EP-31 暗く苦しい過去
バタン―――
医務室に扉の開ける音が響く。
ケイルとオリヴィエが扉の方を向くとそこには一人の少女が立っていた。
少女は低い身長と桃色の瞳が相まってまるで人形のように可愛らしく、腰まで伸ばしたプラチナブロンドのストレートヘアと浮かべる無表情がどこか現実離れした雰囲気を醸し出している。
少女はケイルを見てその目を驚きに染めると、小走りでケイルの下へと駆けてきた。
「君は…………?」
ケイルの言葉に少女は答えない。
それをケイルが不思議に思う前に、彼女はオリヴィエの方へと顔を向ける。
「その方は【聖女】。ソニア=インクリッド様だよ。ケイルやティアの怪我を治してくれたのもソニア様なんだ。」
語られたのは衝撃の事実。ケイルは目の前の少女に視線を向ける。
ソニアはケイルに向けて微笑んでいた。
その微笑みから隠しきれない品位が覗き、ケイルは慌てて姿勢を正す。
「ご無礼を申し訳ございません!それと、私や彼女の怪我を治してくれてありがとうございました!」
頭を下げたケイルにソニアは手をワタワタさせて、顔を上げさせるようにケイルの頭を押さえた。どうやら表情が薄いだけで感情はその仕草に表れるらしい。
抵抗せずに顔を上げるケイル。
目が合った瞬間、一瞬彼女に懐かしさを感じた。
走る痛みに頭を抑えたケイルへとソニアが心配そうな表情を向ける。
「あ、いえ大丈夫です。………それにしても、ソニア様は私たちのようにすべての怪我人を見てらっしゃるのですか?僕たちの対戦相手のアーサーたちは無事ですか?」
ケイルの矢継ぎ早な質問にソニアが困ったような顔をした。
「ケイル。ソニア様は幼少期のトラブルで言葉が話せなくなってしまったんだって。だからそんなに質問ばかりされても困っちゃうよ。」
オリヴィエの言葉に再び走るノイズのような痛み。激闘の直後で疲れているのだろうか。痛みはまるで何かをケイルに伝えようとしているかのようだった。
ケイルが呆然としていると、ソニアが取り出した可愛らしい手帳に何かを書いてそのページをケイルに手渡してきた。
書かれていたのは帰宅可の三文字。丸くて可愛らしい文字だった。
ソニアがベッドから離れてお辞儀をして部屋から退出していく。
彼女の顔はどこか寂しそうだった。
「……そういえば、アーサー君だっけ。彼らはみんな無事だよ。アリシアちゃんだけは体調が悪そうだったけど、他の皆は特に大きな怪我もなかったはずだし。」
ケイルの意識がはっきりと現実に引き戻される。やはり疲れているのだろうと判断したケイルはオリヴィエに礼を告げて帰る用意を始める。
いくら疲れていてもケイルにはまだやらなくてはならないことがあるのだから。
『……この試合が終わったらこの前行った酒場に来てくれないか。そこで全てを話す。』
試合中のアーサーの顔を思い出す。確かに彼はケイルとの戦いに喜びを覚えていた。だが、試合が終わる直前の彼は焦燥に駆られたような顔をしていた。
なぜ彼が試合をすぐに終わらせようとしたのか。
それをケイル自身も聞きたいと思った。
♢♢♢
相変わらず騒がしい酒場の奥。そのカウンター席でケイルとアーサーは並んで座る。
「聞かせてくれ。なんで勝ちにこだわるでもなく試合を急いだんだ?」
単刀直入。ケイルの言葉にアーサーは手元のグラスの氷を回す。
中に入っているのは酒ではなく水だった。
「アリシアは………僕の妹は昔、うちの村が魔物に襲われた時にその騒ぎに乗じて攫われたんだ。」
♦♦♦
思い返すのはあの日の出来事。まだ僕が小さかった頃の話。
突如魔物に襲われた僕の村は混乱の最中にいた。誰が生きていて誰が死んでいるのか。どこに逃げれば生きられるのか。何も分からない夜闇の中、村の燃える様子だけが僕らに現実を教えていた。
安全な避難場所と食料や水の備蓄。僕とアリシアは母さんと一緒にそれが全て揃う村の教会を目指すことにした。父さんは僕たちを逃がすために魔物の注意を引いて逆方向に走っていった。その背中が僕が見た最後の父さんの姿で、逃げる前にあの大きな手に撫でられた感触だけがその熱を覚えてる。
小型魔物に見つからないように逃げ惑って教会に着いた頃には母さんもいなくなってた。アリシアが逃げる時に渡された母さんの指輪だけが母さんの形見になった。受け入れたくない現実に僕は呆然としていたけれど、村のシスターがアリシアを抱きしめて涙を流していたことだけはしっかりと覚えている。
僕たちは冒険者たちが来るまで教会の地下に引きこもることにした。他に教会までたどり着いたのは15人もいなかったと思う。極限の緊張と閉所の閉塞感から皆だんだんとやつれていった。
そんなある日のこと。また事件が起きた。
その中にいた一人の男がアリシアやそれと同じ年代の子供たちを攫って地上に逃げたんだ。地下への入口にはシスターの死体が横たわっていた。他の大人や僕はアリシアたちが攫われている間ものんきに寝ていたみたいで、これほどアリシアの手を握っていなかったことを後悔したことはない。
勿論僕はアリシアを探しに行こうとした。でもそれは他の大人たちに止められた。彼らの目は血走っていて、地下への入り口が魔物にバレるかもしれないからと自分の保身ばかりを考えていた。
でもアリシアは僕に残された最後の家族だ。だから僕は彼らが寝静まった後一人で探しに行くことにした。
何日経ったのかは分からないけれど既に村の火は消えていて、ぬかるんだ土にあった足跡を追いかけるように僕は走った。でもアリシアは見つからなくて、それどころか僕自身が限界を迎えてしまった。
地面に倒れてただただ体に雨を浴びていた。もう家族は誰もいないんだと。母さんも父さんもシスターも、そして妹すら守れずに僕は人生を終えるんだって本当に思ってた。でも神様はそんな僕を見捨てなかった。そこに後の僕の先生になる人が現れたんだ。
どうやら無我夢中で足跡を追っていたらそこそこの距離を歩いていたみたいで、先生は僕を保護して事情を聴いてくれた。先生は村に派遣された冒険者たちのリーダーで、村を助けに来たらしい。
僕は先生に自分の知ってる全てを伝えた。いきなり魔物に襲われて、母さんも父さんも死んで、逃げ延びた教会の地下で優しくしてくれたシスターと妹を失った。何もできない自分が悔しくて、涙がどうしても止まらなくて、何を言っているか分からないところもあったと思うけど、先生はそれでも僕の頭を優しくなでて後は任せろと言ってくれた。
僕が目を覚ましたとき、先生は本当にすべてを解決してくれていた。先生と会ってから三日が経っていたらしいけど、村周辺の魔物は討伐されて、大型も討伐された。それだけじゃなくて、攫われた子たちも村から少し離れた廃屋で見つかった。連れ去った男はこの前村に流れてきた他国の研究者で、どうやら人体研究などを行う悪質な研究者だったらしい。子供を攫ったのも実験のため。アリシアは実験の順番が最後だったようで
「その病はどんな医者に見せても病状が分からず、先生も知らない病気だった。魔力にアリシアの魔力ではない黒い魔力が混じることがあるんだ。黒い魔力が溢れ出たときは必ずアリシアの体調が崩れる。程度はその時によって違うけど、大量の魔力を消費したときは特にひどいんだ。……これが試合を急いだ理由で、僕の冒険者になろうと思った理由の一つさ。ごめんね。」
「……そう、だったのか。」
アーサーの背後にあった闇。その正体を知ったケイルは何の言葉も口にできなかった。月並みな言葉が頭に浮かんでは消える。どの言葉も喉を通っていかない。
二人はグラスを無言で眺めていた。
「…………そろそろ行くよ。話を聞いてくれてありがとう。今度は最後まで戦おうね。………またね、ケイル。」
「……あぁ。また会おう。アーサー。」
アーサーが立ち去った後、残るグラスの水滴が彼の心を表しているかのようだった。
—―――――――――――――――――――
ご無沙汰してます、weak_modeです。
申し訳ないことに私生活が多忙になり、ストックも尽き始めたので更新頻度が落ちる可能性があるのであとがきを作らせてもらいました。
もちろんできるだけ更新頻度をキープしようとは思ってますので、応援のほどよろしくお願いいたします。
ではでは。
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