EP-23 白百合の祈り手

「闘技大会?」


「ん?なんだ知らないのか?この町で毎年行われてる第一第二両大陸の腕自慢達が集まる結構な規模の大会だぞ?というかお前の師匠の【狂暴獣ベルセルク】は去年の優勝者のはずだが。」


 ここは交易都市トゥニスにある酒場。依頼を無事達成したケイルたちは打ち上げと称して酒場に飲みに来ていた。残念ながら【雫】の二人は用事があるとここに来ておらず、イル、ウル、エルの三名は少し悲しそうにしている。



 彼らが酒を飲んでいるとその近くの席に座った冒険者たちがハイテンションで闘技大会の話をし始めた。そこでケイルは聞き馴染みのない言葉に疑問を覚え、アルとキョウに質問したのだ。

 結果得られたのは驚くべき情報で、ケイルは目を白黒させながら泡を吹いたように質問を重ねる。


「は?! 師匠がその大会出て更には優勝してんの?! 聞いたことないんだけど!」


「ケイルは村から出てきたばっかりなんだったか。闘技大会を知らない奴なんて王都の冒険者には中々いないし、王都付近ではこの時期よくこの話が出るんだけどな。」


「そうだぜ? この大会で名を上げれば冒険者としても箔がつくし、優勝者には毎年何かしらの特典が付くからな。腕に覚えがある奴らはみんなこの大会に出場するんだ。しかも今年はすごいゲストが来るみたいだし、出場者も例年より多くなるんじゃないか?ちなみに俺ら【ガレオン】も参加するつもりだ。せっかくだからお前も出たらどうだ。」


 アルに誘われたケイルはしばし悩んだが、最終的に出ることに決めた。最近修行が好きになり強くなるということに楽しさを覚え始めたケイルは、未知の強者と戦うことに対する興味と自分の師匠が優勝したこともあるという話を聞いたことでどうしようもなく胸が躍ってしまったのだ。


「出てみようかな。どういう大会なんだ?」


「お、そうか出るか!闘技大会はな………」


 酒が入ったことによって話が逸れつつもケイルは説明を聞いていく。


 二人曰く、


・闘技大会には二部の枠がある。


・一つは銀級以下が出場可能なパーティー戦、もう一つは金級以上が出場可能な個人戦。


・ケイルたちが出れるのは銀級以下のパーティー戦のみで、出場登録には三人から五人で作ったパーティーが必要になる。


「ん?つまり俺は個人戦じゃなくてパーティー戦しか出られないってことか?」


「……あーっと、そうなるな。ちなみに俺らのところはすまないが入れてやれないからな。今回は【ガレオン】でどこまで行けるのか試そうって約束してんだ。」


 話しているうちに大事なことを忘れていたと気づいたアルが、巨大な図体を申し訳なさそうに丸めた。


 ケイルは手を振りながら問題ないことを伝え、もう一人の友人に視線を向ける。


「いや、問題ないよ。キョウのところが出ないなら一緒に出ようぜ。」


「……すまない。今回は僕たちも【晴嵐】で出ようって話してたんだ。今回いいところを見せれたらハルに気持ちを伝えようと思ってるからね。」


 キョウたち【晴嵐】は幼馴染同士で結成されたパーティーであるが、実はその内実がとんでもない・・・・・・ことになっている。キョウは祈祷師のハルのことを好いており、彼女を誘ってパーティーを作った際には彼らは二人組だった。しかし、ハルが幼馴染のキースハルの想い人を誘い、キースが更に幼馴染のクレナキースの想い人を誘ったことにより幼馴染四人でパーティーを組むことになってしまったのだ(さらにはクレナはキョウのことが好きである)。


 そういう経緯もあり、わざわざ機会を逃すこともないとケイルはキョウに応援の言葉を告げて別でパーティーを作ることを決めた。だがケイルには唐突に誘っても一緒に出られる人に当てがある訳もなく、ましてや初めて来た土地であるトゥニスならなおさらである。


 人の恋愛だからと興味津々に騒ぎ立てるウルとエル、そしてその二人を止めつつも興味を隠せていないアル、目の前にある食事にしか興味のないイルに別の卓で楽しそうに食事をしているキョウの仲間たちなど中々カオスな卓を尻目に、ケイルはどこでパーティーを集めようか考えだす。


(出るにしてもどうしようかな。……とりあえず明日にでもこの街のギルドに顔を出して、ほかのソロの人がパーティーを募集していないか確認すればいいか。)


 ギルドには依頼の難度に応じて即席でパーティーを募集する仕組みがある。これはどの街のギルドでも行われており、ここで集まったメンバーが新たにパーティーを組むことになるということもしばしばあるのだ。


 明日の予定を決めたケイルは考えを打ち切り、会話に参加する。


 打ち上げはその後も大いに盛り上がったまま時が過ぎていき、解散する頃には何人かつぶれている者も居た程だった。

 今度は大会で会おうと約束し、ケイルは街に来てすぐに取った宿へと帰宅する。


 こうしてケイル初めての護衛依頼は少しの襲撃トラブルがありつつも特に問題なく終了した。初めての依頼としては最高の結果である。


 しかし、神に目を掛けられたケイルにそんな平穏が長く続くようなことはない。

 世界の歯車は彼をきっかけに回りだしているのだから。


 まるでこれから何か起こると示唆するように、あまりにも静かにトゥニスの夜は更けていく。



♢♢♢




 翌朝、ケイルは既にとんでもない状況に置かれていた。


 ベッドの上で上体を起こしたケイルは寝ぼけ眼で顔を上げる。


 慣れない部屋に新しい寝間着、朝日がカーテンの隙間から差し込み清々しい朝が訪れたことを教えてくれる。空いた窓からは爽やかな風が吹き込み、窓際の椅子に座るは昨日までの依頼を共にした【の白髪少女・・・・・。優雅に紅茶を飲んでいるその姿はまるで絵画のように美しく、時を忘れてしまうほどの魅力があった。


「ん、起きたんだね。おはよう!紅茶いる?」


「おはよう。せっかくだし貰おうかな―――――ん?」


 白髪少女―――オリヴィエのあまりに自然な態度にケイルもつい返事を返す。ケイルが現状に気づいたのは彼女の対面に腰を下ろして受け取った紅茶を一口飲んだ後だった。


 咄嗟にケイルは紅茶を投げ捨て、壁際に立て掛けてあった長剣を取る。


「な、なんでここに居るんだ!!どこから入った!というか何時からいた!」


「わー!!!まってまって!! 落ち着いて! 話し合おう! 話せばわかるから!」


「落ち着いてられるか!! 目が覚めたら部屋に入れた覚えのない奴がいるなんて状況で落ち着けるやつがいたら精神が図太すぎるだろ! 」


「それもそうだ! ボクは君に用があってきたの! あと、窓から侵入しましたごめんなさい!!」


 オリヴィエの何とも能天気で緊張感のない様子に毒気を抜かれたケイルはとりあえず剣を下ろした。それでも警戒は解いておらず、いつでも脱出できるように空いた窓の近くにいるのだが。


 不法侵入者と言えど、彼女とは護衛依頼を共にした仲である。数日を共にしていたわけで、その戦い方も性格もある程度は知っている。だが、目の前にいる彼女は依頼の時よりこちらに対しての警戒を解いているように見えた。


 オリヴィエの戦闘スタイルは完全な後衛。障壁や回復などの防御面に優れているが、攻撃面はもう一人の少女フォティアに完全に任せているというのがケイルの見立てである。


 そのためケイルは取り敢えず彼女の話を聞くことにした。


「…………でなんだ、用ってのは。人の寝床に勝手に侵入せざるを得ないほどの用件なんだろうな。 」


「…………」


 オリヴィエはその大きな琥珀色の瞳を瞬かせ、スッと顔をそむけた。


「…………」


「…………」


 オリヴィエのかく汗が徐々に増えていき、目もきょろきょろし始めた。


「まさかお前…………。」


「……ん、ん! こほん。用というのは他でもなくてね?君にはボクとティアと一緒に闘技大会に一緒に出て欲しいんだ。どうかお願いできないかな?」


 真剣な表情で告げられたのはあまりにも緊急性の低い要件。ケイルは大きくため息をつき、警戒を解いてベッドに腰掛ける。


「その程度で勝手に侵入するなよ……。宿の店主に言伝を頼むでもよかっただろうに。……まぁいい、どうせ俺も出る予定だったしチームメンバーの当てもなかったんだ。出るのは構わないぞ。」


「ほんとに?! ありがとう! これでティアにこの事話しても怒られることはなくなったね。」


 怒られるということを理解していたオリヴィエにケイルはもう一度ため息をついた。窓の外に顔を向けると、空は目の前の少女のように雲一つない快晴だった。

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