EP-20 ケイルと【魔花】- 2 -

 ルミナとともに鍛冶屋に向かうケイル。

 その道中はとても奇妙な時間が流れていた。


 一歩前を歩き、決して顔を見せようとしないルミナとその後ろを気まずそうについていくケイル。時折ケイルがルミナに声をかけるも、何故かどうにもかみ合わない。次第に口数が減って無言のまま歩き、遂には鍛冶屋に着くまでその無言の時間は続いた。


「んんっ…。ごめんなさいね、だいぶ落ち着いてきたわ。ここよ。」


 ようやくルミナが気を取り直せたのは二人が鍛冶屋の前に着いたのと同じくらいであった。


 ケイルはルミナの先導でたどり着いたその鍛冶屋が自分の冒険者証のチェーンや短剣を作ってくれたところだと気づく。


 先に入っていったルミナに少し遅れて店に入ると、そこには以前と変わらず少しの展示品とカウンターだけという何とも質素な風景が広がっていた。知らない人が見ると少し腕に不安を覚えるような展示品の少なさではあるが、ケイルはその鍛冶屋の腕前が超一流だと知っている。


 カウンターでは既にルミナが鍛冶師のヴェルモアに話しかけていた。


 ヴェルモアは凄腕の鍛冶師であり、この国の鍛冶屋誰もが夢見る鍛冶屋番付というランキングの一位を取ったこともある。


 しかし知人や得意客の紹介、そして自分が気に入った者にしか自作の物を売らず、一般の客には弟子が作った鍛冶練習用の道具や武器を店売りしているため周辺住民からはそこそこの腕・・・・・・だと思われているという何とも悲しい鍛冶師なのだ。まぁその性格の良さから周りとは気のいいおっさんとして仲良くやっているのだがそれはまた別の話。

 

「――――だけどな! あッはッは。」


「はぁ………。お客さんからの印象も大事なのよ?少しは気を使った方がいいわ。」


 談笑している二人にケイルが声をかける。


「どうも、ヴェルさん。お久しぶりです。」


「おぉ!ケイル!久しぶりじゃねぇか、元気にしてたか!」


 親しみやすそうな笑みを浮かべ、手を挙げるヴェルモア。その太く丸太のような腕は一流の鍛冶屋の証。だが今は鍛冶作業の休憩中の様で、服に着いた煤や首にかけた手拭い以外はまるでどこにでもいそうな中年男性に見えた。


 それぞれの近況について雑談をしていた三人だったが、ヴェルモアの「そういや、なんで二人は一緒に来たんだ?」という鶴の一声で本題を思い出し、話題は今日の本題へと移る。


「そうだったわ。ケイルも疲れているのにごめんなさいね。ここに来たのは他でもない、作ってほしいものがあるのよ。」


「あん?いったい何を作ってほしいんだ。」


 ルミナが不思議な形状の双剣をカウンターへ置く。


 その剣は左右で長さが異なっていた。

 80センチほどの長さの少し剣身が反れた剣と、60センチほどの直剣。


 だがケイルが一番気になったのはそこではなかった。

 長い方の剣についた切れ味のよさそうな三つの鍔と短い方の剣の剣身に入った等間隔の切れ込み。装飾というにはあまりにも飾り気のない形状がどうにも妙に感じた。


「私に作ってくれたこの武器をケイルにも作ってあげて欲しいの。お金は私にツケといてちょうだい。」


「おぉ、こいつらをか! あんときは苦労したが、今回は現物があるからな! ……10日後くらいに取りに来い。それまでには作っとくからよ。」


 一流鍛冶屋のヴェルモアが作るのを苦労した武器。

 ケイルのこめかみに一筋の汗が流れる。


「ちなみに代金はどれくらいになりますか。」


「ケイルは気にしなくていいわ。」


 お金を自分で払おうとするケイルの訴えをルミナは整った綺麗な笑顔で断る。その顔はとても先ほどまで赤面して動揺に動揺を重ねていた人とはまるで別人のようであった。


 ケイルとルミナの間でひと悶着あったものの、結果的にルミナの厚意に甘える形で武器を作ってもらうことになる。


 依頼を受託したヴェルモアが呵々と笑いながら場を仕切る。


「話はまとまったか? じゃあルミナは武器をよこしな。メンテナンスもついでに済ませといてやらぁ。今日中に終わらせるからルミナは明日にでも取りに来い。ケイルは今から手形をとるぞ。せっかくだから完全オーダーメイドで仕上げてやんよ。」


「本当ですか?! ありがとうございます!!……じゃあルミナさん、改めまして修行に明日から付き合ってもらっていいですか。」


「ええ。かまわないわ。じゃあまた明日。お疲れ様。」


 そう言い残したルミナは颯爽と店を出てい


 ドカッ…………!


 ……こうとして、つま先を展示品の置いてある棚にぶつけた。

 痛そうに足を抑えている。三人の間で何とも言えない無言の時間が流れた。


 ケイルがルミナに心配の声を掛けようとする。


 だがそれを止めるようにヴェルモアがケイルの肩をつかみ首を横に振った。

 その反応と今までの記憶からケイルはすぐに察する。


 あぁ、ルミナは普段から微妙に締まらない人なのだと。


 二人は何も無かったかのように話をしながら店の奥のスペースへと入っていく。


 ルミナは数分一人で悶えた後、何事も無かったかのように颯爽と店から出ていった。



 ♢♢♢




 翌日ケイルとルミナは以前からドータとの修行で使っている街道近くの草原にいた。今までの感じからして、彼女が戦闘の時も何かミスをするのではないかと心中穏やかではないケイルは内心ハラハラしながら彼女の話に耳を澄ませる。


「じゃあ今回から修行は当分私が担当することになるけれど、まずは組手をしたいわね。……あなたの・・・・特殊性もあるし・・・・・・・、森に移動しましょうか。私に付いてきなさい。これが最初の修行よ。」


 昨日と同一人物とは思えないほどの冷静さと身のこなしでルミナは森に向けて走り出す。その速度はドータより数段早く、ケイルは森の入り口で既に彼女を見失ってしまっていた。


「速い……。しょうがない、魔力を広げて位置を探るか。さすがにそんなに離れてはないだろうし、漏れ出した魔力自体の感知はできるはず……。」


 ケイルは魔力を同心円状に薄くのばす。


 魔力の感知網はすべての生物が無意識化で体内の魔力を微量に空気中に放出していること利用しており、すべての生物に対し有効であるとされている。そのため、熟練者ともなるとその魔力が誰のモノかということすら判断できるようになるという。


 ケイルのレベルではどこに生物がいるのかを探知することが精いっぱいだが、動物より大きな反応を探すだけなら問題ないと感知網を広げていく。


 だが、結果引っかかったのはいくつかの小さな反応のみ。

 野生動物と思われるものだけだった。


 だからこそケイルは困惑した。

 森の内部に入ったならケイルの感知網に引っかかるはずなのだ。しかし、反応は小さいものだけ。


 ルミナが見つからない。


 遠くに行ってしまって感知できないと踏んだケイルは、放出する魔力の形を変えてより遠くまで魔力をのばそうとする。


 そのときだった。ケイルの耳元にルミナのささやく声が聞こえる。


「まずは合格ね。魔力網はかなりの広さを感知できるみたいだし、魔力の動かし方もスムーズ。変形もできるとなると、たぶん短期間でも私の武器を扱うことができるようになりそうだわ。いい資質を持っているのね。」


 ケイルは咄嗟に飛びのく。

 ケイルが森の方に意識を集中していたとはいえ、自身の周囲の感知網は残ったままであった。それにも拘らず、ケイルにはルミナの存在を感知できなかったのだ。


 つまり、彼女は何らかの方法で魔力による・・・・・感知を無効化・・・・・・しているということ。

 

 ケイルは彼女への認識を改める。彼女はその気になればケイルに気づかせることもなく命を奪うことができるほどの強者なのだと。


 臨戦態勢に入ったケイルを見て、ルミナは笑みをこぼす。


「反応も上々。やっぱり近くで視ると違って感じるわね。この先に修行に適した場所があるの。そこなら人目にもつかないわ。――さぁ、思う存分やり合いましょう?」



 —――――魔性の花が妖艶に獲物を誘う。

 

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