EP-19 ケイルと【魔花】 - 1 -
翌朝、王都へと帰還している最中のケイルは幾分か優れた顔色をしていた。修行への妄執に囚われていた昨日とは違い、瞳にも幾分か力が戻っている。
トールとの組手の後、ケイルはトールに心の中身を打ち明けていた。自分が人のために行動するのではなく自分のために行動していた偽善者なのではないのか、そして偽善であっても自分が魔物を根絶すると誓って修行を繰り返し、それでも自分が身に着けた力だけでは魔物を倒せなかったこと。
胸に溜まる淀みを溢れさせ、ぐちゃぐちゃになった頭の中を吐き出すかのように苦しみを吐露するケイル。それをトールはまるで在りし日のカイルのようなとても優しい顔で聞いていた。
自分の弱さや汚い感情は目的までの原動力ともなりうる。だからこそ大事なのはそれらを頭から否定するのではなく、それを受け入れて前へと進むこと。
自分の目標に邁進した結果で手に入れた力であるならば、それは自分が自らの力で勝ち取ったものであるのだ。そして、時には休んで自分の歩んだ道を振り返り、感情や目標の整理をすることも大切なのだ。
トールの確かな優しさと力強さがこもった言葉は心の奥に染みわたり、ケイルは自分の弱さや汚さ、そしてその結果掴み取った力を受け入れることに決めた。
しかし、それはすぐにできるようなことではない。ケイルはまだ若いのだ。トールは今すぐ受け入れる必要はないと彼の
トールとの語らいは間違いなくケイルの心を温めていたのだった。
「それにしても本当に、トールさんには頭が上がらないな。」
苦笑しながらケイルが呟く。そよぐ風が柔らかくケイルの頬をなでている。
「まだ受け入れられてはいないけど、これからも最初に信じた道を精一杯進んでいこう。」
ケイルは前を見据えて道を進む。
♢♢♢
ケイルは王都に帰りギルドで調査依頼の報酬をもらった後、数か月ぶりに帰ってきたドータに捕まった。
ドータの顔からは戦闘時のような鋭い目つきとかなりの疲れが感じられ、元の強面と相まって小さい子供なら悪夢にうなされるほど凶悪なものとなっていた。
「どうしたんだ師匠。そんな腹を空かせた獣みたいな目をして。」
「うるせぇ、依頼が大変で疲れが残ってんだこっちは。それよりもケイル。お前一つ壁を越えたんだってな?大型魔物と戦ったって聞いたぜ。 」
ドータの言葉にケイルは目をむく。
ケイルはドータに会ってからまだ事のあらましを話していない。加えて王都に帰ってきてから話したのはクレンダのみ。今帰ってきたばかりのドータに何があったかなど知る由は少しもなかったはずだ。それなのにまるで誰かから聞いたようなドータの口ぶり。
ケイルは僅かに警戒心を芽生えさせる。
ケイルの表情を見てその警戒心に気づいたドータはおっくうそうに手を振りながらその疑問に答えた。
「そんな警戒すんなよ。お前の戦いとその後のトールさんとの戦いは俺のパーティーメンバーが隠れて視てたんだよ。お前がもし街を飛び出してレストの魔物を狩りに行ったならどこまで戦えるのか確認してくれっていう俺の依頼でな。どうせお前の修行も手伝わせる予定だったしな。」
ケイルは視られていたことに、ここで初めて気がついた。確かにあのときは集中力もあまり高いものではなかったかもしれないが、それでも視られていたなら視線くらいは感じたはずだとケイルは冷や汗を流す。
「あいつも面白そうにお前を視てたから実際に会わせた方が早そうだな。よしよし。あ、あとそいつから何か言われても勢いに乗って流れで付いていくなよ? 自分の意思を口にしろ。いいな? 絶対だぞ?」
そんな中、何かを思いつき企みを始めたドータが人知れずその顔を歪ませる。早足になって歩き出したドータに付いて行くケイルからはその顔は見えなかった。
「え?あ、あぁ。でもその人っていったい?」
「そいつは俺のパーティーメンバーで
「わかったわ、早く行きなさい。あんたが居るとあつくるしいわ。」
ケイルが声の方に振り向くとそこにはいつからいたのだろうか、一人の女性が立っていた。
褐色の肌に赤色のミディアムヘア、そして同色の瞳を持つその美女はケイルに少しも悟られることなく背後をとっていたのだ。
ケイルは警戒しながらも彼女に話しかける。ちなみに既にドータはいない。気配を消して去っていったようだった。
「あなたが俺を視ていたっていう師匠の仲間の人ですか?」
女性は片手で髪を払い、もう片手を腰に手を当てながら自信あふれる顔つきで答える。
「そうよ。私はルミナ。あの筋肉だるまのパーティーメンバーね。あなたの戦い方は面白い。私に近い戦闘スタイルに自力でたどり着いたというのが本当に面白いわ。だから私はあいつから打診された依頼を受けることにしたの。その依頼内容は
その目は鋭く艶美にギラつく。
まさに金級冒険者の凄みがあった。
ケイルが雰囲気にのまれて押し黙る。
流れで言うなら彼女について修行をしに行くべきなのだろう。しかし、ケイルは精神をすり減らしたレストでの戦いからしっかりとした休息が取れていない。トールにも言われたが今のケイルには身体的にも精神的にも休息が必要なのだ。
修行に付き合ってもらう側であるケイルはどうしようかと頭を悩ませる。ここまで乗り気で修行に付き合ってくれる彼女に本心を言うべきなのかどうか。
数秒唸って考えていたケイルは先程のドータの言葉を思い出す。
『あ、あとそいつから何か言われても勢いに乗って流れで付いていくなよ? 自分の意思を口にしろ。いいな?』
ドータが言っていた自分の意思を口にしろという言葉を信じて、ケイルは正直な気持ちをルミナへと告げることに決める。
普段のケイルであればもっと気が利いた言い方をしたのだろうが、ケイルの疲れは目に見えていないだけで限界だった。
「えーと、修行をつけていただけるのは本当に嬉しいです。これからよろしくお願いします。なので今すぐにでもと行きたいところなのですが…本当に申し訳ありません、明日でも大丈夫でしょうか。正直体力が限界で、今日は一度ゆっくり休もうと思っているんです。なので、すいません。今からは行けないです。」
生まれたのは沈黙。
空白を埋めるように鳥の鳴き声が聞こえた。
ケイルが恐る恐るルミナの顔を見る。彼女の顔は先ほどの自信に満ちた強者のようなものとは真反対で、真っ赤に染まり視線もせわしなく動いていた。頭をフル回転させているらしい。ルミナは震える唇で何とか言葉を紡ぐ。
「そ、想定内よ!疲れもそうだけれど、武器防具の用意もしないといけないし?修行に使う武器を私の良く使うものに合わせないといけない思っていたとこだし?そ、それに鍛冶屋には早めに行かないと用意にも時間が掛かるんだから!せめてそれだけは済ませましょ!ね?!早く行きましょ!!」
どこかで地雷を踏んだのだろうか。もしくはカッコつけた登場に恥ずかしくなっているのだろうか。
彼女の動揺具合はすさまじいものだった。
ケイルは彼女の思いがけない振る舞いに呆然とし、足早にその場から立ち去る彼女の背中を
ルミナが付いてきていないケイルに気が付き、足早に先程よりも真っ赤な顔でケイルのもとに戻ってくるのと同時刻。どこかの宿屋の一室では現在起こっている面白い状況を想像して大爆笑する強面筋肉だるまの姿があったそうな。
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