EP-32 もう、迷わない
短めです。
—―――――――――――――――――――
灯りの消えた部屋の中。
月明かりの差し込むベッドで、ケイルは横になりながら先ほどのことを考えていた。
想いや理由というのは指標化できるようなものではなく、アーサーと自分を比べるのがおかしいというのは分かっている。だが、初めて見た”人生を賭すに値するほどの想い”は、ケイルの心にお前は本当にすべてを賭ける覚悟を持っているのかと問いただしてくる。
言語化できない数多の感情が滂沱の如く溢れ、言いようのない焦燥感が強く焼き焦がすのだ。
コンコンコン…………
そんなケイルの思考を止めたのは部屋をノックする音だった。
「……いったい誰だこんな夜に。」
ケイルが扉を開けるとそこに居たのは一人の少女。
その天真爛漫な笑顔は鳴りを潜め、琥珀の瞳が不安と焦りに揺れていた。
「オリヴィエ………?」
この部屋を訪れる時、彼女はいつも窓から侵入してきていた。それなのに今日は一体どうして扉から。それも朝ではなくこんな夜更けに。
ケイルの脳内に疑問が浮かぶ。オリヴィエの顔は夕方よりも暗いように見えた。何があったか聞こうとするケイルを先回りするように、オリヴィエが申し訳なさそうな、弱弱しい笑みを浮かべる。
「ごめんね、ケイル。こんな夜遅くに。………頼みがあるんだ。」
そう言ったオリヴィエは、助けを求める一人の小さな少女でしかなかった。
「…………わかった。話を聞くから取り敢えず入ってくれ。」
ケイルの言葉にオリヴィエが頷く。
♢♢♢
「―――で、いったいどうしたんだ?」
「………単刀直入に言うと、ボクの村を魔物から救ってほしいんだ。だけどそれについて話す前にケイルには知っておいてもらわなきゃいけないことがある。協力を求める側なのに図々しいとは思うけど、このことはどうか他の人には言わないでほしい。」
オリヴィエの瞳に宿った弱さとそこに垣間見える彼女本来の強さを見て、ケイルは無言で頷いた。
「ありがとう。じゃあボクを見ていて。幻影魔法【
突然オリヴィエの輪郭に
髪や体格、服も先ほどと変わらない。けれど間違いなく異なるその耳の形。その少し尖った形は彼女の正体を現していた。
「………これが本当のボク。ボクは人間じゃない。
多種多様な種族が見つかった第二大陸。その西の樹海に得意の幻影魔法と障壁魔法で巨大な村を作る自然と停滞を愛する種族。そして、ある事件から人間と袂を分かった初代国王の盟友。それがエルフだった。
セリアから時々教えてもらっていた伝承でしか聞いたことのない存在を目の当たりにして、ケイルは彼女が内緒にしてほしいと言っていた理由に納得した。
「ケイルに助けてほしいのはボクが生まれ育った村――アインヘリアル。その周辺に現れた魔物【偏在】を倒すのに協力してほしい。村の警備隊の方にも被害が出てるみたいなんだ。彼らも実力はある。それでも足りないんだ。どうか、どうか力を貸してほしい。」
それを聞いたケイルの口から零れ落ちたのは一つの疑問であった。
「…………なんで、俺なんだ?魔物を殺すだけだったら今この町には金級冒険者がたくさんいるはずだ。それに俺よりも強いアーサーだっている。それなのに、なんで俺なんだ。」
無意識の内に抱え込んだ劣等感や焦り。
オリヴィエの琥珀色の瞳がケイルを射貫く。
「だって短い間だったけど一緒にいて、ケイルなら信用できると感じたから。」
返ってきたのは純粋な信頼。
今まで冒険者になって褒められることがあった。認められることもあった。
だが実力や実績を評価されようとも、ケイルは自分の力が足りていないということを何度も突きつけられ時には心が折れそうになったこともある。
本物の英雄なら自分の弱さに迷うこともないだろう。
本物の英雄なら立ち塞がる脅威全てを己が力で打ち砕いていくのだろう。
トールやドータ、ルミナを見て何度も感じた。
彼らと同じ位置に並ぶにはまだ何も足りていないと。
アーサーの話を聞いて何度も考えた。
自分は英雄になれるような器なのだろうかと。
そんな中、金級という本物の英雄たちが集まったこの町で、それでも自分を選んでくれた。
オリヴィエの信頼の言葉に、ケイルは心が軽くなった。とても嬉しかったのだ。
『いいかケイル。自分の心には素直になれ。俺も昔は色々とそれで苦労したんだ。お前自身が抱いた想いが導いた結果ならきっと後悔はしない。それで何もしない方が後悔すると思う。今は難しい話だと思うかもしれないが、覚えておくといい。』
今は亡き父の言葉が頭に浮かんだ。
『将来のことを考えて悩むことや立ち止まることっていうのはね、生きていく上で必ず必要となるものなの。そういう時は一回自分の心に聞いてみなさい。自分がどうしたいか、どう在りたいかがあるのなら、私はそれを応援するわ。』
幼き日の母の言葉が頭に浮かんだ。
ケイルは自分に問いかける。
お前は一体どんな想いを持って、どうしたいのか。
憧れに並ぶことに囚われなくていい。
自分の器を決めつけなくていい。
考えるのは進みながらでいいのだ。
ケイルにもう迷いはなかった。
―――今、俺は俺を信じてくれる彼女を助けたい。
「…………そうか。分かったよ。俺でいいなら力を貸そう。」
「ッ!!ありがとう! ほんとうに!ありがとう……。」
オリヴィエが涙ぐみながらケイルの手を握る。
こうしてケイルは、人間と袂を分かったエルフの村、アインへリアルへと向かうことになった。
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