EP-22 護衛依頼

「どうも、銅級冒険者ケイルです。ここから数日間、護衛の任をしっかりと果たさせていただきますのでよろしくお願いいたします。」


「あぁ貴方が噂のケイルさんですか。あの【狂暴獣ベルセルク】のお弟子さんなんですよね。今回の行商は安全なものになりそうだ。」




 王都の北門から少し歩いたところにある大きな広場。そこにケイルの姿はあった。ケイルは完全装備だったが彼と話している人物はそうではない。


 その人物は旅装を身に纏い、傍らに大きな馬車を停めている。その馬車の中にはいろいろな品が入っており、彼が行商人であることを示していた。

 

 彼らのように行商人と冒険者が会話をしている場面が多く見受けられるこの場所は、王都に出入りする行商人たちの護衛依頼の顔合わせや商品の検閲を行うために使われている場所で、今も多くの行商人と冒険者たちが依頼のすり合わせを行っている。


 そう、今回ケイルは初めての護衛依頼を受けたのだ。


 向かう先は交易都市トゥニス。第一大陸と第二大陸間の海を主要航路とする交易の要衝となってくる町である。




 余談ではあるが、護衛依頼は冒険者等級を銅から銀へと上げるための目安として設定されている。


 銅級冒険者から指名依頼が出される銀級冒険者となる、つまり低位冒険者から中位冒険者になるためにはある種の信頼が必要になってくるのだ。


 そのため、一度の依頼達成でコミュニケーション能力や最低限の戦闘能力、そして野営の知識などの“客観的信頼性” を見ることのできる護衛依頼は経験を積むという意味でも適した依頼とされている。




 依頼人である行商人に期間や報酬、依頼の達成条件、注意事項などを確認し終えたケイルは体をほぐしながら同じ依頼を受けた冒険者たちのもとへと向かう。

 今回はケイル単独ではなく、三パーティー+ケイルという多人数依頼であった。


 そこにいたのは10人の男女。それぞれが自前の装備を身に着け、持ち物などの最終確認を行っていた。


 近づいてきたケイルに気づいた一人の冒険者が手を叩いて注目を集める。


「よし。これで全員確認が終わったようだ。今から各パーティーの配置を決める。パーティーの代表者は集まってくれ。」


 集まった冒険者はケイルを含めて四人。集まったことを確認した男は笑顔で自己紹介を始め、それに続いてケイルたちも続々と自己紹介を始めた。


「じゃあまずは軽い自己紹介から行こうか。僕は銅級パーティー【晴嵐】のリーダー、キョウだ。うちのパーティーの構成は前衛一、遊撃一、後衛二の祈祷師と魔術師になる。今回は冒険者側代表パーティーとして仕事を受けているから基本は僕たちの方針に従ってもらう。よろしく頼むよ。」


「俺はアル。銅級パーティー【ガレオン】でリーダーをしている。というかうちは全員兄弟だから長男の俺がなし崩しでやることになった。構成はキョウのところと同じだが後衛が魔術師と賭博師だな。神授職業の性質上、ムラがあることだけは覚えておいてくれ。」


「フォティア。銅級パーティー【雫】のリーダーよ。構成は前衛一の後衛一。護衛に適した魔法を持っていることだけは伝えておくわ。基本は手が足りないところのサポートに回るつもりでいるからよろしくね。」


「俺はケイル。銅級冒険者でソロだ。どんな役割でもある程度できるはずだからフォティアさんのところと同じように今回はサポートメインになるかな。よろしく。」


 キョウは茶髪に茶眼でどこにでもいるような普通の青年で、今回の護衛依頼では冒険者側の代表を務めることとなっている。護衛依頼の経験もあるらしく、彼の采配がこの依頼の肝になってくるはずだ。


 アルは錆色の髪と眼をもつ大柄な男だがその顔はとても穏やかそうであり、今回の依頼では彼のもつ兄貴肌な雰囲気が様々なことの潤滑油となってくれるだろう。


 そしてフォティアは黒髪の長髪を後頭部で縛っており、首から口にかけてをスカーフで隠している。その切れ長で髪と同色の瞳やすらりとしたスタイルから怜悧な美しさを感じさせた。ケイルと同じ補助的な役割であるため共に行動することもあるかもしれない。


 お互いの姿や情報を記憶したケイルたちは、そのまま配置や野営時の警戒役の持ち回りなど細かいところを詰めていく。初めての護衛依頼であるケイルは今後のためにとキョウの決める役割やその意味などを頭の中で整理しながら聞いていた。


 ある程度不測の事態が起きた際の対応についても話し合った後、彼らは行商人と合流して王都を出立する。


 序盤は【晴嵐】の四人が馬車の前方、【ガレオン】の四人が後方を護衛しながら残るケイルと【雫】の二人が左右を警戒するという配置となった。


 とはいえ、見通しもよく王都を出てすぐの場所は魔物も野盗も出てこないため、彼らは配置を崩さない程度にばらけて交友を深めていく。


 一日目は何事もなく終わり、それぞれ順番で睡眠と警戒を交代しながら夜を過ごす。その頃にはケイルもすでに馴染んでおり、キョウたちのパーティーがみんな幼馴染であることやアルたちにまた弟が生まれること、ケイルがドータの弟子であることなどお互いについて色々なことを話した。


 ちなみに【雫】の二人は仕事のことこそ話し合うが、どこかこちらを警戒・観察しているようで不自然なほど依頼以外のことを話そうとしなかった。そのため、いまいちケイルも彼女たちとの距離感をつかみ損ねていた。


 何はともあれ二日目の昼頃。トラブルが起きたのは昼食を食べた後少ししてからのことだった。

 前方を警戒していた【ガレオン】の一人、三男のウルが何かを発見したことが始まりだった。


「ん? 兄ちゃんあれ。こっちに向かってきてるかもしれねぇ。」


「…本当だな。おい、キョウ! こっちに何か向かってくるぞ!」


「わかった! 各パーティー事前に話してある配置についてくれ!あの速度は魔物だと思う!」


 キョウの見立て通り、それは魔物であった。小型の狼のようなその魔物たちは俊敏な動きでこちらに向かってくる。その数はおよそ30。対応のために前方にいた【ガレオン】と遊撃としてケイルが馬車を離れて走り出す。


 ケイルはルミナに修行をつけてもらった体術や足捌き、そしてルミナのものと同じ形をした新武器たちの強みを十全に生かして魔物をいともたやすく殲滅していく。その戦いぶりはパーティーで戦っている【ガレオン】に引けを取らず、殲滅速度だけでいえば同等でさえあった。


 【ガレオン】は兄弟であることを活かしたコンビネーションで次々と魔物をしとめていく。常に数体を前衛のアルが抑えつつ、後衛のイルとエルが数を減らす。後衛に抜けてしまう魔物は遊撃のウルが対応し、倒しきれなくとも数を調整することで後衛に対応する時間を作っていた。そして向かってきた魔物たちには後衛の二人が威力より速度を優先した攻撃を浴びせてゆく。


 彼らの戦法の核となるのは後衛の二人。イルの魔法が狼を切り裂き燃やし、エルのダイスが魔物たちに不運を起こす。


 エルの持つ神授職業──賭博師。この職業は多面ダイスを用いることによって相手や自分たちのあらゆる運を左右することができる。それはあらゆる確率の変動から訪れるはずだった運命の変化まであらゆることが可能であり、まさしく破格の性能を持つ。しかし、その目は相手との実力差によって出る確率が変わり、目によっては期待した効果と真逆の結果がもたらされることもあるという扱いが難しい職業なのだ。


 エルはそんな職業の武技を用いて魔物の数を減らしつつ仲間のサポートをしていた。単純な殲滅力は魔術師のイルが、戦場の操作はエルが担当する。その立ち回りはケイルたちを着実に有利にしていった。


 そして、ケイルが円月輪チャクラムを操作して最後の一匹を倒す。魔物に増援が来ていないかどうか警戒し、数秒後その構えを解いた。


 数分としないうちに五人は魔物を殲滅したのだった。




 ♢♢♢



 一方その頃、馬車付近でも戦いが起こっていた。


 魔物が出たことで減った護衛の人数を確認していた盗賊たちが頃合いを見計らって襲撃してきたのだ。

 

 人数は七人。粗末な装備を纏い、馬を使って襲い掛かってきた盗賊たちに【晴嵐】と【雫】の六名が対応する。


 盗賊たちの人数は七人。五人で突撃をかけ、残りの二人は弓で援護をしていた。人数有利な上、遠距離武器で護衛ではなく馬車につながる馬を狙うことによって連携を崩そうとする盗賊たち。その狙いから手慣れていることが窺えた。


 それに対して冒険者たちは馬車付近での防衛を選択。

 飛んでくる矢はフォティアの仲間である白髪セミロングの少女―――オリヴィエが使い手の少ないとされる障壁魔法を使って防ぎ、フォティアと【晴嵐】の魔術師――シリルが飛ぶ風の斬撃や爆炎の魔法で盗賊たちを迎え撃っていく。行商人はキョウたち前衛が馬車の陰に誘導していた。


 乗っている馬以外に使える物もなく、遠距離からの攻撃に対応できない盗賊たちは次々とその身に魔法を受けていく。結果盗賊たちは馬車に近づくことすらできず死ぬこととなり、盗賊の襲撃はあっさり終結することとなった。




 盗賊の後処理を【晴嵐】のメンバーやフォティアが行っている間、オリヴィエは唐突な襲撃に驚いて転んだ行商人に治癒魔法をかけて傷を治しながらも遠くで起こっているケイルたちの戦いを視ていた。彼女の琥珀色をした目はケイルたちの動きに合わせて動いており、彼女が並外れた視力を持つことを窺わせる。


 しばらくすると彼女は行商人の方へと向き直り天真爛漫な笑みで完治したことを告げた。その顔に行商人が見とれていると、戻ってきたフォティアがオリヴィエに声をかけてくる。


「こっちは終わったわ。ほら、リヴィも後処理手伝って。」


「……ティア。見つけたかも。」


 オリヴィエの真剣な顔を見たフォティアは彼女を連れて馬車の陰に向かう。


「……。リヴィ、あなたがあんなクソみたいなやつらでも大切にしているのはわかってる。でもね、私はそんなあなたを村から連れ出すことを選んだ。あいつらよりあなたの方が大事なの。だからね、」


「わかってるよ。大丈夫、判断は彼を見極めてからするし、それにまだ候補の一人ってだけだから。それにあれからボクの方に追加の連絡が来てないってことは、まだ二度目の襲撃は起こってないってことだと思うし!時間を使って慎重に判断するよ。」


 オリヴィエの顔に焦りや嘘をついている後ろめたさは感じられない。


「そう、それならいいの。私たちがこの依頼を受けたのもそれが理由なんだから、ゆっくり行きましょ。いざという時の移動手段もあるし、なんなら滅んでもいいもの。あんなところ。」


「そんなこと言わないでよ。全く……。」


 それから彼女たちは何事も無かったかのように盗賊の後処理に合流した。


 馬車の元へと戻ったケイルたちはキョウとお互いに何が起きたかを共有する。もうないとは思うが、警戒レベルを上げようというキョウの言葉に頷いたケイルたちは隊列を組換え、移動を再開する。


 交易都市トゥニス、依頼の目的地であり第一大陸と第二大陸両方の強者が出場する闘技大会・・・・が行われるその都市はもうすぐそこである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る