EP-34 殺意の矢

どりゃあ! なんとか更新!

ストックがマジでなくなってきた………。

—―――――――――――――――――――


「ここからはボクたちから離れないでね。迷っちゃうと生きて帰れないかもしれないから。」


 トゥニスを離れて王都が見えてからしばらく。

 ケイルたちはゼロニア村の西、アインヘリアルのある森にたどり着いていた。


「あ、あぁ……。」


 不穏な言葉にゆっくりと頷いたケイルを見て、オリヴィエは眼前に広がる霧の濃い森に顔を向ける。


 この霧はエルフの作りだした幻影魔法の霧。入り込んだ者の方向感覚を狂わせ、視界の悪い森の中を永久に彷徨わせる惑いの結界。そしてそこを突くように霧に紛れて脅威となりうる・・・・・・・存在を未然に・・・・・・殺すため・・・・の処刑場・・・・


(ケイルは付き合いの浅いボクたちを命を懸けて助けようとしてくれている。…もしケイルが他のエルフに狙われるようなら、ボクがどうなったとしても彼だけは絶対に逃がすんだ。)


 オリヴィエはフォティアが心配そうに見つめていることに気づいていなかった。それだけ今の彼女は精神的にいっぱいいっぱいの状態だったのだ。

 自分の状態に気づかぬままオリヴィエが何かを小さく呟く。すると彼女の周りに幻影魔法の靄が浮かび上がる。


 これが唯一、エルフの惑いの結界を突破するための方法。幻影魔法を打ち破るには極めて高い耐性を持つか、幻影魔法で相殺するしかない。


 元々エルフ族特有の魔法である幻影魔法は遠い過去に起きた人間との間の・・・・・・暗い歴史・・・・を紐解いても、使えるものが少ないとされている。そのため、エルフたちは永い時をこの惑いの結界とそれを利用した闇討ちで隠れ生きてこれたのだ。


 オリヴィエの靄がケイルやフォティアをも包み込み、彼らに幻影の加護を与える。


「これで大丈夫だよ。じゃあ付いてきてね。」


 オリヴィエの後を続くように入った霧の結界は視界が悪い以外影響を感じさせなかった。きちんと相殺できている証拠だった。


「ケイル。」


 オリヴィエを見失わないようにと再び歩きだそうとしたケイルに、フォティアから声が掛けられる。彼女の顔はいつもに増して真剣で、これから話すことがとても重要であることを否応にもなく感じさせた。


「…なんだ?」


 前を歩くオリヴィエをを気にしながらも、ケイルは歩く速度を落としてフォティアの隣に並ぶ。


「あなたには知っておいてほしいことがあるの。これは私達エルフとあなた達人間の間に起きた暗い過去、そして村でのリヴィに関係する話よ。どうにもリヴィはあなたを信頼しているようだから、私もあなたを信頼してこの話をするわ。……聞いてくれるかしら?」


 横目に見たフォティアは覚悟を決めた者の顔をしていた。


「あぁ、分かった。聞かせてくれ―――ッ!!!」



 突如飛来する二本の矢。それはそれぞれケイルとオリヴィエ・・・・・を狙っていた。


 ケイルは己に向けて飛来する矢を左手の手甲で弾き落とし、ケイルと同時に反応したフォティアが風の刃でオリヴィエを狙う矢を斬り落とす。

 突然の襲撃にケイルとフォティアが状況を理解するよりも先に頭上から声が掛けられた。


「ふん。やはりよくやるな、首長の娘は。まぁそこの人間は死んでくれて良かったんだが。」


 二人が戦闘態勢を取ると降りてきたのは緑の髪をしたエルフだった。


「あなた達は本当に……!なぜあなたはリヴィを狙ったの!!それに“黒” の警備隊はどうしたの!森の守護はあなた達“緑” の管轄じゃないはずよ!」


 フォティアがオリヴィエを庇うようにして降りてきた男に叫ぶ。オリヴィエの顔は俯いていて見えなかったが、同胞に殺意を向けられたことで相当参っているように見えた。


 フォティアの問いかけに対して、突然、それも同胞であるオリヴィエを狙った男の返答は自分が間違っていないと誇示するかのようにあまりにも冷静だった。


「今は【偏在】のせいで村の守りを全種族合同で固めてるんだ。まぁ、私たちはまだ負けてなどいないから守りも討伐も単独でいいと言ったのだがな。」


「何を言ってッ……!連絡にはあなた達“緑” が勝手に先行したせいで被害が拡大したとあるわ!何が負けてないよ!そんなことだからあなた達は村の守護の任を解かれるのよ!!」


 フォティアの怒りに初めて男は怒りを返す。


「ふざけるなよ、“黒” が。お前らなんぞの力なんて借りなくとも我々“緑” は【偏在】に勝てる!後から謝っても許してなどやらんからな、たかが親の七光風情が。」


 男はその言葉だけを残し霧の中へと消えていく。

 ケイルは油断なく最後まで男の方を警戒していた。





 だからこそケイルはいち早くその接近に気づいた。


「リヴィ、大丈夫?」


 俯くオリヴィエを心配するフォティアにケイルは大声を上げる。


「フォティア!ここに何かが近づいてくる!早く離れるぞ!!おそらくこれは、この速度は魔物・・だ!!」


 そこからの二人の行動は早かった。


 フォティアはオリヴィエを引っ張って自分の精霊馬に乗せ、全力で走るよう指示をする。ケイルもオリヴィエの乗っていた精霊馬に飛び乗った。


「乗ったのがお前の主と違って悪いが、安全なところに逃げる手伝いをしてくれ。お前の主も向こうに乗ってる。」


 精霊馬の瞳の理知的な光がケイルの言葉を理解していることを伝えていた。


 嘶きを上げ、二頭の精霊馬は全力で森を駆ける。体が木の枝によって切り裂かれることも気にせず、ただ主たちを村まで送り届けようという願いだけを抱えて。


 ケイルが能動強化アクティブをして後ろを振り向く。


 高速でその場を離れる彼の瞳に映ったのは、霧の中に浮かぶ二足歩行で角の生えたまるで人の・・・・・様な魔物・・・・の影だった。


(さっきのエルフにオリヴィエやフォティアの反応……。もしかしてフォティアが話そうとしてたことに関係あるのか?今はオリヴィエの状態も普通じゃないし、村に着いてから聞くしかないか。ただの魔物討伐じゃ終わらない気がするな……。)


 ケイルの予想通り、彼が抱いた不安はすぐに明確な形となって現れることになる。



 ♢♢♢




 精霊馬に連れられて、ケイルたちは一切霧のない場所にたどり着く。後ろを振り返ると壁のように霧がその境界面を縁取っていた。


「……もうすぐアインヘリアルよ。この先にもさっきみたいなエルフがいるわ。恥ずかしいけれどね。……それと、助けてもらう身でこんなこと頼むのは申し訳ないけれど、どうかエルフの長には楯突かないで。特に黒の髪をしたエルフの長は絶対だめよ。アイツの一言で“緑”だけでなく“黒”  もあなたを攻撃してくる事になるから。」


「………なぁ、その“緑” とか“黒” って何なんだ?」


「あぁ、それはね………「失礼」」


 答えようとしたフォティアの言葉を遮るようにまたもや一つの声が割り込んでくる。


 ケイルとフォティアが声の方向に警戒を向けると、黒い髪をした二人のエルフがゆっくりと歩いてきた。


(手には何も持ってないし、魔力の流れも戦闘態勢に入っている奴のものではないな。)


 その二人はケイルたちの前にたどり着くと深々と礼をする。


「お待ちしておりましたフォティア様。首長がお呼びです。」


「案内、させてもらう。」


「シェリル、ネム。あなた達が来るとは思ってなかったけれど、助かるわ。」


 シェリルと呼ばれた長身のエルフとネムと呼ばれた眠そうな顔の少女がケイルとオリヴィエの方を一瞥する。そこには先程のエルフのような敵意は感じられなかった。


「ん。行くよ。」


「ネム、ちゃんと説明を……。はぁ……。すいません、彼女は私の妹で少々面倒くさがりなだけで悪気はないのです。私達二人は首長の命令が無ければ貴方やオリヴィエには何も致しませんので、付いてきていただけますか?」


 こちらを気にせず先を歩いていく少女に溜息をつきながらも気遣いを向けてくるシェリル。


 敵意も害意も感じられないがここは既にエルフの村の近くである。素直に頷いていいか視線でフォティアに確認を取ったケイルは、彼女が頷いたのを見てシェリルに了承を返す。


「良かったです。そう言っていただけなければ実力行使で縛り上げてでも連れて行かなくてはなりませんでしたので。ではこちらへ。」


 爽やかな笑顔でとんでもない事を漏らしたシェリルを見て、ケイルは思い切りフォティアの方を向く。


「あはは……信じて大丈夫なはずよ。たぶん。一応彼女たちは私の親戚だし、差別感情も少ない。それに命令に忠実だから、生きて連れてこいって言われてるなら問題ないわ。たぶん。」


 シェリルがこちらを振り向いて綺麗な笑顔を向けてくる。


 それを見たケイルはエルフにまともなやつってどれだけ居るんだろうなと中々失礼なことを考えながらも少し距離を開けて付いて行くことにしたのだった。

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