EP-29 闘技大会 -本戦 3-

すいません。相当長くなりました。

いつもの1.5倍ほどの文量、お楽しみいただければ幸いです。

ではどうぞ。

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 ケイルとアーサーが再び戦い始めたころ、フォティアとオリヴィエは三対ニを強いられていた。



 今までの戦いではケイルの円月輪による後衛の牽制や前衛に圧を駆けることによる援護の誘導を行っていた。動きの出だしを制し、魔法詠唱の妨害を入れ、実力差を活かして前衛に意識を割かせる。

 このケイルの動きによって、オリヴィエとフォティアは同数の勝負をすることができていたのだ。


 しかし、今回はそのケイルが全力で一人と、それも実力の伯仲している相手と戦わざる得ない状況が作り出されてしまっている。元々の人数が少ない分、その負担をオリヴィエたちが負う必要があった。


 本人からおそらく戦闘が始まると余裕がなくなるということを事前に聞いていたオリヴィエとフォティアは、試合開始の合図が出たあと防御優先の立ち回りで相手の出方を見ようとする。


 見たところ真紅の髪をした女性は、アーサーと金髪の少女を重点的に見ており、魔法を援護として打つ固定砲台サポーターとなるつもりらしい。

 オリヴィエたちが自分の下まで詰めてくることが難しいことがしっかり分かっているのだろう。リスクとリターンを計算に入れてパーティーを勝たせようとする憎らしいほど冷静な判断だった。


 それに対して残る少女と壮年の男性はそれぞれ左右からこちらを挟み込むように距離を詰めてきている。少女の武器は短双剣、男性の武器は以前どこかで見た刀と呼ばれる類の武器に見えた。


 二人の動きの質から、フォティアは彼女らを一人で同時に相手するのは困難だと判断。オリヴィエに比較的戦いやすそうな少女を任せることにした。


「リヴィ、あの女の子の方を頼むわ。私は男の方をやる。くれぐれも飛んでくる魔法には気をつけてね。もし死にそうになったらアレ・・を解除してもいいから。」


「ううん。それはだめだよ。…大丈夫だから心配しないで。ボクだって近接戦闘の稽古をティアに付けてもらってたんだから身を守るくらいはできると思う!」


 オリヴィエは自信満々に弓を取り出す。よく見るとその弓はただの弓では無く、弓の両端リムの部分が特殊な形をしている。それはまるで刀身が外向きで、持ち手部分がくの字に折れ曲がった両剣のようにも見える。


 これはオリヴィエがオーダーメイドで作ってもらった一品物。両剣弓とでも言えばいいだろうか。遠距離に対しては弓として、近距離に対しては両剣のように扱える代物だった。


「わかった。そっちは任せるわ。」


「うん!」


 オリヴィエとフォティアも走り出し、それぞれの敵と相対する。


 フォティアが相対するのは壮年の男性。

 目の前に敵がいるというのに刀も抜かず、一見隙だらけのように見える。しかし、それがこちらを誘導するためにわざと作り出された隙だということはフォティアも感じ取っていた。


「あらら、あっちにも行っちゃったか。セレナちゃん、アリシアちゃんの方を援護してあげて!おじさんは一人でも何とかするからさ!」


 彼が振り向いて女性に声をかけるも、彼女は男性を見ようともしてなかった。


「元々そうするつもりよ!あんたは一人でなんとかなるでしょ!」


「えぇ………じゃ、じゃあ黒髪のお嬢さん。おじさんじゃ君に勝てるか分からないけど少しの間よろしく頼むね……っておわぁ!!!」


 フォティアの方に視線を戻した男性をフォティアの容赦のない斬撃が襲う。人為的ではない本物の隙を見つけたフォティアの反射行動を男性はおどけたような動きで躱した。


「…………。」


「まいったなぁ…。どうしておじさんの相手は毎回こんなにも容赦がないんだろう………。自己紹介くらいさせてくれないかなぁ。」


「……興味ないわ。それよりも私はあなたを片付けてオリヴィエの援護に向かわなくちゃならないの。早く始めましょう。」


「もう始めてなかったかい…………まぁいいや。じゃあ自己紹介はやめることにするけれど、おじさんの故郷では戦う相手に名乗りを上げるのが礼儀でね!名乗りだけはさせてもらうよ!剣士ハヤテ、いざ尋常に………勝負!!!」


 フォティア vs. ハヤテ開始。




 一方でオリヴィエは、苦戦を強いられることとなる。

 オリヴィエ vs. アリシア、セレナの戦いはその人数の差によって順当にオリヴィエが追い詰められていた。


 それに元々オリヴィエは前衛ではなく、後ろからのサポートを得意とする冒険者だ。そこに双剣を使うアリシアと魔法による援護を行うセレナが二人で連携をしながら襲い掛かってくる。


 戦いの出だしは間違いなくオリヴィエが不利だった。


 飛んでくる大きな火球を障壁で防ぐと、その爆炎の影から炎の紋様が浮かぶアリシアが突撃してくる。


(炎の耐性エンチャント!!)


 オリヴィエは今までの経験からそれが相手の魔術師による耐性エンチャントだと推察できた。だからこそ、その素早い経験の辞書引きからオリヴィエはすぐさま反撃行動をとることができた。


「二対一でごめんね!だけどこれも勝負だから私も手加減しないよ!」


 飛び掛かるアリシアの双剣をオリヴィエはすぐさま弓剣で受け止める。そしてすぐさま火球を受け止めた障壁を変形させ、アリシアを横から殴り飛ばそうとする。


「勿論!ボクだってそれは分かってるッ!ズルだとかは言わないよ!」


「友達になれそう…だね!」


 既に構成された障壁の変形という高等技術。それも一度も大会では見せていない手札。間違いなく状況を仕切りなおせるはずだったソレを、アリシアたちはまるで織り込み済みだったかのように軽く対応する。


 アリシアの双剣に先ほどとは少し形の違う炎の紋章が浮かび上がり、その剣身を炎が覆う。破壊力の増した双剣が障壁を切り裂き、更にオリヴィエにも襲い掛かった。


 オリヴィエはそれに気づいてアリシアを力いっぱい弾き飛ばす。


 一瞬遅れて吹きあがる炎。どうやら武器に対するエンチャントはその属性を攻撃に付加するものらしい。


 オリヴィエはさらに距離を取ろうと弾いたアリシアにむけて矢を速射する。


 しかし、アリシアはアーサーと同じかそれ以上の滑らかな動きですべての矢を切り捨てた。神授職業に祈祷師だけでなく前衛職もあるのか、後衛とは思えないほどの巧みな動きは彼女が秘めるセンスを如実に表していた。


 矢を切り捨て距離を詰めてくるアリシアに対し、オリヴィエはその稼いだ僅かな時間を障壁の再展開に使う。


 二対一が危険だと判断し時間稼ぎにシフトしたオリヴィエは、普段よりも強度は低いが数多くの障壁をアリシアと自分との間、そしてアリシアとセレナとの間に迷路を作るかのように構築していく。猛烈な魔力消費に脂汗が流れ落ちた。


 だがそれに見合う価値はあった。障壁はオリヴィエの魔力操作により完全な透明となっており、どこに障壁が展開されているかも分からない。アリシアが自分の下へとたどり着くまでの時間は間違いなく確保できそうであった。


 その時間でオリヴィエはフォティアへの援護を狙う。

 オリヴィエの目に映ったフォティアはケイルとはまた違う領域で凄まじい刹那を渡り歩いていた。



 刹那に繰り広げられる一太刀一太刀が致命傷となるような剣戟。紙一重で斬撃を避け、反撃を繰り出す。一瞬の応酬で血と魔力の燐光が舞っていた。


 フォティアがハヤテの刀を弾くと死角から鞘が襲いかかる。その鞘を屈んで避けながら、反撃の剣を弧を描くように振るとハヤテは独特の歩法で距離を開ける。



 二人の応酬の内容が自分より遥か高みにあることだけは確か。介入しても逆に足手まといになると踏んだオリヴィエはフォティアに向けて治癒の光を飛ばした。その光は複雑な軌道を描いて高速で動くフォティアを捉える。


 フォティアの傷が徐々に癒えていく一方でハヤテの傷の状態は変わらない。オリヴィエとフォティアの長年のコンビネーションが言葉を交わさずともじんわりと有利を広げていく。


「んー、まいったね。これじゃあ勝つにはおじさんもアレを使う・・・・・しかないかな。さて、どうなるやら……。」


 フォティアを蹴って距離を開けたハヤテは刀を鞘に収めて居合の構えを取る。その眼光は間合いに入った全てを切り裂くような鋭さを携えていた。


 ハヤテの鞘の模様が段々と変わっていく。


 緩やかに蕾の意匠が花開き、ハヤテの故郷―――ヤマトに咲く桜の花びらが現れる。やがてその桜の花びらは鞘から飛び出し、ハヤテの周りを舞いだした。


 舞う花びらは魔力の結晶。一般的な神授職業の魔力色ではない。だがその優しき桜色はただならぬ存在感を帯びていた。


「…………リヴィ、サポートお願いできる?」


「わかった! じゃあ弓で………」


 ──────バリンッ!


「はぁ、はぁ。時間掛かっちゃったけど分かんないなら壊せばいいんだよ!はぁ、ふぅ……てりゃあぁ!」


 割れて砕けた障壁と体から青色の光を溢れさせているアリシアの姿。オリヴィエが気付いたときには既にアリシアがその天性のバネを活かして更に急速に距離を詰めていた。


 オリヴィエがアリシアの攻撃をギリギリで防ぐ。

 反射的な防御で体勢が崩れたオリヴィエにアリシアは一片の油断すらしない。


 オリヴィエを助けようとするフォティアの方へはセレナが火球で牽制を行っている。その時間を利用してアリシアも双剣に纏った炎をすべて飛ばして炎の壁を作りだしたのだ。


 エンチャントの優位を無くしてでもアリシアはフォティアとオリヴィエを分離することを優先し、セレナはその選択を支えるかのように火球を操作しフォティアをハヤテの下へと誘導する。オリヴィエとフォティアに負けず劣らずのコンビネーションだった。


「ごめんティア!援護できなさそう!」


「……わかったわ! 頑張って!」


 間違いなくオリヴィエの補助は見込めない。


 フォティアは横目でそう判断し、飛んでくる火球に対する防御とハヤテへの牽制を兼ねて風刃を繰り出した。幾つもの風刃とそれによって起こる熱風がハヤテを襲うも、ハヤテは一歩も動かない。

 ただ致命傷だけを避け、軽い傷を作りながらもフォティアを見据え続ける。


 彼の技量と具現化する魔力から見ても、たかが風刃程度いくらでも防ぎ続けられるだろう。だがそれでも動かずこちらを見据えるハヤテの姿を見て、フォティアは風刃を放つのを止めた。火球もハヤテを巻き込むことを嫌ったのかいつの間にか止まっている。


 ここは闘技大会。互いの意志がぶつかり合い、栄光と称賛が降り注ぐ場所。


 そんな舞台で彼は一撃にすべてを込めているのだ。

 正々堂々在りたいと望むフォティアからして彼の姿は尊敬に値した。


「……あなたを一人の戦士として認めるわ。これは己の在り方を示す戦い。私も一人の戦士としてあなたと戦うことを誓う。」


 ハヤテは口を開かない。

 だが、その瞳は雄弁に彼の心の内を物語っていた。


「確か名乗りを上げるのよね。」


 剣を構えて精神を研ぎ澄ませる。放つは最高の一撃。

 疎ましい過去をも利用して、彼女は一筋の光となる。


 フォティアの体を青の光が美しく彩った。


「……の戦士フォティア、いざ尋常に。行くわよッ。」


 青い光を纏って一気に加速した彼女はまるで一筋の光線のようだった。


 一瞬で無くなる彼我の距離。

 刹那の煌めきと共に交差した二人は背中を向け合う形となる。


 同時の納刀。崩れ落ちたのは────


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