EP-21 ケイルと【魔花】 - 3 -

 森の中にはルミナの言う通り修行に適した場所があった。そこら一帯はなぜか木が一本も生えておらず、広場の周囲の木によってようやく森の中だと判別できる。まさしく森の中の修行場であった。


「さぁ、どこからでもかかってきなさい。もちろん最初から本気でね。武技も使って構わないわよ。」


 ルミナが余裕綽々とした態度で腰に佩いていた二本の剣を抜く。


 鍛冶屋で見た時と同じ、奇妙な形をした双剣に注意を払いながらケイルも自らの獲物長剣を構える。


「わかりました。では、早速行かせてもらいます!!」


 ケイルは【狩人武技・能動強化アクティブ】を使い颯爽と駆け出した。

 今回はトールの時と違い、最初から出し惜しみなしの全力である。


 浮かぶレンズの使い方はほとんど無意識に近く、ケイルの想像通りに動いた。その動きは使えるようになってから少ししか経っていないことを感じさせない。


 ルミナの隙を探しつつ、レンズを通して筋肉の動きを、魔力の動きを、そして自らの剣を導く軌道を視る。対人戦においてはとても強力な、有利を作れる数多の情報。ケイルはそれを利用しルミナを倒す策を練る。


 彼女の初手が右手の剣での防御であると予測したケイルはそのまま直線的に距離を詰めていく。それに対してルミナがとった行動はレンズを使用していたケイルですら予想できないものだった。


「んなッ?!」


 ケイルは何とかバックステップを行い、距離をとる。近づいていたら死んでいたかもしれないと直感したケイルは今起こったことを頭の中で整理しようとする。


「あら、よく避けたわね。フェイクも織り交ぜたから事前情報なしではそう避けられるものでもないのだけれど。………大丈夫よ、死にはしないようにするから。」


 ケイルが自分を襲ったものを探す。そしてそれはすぐに見つかった。


 彼女の周囲には鍔だと・・・思っていたもの・・・・・・・が飛び回っていた・・・・・・・・


 それは間違いなくルミナの剣についていた鍔。確認すると確かに一つ減っている。しかしなぜ鍔が自在に空を駆ることができるのか。


 ケイルは不思議に思いながらも取り敢えず距離を詰めて戦うことを決める。


 再び駆けながら今度は左右の動きも入れる。能動強化アクティブを用いたケイルは速さだけでいうならドータよりもおそらく上。


 今までの経験からそう導き出したケイルは獲物を長剣から短剣に変更し超近距離での戦闘を行おうとする。しかし、ルミナは揺るがなかった。


 近づいてきたケイルに対し、巧みに飛翔鍔を使い行動を制限。そして両手の双剣で舞うようにケイルを迎撃する。


 足を払うように右の剣を薙ぎ、そこから体を回しながら左の剣でケイルの短剣を防ぐ。ルミナはリーチの差を活かすために距離を取るだろうとケイルが踏み込んだ瞬間、逆に距離を詰めて沈み込むようにケイルの軸足を蹴り払う。


「舞踊ってこういうことか…………ッ!」


 踊るような連撃にケイルは対応で手いっぱいだった。バランスの崩れた体がルミナの回し蹴りで吹き飛んでいく。そこからの鍔での追撃自体は手甲で防げたもののケイルは仕切り直しを余儀なくされた。


 体術も剣術も間違いなくルミナの方が上。ドータのような一撃で盤面を変えるような戦い方ではなく、ケイルと同じ着実に有利を作っていく戦い方は真綿で首を締めるようにケイルの選択肢を消していく。


 圧倒的な逆境に、それでもケイルは好戦的な笑みを浮かべた。

 近距離戦闘は勝てないばかりか、飛翔鍔のせいで自分の戦い方もうまく通させてもらえない。ならば………とケイルが長剣を地面に突き刺し短弓を構える。


「まだまだ行くわよ!」


 ケイルが遠距離での攻撃にシフトしたと見て、今度は左手の剣を振りかぶるルミナ。

 ケイルのレンズには剣に纏う魔力にも、ルミナの体内で動く魔力にも特段不思議なところは見受けられない。振りかぶった剣をどうしようとも自分の元まで攻撃が届くことはないと判断し狙いをつける。しかしその予想はまたしても裏切られることになる。


 左の剣が伸びた・・・のだ。その軌道はまるで鞭のように読みづらく、生きた蛇のようにその体をしならせる。

 ケイルは咄嗟に短弓を射ることを止め更に距離をとった。自分の居た場所を通り過ぎた剣は虚空を切り裂き鋭い音を鳴らす。


 かろうじてケイルが視認できたのは剣が切れ目で分離し、その間を管のようなものが通って繋げていることだけだった。

 

 その後もルミナの攻撃は止まらない。

 

 飛翔鍔は三つとなって複雑な空中機動を描きながらケイルに襲い掛かり、その攻撃の隙間を埋めるようにルミナの左の直剣――蛇腹剣による攻撃が飛んでくる。なんとか攻撃を搔い潜って近づいても右手の剣により防御され、頭上や背後から飛んでくる鍔と地面を這うようにして回り込んでくる蛇腹剣の攻撃、そしてルミナの体術がケイルの行動の自由を奪っていく。


 仕舞いには二つの円月輪がいつの間にかロープでつながっており、ボーラのような使い方で物理的に捕らわれる始末。


 清々しいまでの完全敗北はケイルにまだ強くなれる可能性を示唆していた。


 ケイルは地面に転がりながら先ほどまでの攻防を思い返し、自己反省や別の行動をとるとどうなるかの推察をする。その姿を見てルミナはロープを解き、教師よろしく自分ケイルの思う自分ケイルの弱点を問うた。


「おそらく視え過ぎる情報に俺の思考が追いついていないことと、体術の弱さからくる近接戦闘ですかね。」


「んー、半分正解ね。あなたは視え過ぎているというけれど、まだ足りないわ。あなたは物体内部の魔力の流れを見ることを疎かにしているのよ。」


 ケイルは不思議そうな表情になる。


 それもそのはず、彼は戦闘中魔力の流れをレンズで注視し続けていた。あまりにもそこに注視するせいで、魔力を使ったフェイクをギリギリまで見破れなかった程に。


 ケイルの疑問に答えるようにルミナは再び鍔を飛ばした。ふよふよと目の前で浮く鍔は相変わらずどうやって飛んでいるのか見当もつかない。


「これは円月輪チャクラムと呼ばれる武器の一種なの。それを少し加工して鍔にしてもらっただけね。そして注目するのはこれを飛ばしている方法。たぶんあなたも不思議に思ったはず。これはね、魔力によって動いているの。この鍔の周辺じゃなくて鍔自体・・・をよく視て。」


 そう言われてレンズを使いつつ観察すると円月輪の内部・・にうっすらと魔力が流れているのが見えた。それは眼前のルミナが使うのと同じ緑色の魔力。


 ケイルは今まで人体内部や武器の表層・・に纏う魔力のみを視ていた。それ以外に魔力は利用されていないと思っていたからだ。


 これはドータが少量の魔力を精密に操作することを苦手としていたために教えられなかったことであり、戦闘中の多すぎる情報でケイルの処理能力がパンクすることを防ぐため無意識的に行わなかったこと。

 こうなることも見越してドータはルミナに修行をつけるよう依頼していたのだった。


 驚くケイルにルミナは感心したような表情を浮かべる。


「視えたようね。そのレンズの力かしら。便利なものだわ。これは私の魔力を充填して遠隔で操作することによって動かしているの。魔力で動かしているものだから強い魔力をぶつけられると少し操作性が悪くなるのが弱点ね。」


 ルミナはケイルの顔を確認しながら説明を続ける。


「じゃあ今度はこの剣を視て。これも円月輪と同じで内部の紐、正確には管に魔力を通すことで操作しているのよ。こっちは円月輪より精密な操作が必要で、流す魔力が多すぎると魔力の偏りが出て綺麗に伸びていかないし、少なすぎても剣身の重みに耐えきれずに管がちぎれるわ。あなたにはこれらの武器を使えるようになってもらうから。」


「……え?」


 ケイルの呆然とした表情を無視してルミナは手を叩く。


「さぁ。再開するわよ!あなたの剣はまだ完成していないから今日から完成までの間、取り敢えずレンズによる物体の内部に対する魔力視に慣れることと体術の練習をメインにやっていきましょうか。」



 ケイルはその後何度もルミナに転がされつつ修行を積んでいく。彼女の教え方はドータと違い理論的なものであったが、今まで魔力について詳しく勉強したことのないケイルにはより大変に感じていた。

 しかしその苦労の成果は如実に表れ、副産物として能動強化をレンズ1枚のみの具現化で抑えることもできるようになるなど、短い修業でも結果が出ていた。


 体術の方はドータより純粋に厳しい訓練であり、基礎の体づくりや柔軟トレーニングはもちろん、青あざを作りながら回復する間もなく組手を続けていくというものだった。

 吹き飛んでも転がってもお構いなし。倒れたままなら容赦なく追撃が飛んできて、気絶したならたたき起こされる。


 そんな極限状況でケイルは着実に経験を積んでいく。


 ルミナの足技は多彩で、彼女が舞踊と言っていた戦闘スタイルが徹底的な自らの身のこなしの把握に基づくものであるということがよく分かる。

 反射で対応できるようになるまで追い込まれる修行は確かにつらいものだったが、今までよりも手札が増える感覚というのはケイルの気持ちを高揚させた。


 彼は厳しい修行をこなし、自らを鍛え上げながら使命を追う。

 その灯は風に吹かれても不安定になっても燃え続けた。


 彼の旅路は始まったばかり。


 これからも幾度もの苦しみに苛まれるだろう。

 数多の強敵と相まみえるだろう。


 それでも、その身に宿した熱だけは確かに彼を表舞台へと導いていく。



♢♢♢




───そこは遠い遠い場所。


 ある大きな広間の中央に鎮座する大きな一つの水晶があった。水晶は黒く濁っており、邪悪な力を帯びているように見える。


 その傍らには一人の女。

 美しくも内面が滲みだしたかのような黒さを感じさせる表情に不気味な笑みを浮かべていた。


「あの力は間違いなくアイツのもの……。まだ抗うのね。……いいわ、そうでなくっちゃ。ワタシのシナリオは変わらない、あなたには最高のエンディングを、そしてワタシには最高の暇つぶし・・・・を。ふふ、楽しみだわ。次はどうしようかしら…………。」


 女はその端正な顔を醜悪にゆがめて傍らの水晶を撫でる。


 黒く濁った水晶の中には女と瓜二つ・・・・・の顔をした女性・・・・・・・が眠っていた。



—――――――――――――――――――――――――

 これにて 第一節 始まりの章 終了です。


 初めての小説ということもあって色々と読みづらいところもあったと思います。


 拙い小説をここまで読んでいただきありがとうございました。

 第二節ではメインヒロイン予定の娘が出てきます!


 評価・フォローをしてくれると作者は泣いて喜びます。

 コメント・レビューをしてくれると作者は踊り狂います。


 ではでは。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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