェリルは普段の村を知っているが故にケイルたちに見えない角度で思案気な表情を浮かべていた。


(なぜでしょう………”緑”の戦士が全く見当たらない。現在は村の守備を固めるために村に常駐しているはずなのに………。それに”白”はともかく”黒”の様子から見ても、”緑”が何かしたのでしょうか。まぁそれも首長に確認すればいいですね。)


 胸中に嫌な予感が燻ぶる中、上の空で目的の場所に向かっていたシェリルは気を取り直して先導を再開する。その足は先程よりも気持ち早く、端正な顔には焦りが浮かんでいた。こういう時だけは妹のような能天気さが少し羨ましく感じてしまった。




 そしてたどり着いたのは村の中心にそびえる大樹のふもと。入り口を抜け長い道を通り、先導するシェリルとネムについていったケイルは大きな扉の前にたどり着く。


 その扉も当然のように木製だったが、今まで見てきた家々とは異なり、大胆ながらも丁寧な細工が施され、まさしく謁見の間の様な様相を呈していた。


 唾を飲み込むケイルの耳元に、静かな声でシェリルが囁く。


「この中で首長含む三名の長がお待ちです。命を捨てたくないのなら、くれぐれもお気を付けください。………では行きますよ。」


 扉が開かれ、部屋の中が見える。そこに居たのはシェリルの言う通り、三名のエルフ。


 美しい白の長髪を緩く結び、肩から前に垂らしている女エルフはこちらを見ると同時にその美しい顔をほころばせ、その反対側にいた緑の髪の男エルフはそのしわだらけの顔を嫌悪感にゆがめている。


 だがケイルが気になったのは二人の間、中央に座る黒い髪の男エルフだった。


 端正な顔立ちに、細めの体型が多いエルフには珍しいがっちりとした体。それは幾度もの苦難を乗り越えた、エルフという種族を治める統治者の風格。まさしく長といった雰囲気だ。こちらを観察するような眼差しには見る者を竦ませる様な鋭さや冷徹さが浮かんでいたが、ケイルには何故かその中に隠しきれぬ人間味を感じてならなかった。


 ケイルたちが部屋の中央、一段下がったところにたどり着くとその黒髪のエルフが口を開いた。


「まずは、村の危機によく戻った。我が娘フォティアと”白”のオリヴィエよ。先んじての連絡である程度の状況を知っているとは思うが、現在はそれ以上に厄介なことになっている。取り敢えずお前たちはシェリルの家に泊まり、一歩も外に出るな。落ち着き次第呼び戻す。以上だ。シェリルとネムは付いてこい。」


 自分の言いたいことのみを告げ、席から立ち上がろうとした黒髪のエルフ。これ以上話す気がなさそうな彼にフォティアが食い下がる。


「お待ちください!どうしてリヴィを呼び戻したのですか?!あなた達は自分らがしていたことを分かっているの?!それなのに………ッ!」


「悪いが今、私はお前たちに構ってやれるほど暇じゃない。気になるのなら経緯はシルビアからでも聞け。シルビア、任せたぞ。」


 黒髪のエルフの言葉にどこか悲しそうな表情を浮かべて白髪の女エルフが頷く。


「わかりました。それならシェリルの家ではなく私の家に。」


「あぁ。」


 男が今度こそ立ち去ろうとする。その時ちらりとケイルの方に視線を向けた。その一瞬に気づいた者はケイル以外いなかったが、その視線には言外に何か強い意志が籠っていたように見えた。


「………」


「では、三人とも行きますよ。付いてきてください。」


「お待ちなされ、白の。そこの二人は分かりますが、人間も連れていくのですかね?我らエルフを裏切った人間を。」


 黒髪のエルフとシェリルたちが部屋から去った後、彼女がケイルたちを連れて部屋を出ようとした時だった。緑の髪のエルフが内心の憎悪を隠そうともせず口を開いた。


「この方はリヴィとティアちゃんが連れてきた仲間ですよ?それにあの時代からもう百年以上の時が経っている。あなたは何から何まで古すぎるのです。いい加減新しい時代を受け入れたらどうですか、クロメル殿。」


「ふざけるなよ売国奴が。貴様ら“白”が人間の国に住み始めたのが原因であろうが。」


 両者の間に剣呑な空気が流れ始める。空気が緊張感を増すにつれて、彼女らの感情によって昂った魔力が部屋を揺らす。魔法を得意とするエルフの長の名は伊達ではない。徐々に大きくなっていく軋みのような揺れにケイルもいつでも動けるように臨戦態勢を取った。

 だが、徐々に高まる緊張感は突如ふっと霧散する。


「…………ふん。まあよい。売国奴は売国奴らしく人間とつるんでいるがよい。我々は今が正念場・・・・・なのでな。貴様らにかける時間はないのだ。ふぇっふぇっふぇ。」


「あら、そうですか。任ぜられた仕事もこなさずどこかへ消えた”緑”が何をしているのかは知りませんが、私たちの迷惑になるようなことだけはしないでくださいね。では。」


 踵を返し部屋を出ていく彼女について行きながら、ちらりとまだ部屋にいる緑の老エルフを見る。彼は閉まる扉の隙間から憎しみを目に滲ませ、こちらを睨みつけながらも余裕気な表情を崩さない。


 ケイルはどうにも事は魔物退治だけという単純なものにはならなさそうだと直感したのだった。



 ♢♢♢




 シルビアに連れられてたどり着いたのは大樹から少し離れた位置にある木の根元。この木も先ほどの大樹ほどではないがかなりの大きさを誇っており、掛けられた縄梯子は五メートル以上の高さまで続いていた。その梯子を登り切った場所には人ほどの大きさの木の枝を骨組みに使った足場と木製の扉が存在している。どうやら彼女の家は木上にあるらしい。


「ケイル、この先がボクの家だよ。」


 微かな笑みを浮かべてオリヴィエが口を開く。その言葉に疑問を覚えたケイルは脳内に浮かんだそれをそのまま伝える。


「ん?シルビアさんの家じゃないのか?」


「ええ、そうですよ。ここは私の家で、リヴィの家でもあるのです。」


 ケイルの疑問に先ほどの空気はどこへやら柔らかな雰囲気を纏ったシルビアが答えた。彼女はオリヴィエに抱きついている。並んだ容姿は確かに瓜二つで、オリヴィエとシルビアはまるで姉妹のように見えた。


「……オリヴィエのお姉さんなんですか?」


「あら、嬉しいですね。ですが私は姉ではなく母ですよ。」


 ケイルの頭にはてなが浮かんでいるのを見てオリヴィエとシルビアは楽しそうに笑っている。どうやら容姿だけでなく、こちらを振り回すことを楽しむ性格も似ていたらしい。


「ほら、こんな場所でケイルで遊ばないでください。リヴィもよ?」


 顔を少し綻ばせたフォティアが二人を優しく諌める。


「ごめんごめん。じゃあいこっか!」


 そう言ってオリヴィエは梯子を腕を使わずに足だけで跳ぶ様に上がっていく。このバランス感覚は森を自由自在に駆けるエルフの種族特性と言えるものなのだろうか。残る二人も顔を見合わせて微笑み合った後、軽やかに梯子を駆け上がっていった。ケイルも続いて登っていく。勿論ケイルは手を使ってだが。


 家は木の中をくり抜いて造られたものと外に増築するように造られたものの二つに分かれており、普段使っているのは木の外の家のようだった。木の中の方は倉庫として使っているらしい。


 家に入ると家具もすべてが木製で、背の高い木の上に家があることで日差しが差し込み、とても温かな空間が作り出されている。窓には葉を使ったカーテンが掛かっており、棚に置いてある何かの苗木は小さいながらも青々とした葉をつけていた。どこまでも自然と調和した造りだった。


「じゃあ改めまして、私はシルビア。オリヴィエの母です。娘がお世話になっております。」


 朗らかな笑顔を見せるシルビアは姉ではなく間違いなく母親を感じさせるものだった。





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