EP-18 想いと力

 戦闘が終わり泉に静寂が戻る。

 

 直後、ケイルの顔や腕を覆っていた純白の装備は光の粒子となって空へと昇っていった。傍らにはその太い首が断ち切られた大蛇の死骸。その体は徐々に黒い塵となって消えていく。



 魔物の死骸は残らない。幾人もの研究者たちが強靭な魔物の素材を確保するべく奔走し、その誰もが失敗した。魔物は黒い塵となり一つの黒い石を残して跡形もなく消え失せる。その現象を彼らは魔化となずけた。魔物を倒して得られるのは世の安寧とレベルだけである。



「俺が勝った…のか。また、彼女の力を借りて。」


 死闘を制し、魔物を倒したのにもかかわらずケイルの顔は晴れない。彼は自分の力で魔物を倒そうとし、致命的なミスで死にかけた。そこを救ったのはまたしても彼女陽神の力。その事実は彼の心に重くのしかかる。


 重い足取りで泉に向かうケイルは再び短剣を取り出し、そこから現れる光の粒子が長剣残滓の器の位置を示す。ロープを結び、カウボーイよろしく泉の中に沈む長剣の鍔にひっかけるとケイルはそれを思い切り引き上げた。


 長剣は予想よりもすんなりと抜けた。ケイルはロープを手繰り寄せ、長剣を岸に引き上げる。引き上げた長剣は遠目から見たとき同様に無骨な造りだったが、近くで見ると錆が少しも付いていないことにも気づく。長時間水に触れていたであろう長剣が少しの錆も浮かべていないのは、残滓によって器自体にも不思議な影響が出ていたからなのであろうか。


 ぼんやりと疑問を浮かべながら、ケイルはそれをぼーっと眺める。今ケイルが使っているものより少しだけ短く、それでも重厚さを感じさせる剣身はすぐれないケイルの顔色をはっきりと写していた。


 「これを、どうすればいいんだろうか。………取り敢えず翳してみるか。」


 ケイルが短剣を翳した途端、剣を覆う黒色の強い光がとてつもない速度で天に昇っていく。空を見上げて光の行く末を眺めるケイルの頭に突如として声が響いた。


『よくやりました、流石はワタシの適応者。あなたのおかげで力の残滓はこちらまで還ってくきました。まずは一つ目です。』


 陽神の明るい声にケイルは暗い表情で感謝を返す。


「……いえ。こちらこそまたしても窮地を救っていただきありがとうございます。これで魔物はこの一帯からいなくなったのですか?」


『はい。あなたの相対していた蛇型の魔物たちはこれでいなくなったはずです。一度自分の目で周囲を探してみるとよいでしょう。実感がわかないと不安でしょうからね。それではワタシは残滓に然るべき処置をします。引き続きよろしくお願いいたしますね。』


 その言葉を最後に陽神の声は聞こえなくなった。残されたのはケイルただ一人。そこにはもう魔物の姿も陽神の声もない、ケイルたった一人の世界。


「…………帰ろう。もっと修行しないと……。」


 暗く淀んだ目でケイルは踵を返す。ぐちゃぐちゃになった頭の中で、ただ一つ燦然と輝く病的なまでの覚悟は自らの心を強く締め付けていた。


 ケイルはあの謎の装備が現れたときのことを思い出す。

 “苦しむ人を減らすために魔物を倒すという使命感”よりも“身近な人を殺した魔物への怒り”の方が大きかったあの時、その想いの大きさに応えるかのように純白の装備は現れた。これがもし、想いの強さによるものだったとしたら。


 ケイルは胸に手を当て下を向く。今のケイルには太陽が少しまぶしく感じた。



 ♢♢♢




 森の中はいたって平穏であった。魔物は影すら見えず、野生動物の鳴き声が聞こえる。徐々に森が本来の姿を取り戻しているようであった。開けた場所で木に背中を預け睡眠をとりつつ、ケイルはゆっくりとレストへと帰還する。


 レストには慌ただしく走り回る冒険者たちの姿と少し人気の戻った大通りがあった。見れば彼らの表情は希望に満ち溢れた明るいものになっている。おそらく冒険者たちが魔物が居なくなったことに気づき、方々への事実確認と得られた情報の周知、そして報告のために走り回っているのだろう。そう判断したケイルはトールのもとを訪れる。


 トールは多くの冒険者たちへの指示出しや情報の集約を行っていた。その働きぶりは周りで走り回る冒険者たちと遜色ない。トールの周囲が落ち着くまで待ち、ケイルはトールに声をかける。


「トールさん。」


「おお!戻ったかケイ……どうした、何があったんだ。」


 心の底から心配するようなトールの顔を見ていられずケイルは目をそらしつつ答える。


「大蛇は死にました。これが証拠です。魔物は他に現れていませんか?」


 ケイルの手にあるのは拳ほどの大きさの黒い石。小型魔物とは比べ物にならない大きさの黒石を見て、トールはケイルが本当に大型魔物を倒したのだろうと結論付けた。

 まだ冒険者となったばかりで大型魔物の単独討伐という偉業を成し遂げたはずのケイルの顔が晴れていないのが気になりながらも、トールは黒石を受け取る。


「……そうか、お前が。疲れているだろう。大型を倒したのなら小型は弱体化しているだろうし、理由はわからんが小型が突然現れなくなったという情報もある。確実な情報が集まるまでゆっくり休んでなさい。」


「いえ。それなら俺は帰ります。修行をしなくてはならないので。」


 そのケイルの表情に何かを感じたトールは一瞬何かを考えるそぶりを見せたがすぐにケイルにある提案をした。


「なればこそだ。今は休め。そうしたら俺が少しだけ修行に付き合ってやる・・・・・・・・・・。昔ほどの力はないがお前の修行に付き合うくらいなら問題ないと思うぞ?」


 トールは表情や話し方からケイルの現状をある程度悟っていた。現役時代に何人も見たケイルと同じように正義感や責任感の強い者たち。彼らは皆一様に【武技】という不思議な力に触れたことで自分の本質を知り絶望・・・・・・・・・・してしまう・・・・・


 武技の目覚めにつながる感情はその正負を問わず、感情は得てして正より負の方が濃く深いものである。人間であればどの年代、どの国生まれであろうと変わらずに最初の目覚めは負の感情によるものであることが多いのだ。

 

 純粋に夢や希望、野望だけを追って上を目指した者たちは、ここで目を逸らし続けた自分の他の感情の汚さに強制的に直面させられる。


 そうなった者たちは冒険者を止めてそのままフェードアウトしていくか、狂ったように現実逃避を繰り返すかに分かれる。前者ならいいが、後者は非常に危うい。自暴自棄の向かう先によるが、そのうち自分のみを省みない戦い方をするようになる者もいる。彼らは皆一様に命を簡単に落とす。まるで自分自身の身に執着などないかのように。


 トールはケイルを守るために鈍り老い始めた体に鞭を打つことにした。


 トールの言葉を聞いたケイルは暗い瞳で彼を見つめ、以前に借りていた部屋に向けて歩き出す。その背中を見てトールはあの子ならこういうときどう立ち直らせるのだろうか、あいつならどうやって背中を支えるのかとこの場にいない娘や親友を思い浮かべた。



 ♢♢♢




 翌日の夜、二人は人気のない森の開けたところにいた。空からは月が顔を覗かせ、二人の姿を照らしている。


 ケイルが完全武装をしている一方、トールは普段着に一振りの大きな剣を持っていた。そのトールの姿にケイルは苛つきを覚える。


「装備を着ないんですか? 怪我しますよ?」


「お前程度装備がなくたって傷一つ負わないさ。ほらいつでもかかって来い。」


 トールの態度はまるでケイルを馬鹿にしているかのようだった。

 まとまらない思考を放棄し、無言で走り出したケイルは魔力を大量に長剣に流す。


 対人戦では相手の行動を予測する際、相手の魔力の動きや癖を把握することが重要となる。魔力を扱うことができ、更にある程度その技能が熟達している者は離れた相手からも魔力を感じ取ることができるのだ。


 相手の魔力の動きを視ることで無意識化でどのように動こうとしているかを予測し、自分の魔力の存在感を利用することで相手に動作を誤認させる。魔力とは純粋に戦力を上げるためだけでなく、ある種ブラフの様にも使われている。


 このことをドータとの修行で知っていたケイルは長剣に意識を向けさせることで他の行動に目を向けにくくしようとしていた。


 二人の距離が残り数歩まで近づいた瞬間、ケイルはその長剣を投擲する・・・・。すぐさま短弓に持ち替えたケイルは矢じりに長い長い蔦を括り付けた矢を放ち、今度は短弓から短剣に持ち替えた。


 トールは一瞬目を見開いたものの飛んでくる長剣を自身の大剣で叩き落し、矢の下を潜り抜けるその勢いのままケイルに向けて走り出す。


 矢の繋がった蔓を引っ張ることで射った矢をトールの背後から奇襲させる。これにより疑似的に二対一のような状況を作り出したケイルは取り回しの悪い大剣では対応に隙ができると確信していた。


 そんなケイルを見てトールは武技を発動させる。種類は能動強化アクティブ、効果は―──硬化。背中に集まる赤い魔力がトールの皮膚を硬化させ、後ろから飛んできた矢を弾く。ケイルがそれに気づいたときにはトールはもう目の前におり、大剣の腹の部分でケイルを弾き飛ばしていた。


 転がるケイルに向けてトールは口を開く。


「どうした。そのやり方じゃあ俺には勝てないぞ?お前の力はその程度なのか?それならお前の旅の目標はまだまだ遠い。たどり着くなんぞ到底無理だな。カイルも天で泣いてるぞ。」


「ッッ……!!」


「……俺がお前の修行に付き合うことにした理由を教えてやろう。お前を立ち直らせるため……なんていうと思ったか・・・・・・・・・・?残念だったな、俺がお前と戦う理由はそれだけじゃないんだ。」


 トールはケイルを力強い瞳で見据え、大剣を振りかぶる。


「魔物に勝ったんだろう?じゃあその力を出してみろ。俺はお前の力が見たい。……まさか出し惜しみして俺に勝てると思ってるのか?現役とは言わないがこれでも俺は元金級冒険者だ、全力でかかって来い。お前が出せる力なんだろう?だったらそれはお前が抱いた想いから生まれたものだ。それはお前自身が・・・・・乗り越え・・・・なきゃいけない・・・・・・・もの・・だ!!」


 トールが大剣を振り下ろす。


 ここでまだケイルが全力を尽くさないのであれば、自分が咎を背負って彼の冒険者人生に引導を渡す。それは亡き親友への覚悟の表明。そして、自分があの時背中を押したことに対する責任の取り方。言外に秘めるその想いをトールは行動で示す。




 振り下ろされる大剣がケイルの眼前へと迫る。




「あああ”あ”あ!!」




 それを見つめるケイルは大剣ではなく、何か別の物を見ているようだった。



 ―――ズドォォン!!

 地面を揺らすかのような大きな音と土煙を上げて大剣は地面に振り下ろされた。





 静寂を取り戻した森と輝く月、そして覚悟を込めた緑の瞳が土煙の向こう側のケイルの居た場所を見据える。

 ゆらゆらと視界を隠す土煙の向こう側、闇の中でも全てを照らして暖めるような純白の光が輝きだす。


 土煙が光の膨張と共に晴れる。そこに居たのは純白の装備をその身に纏ったケイル。その瞳は先ほどよりも光に満ちたものだった。


「それがお前の……新しい力。…………能動強化アクティブか!」


 トールの目に映るケイルは決して普通ではなかった・・・・・・・・。一般的な能動強化アクティブは目に見える形をとらず、独立した能力を持たない。それは恒常強化パッシブも同じ。だが、ケイルの力は明確な形をとり、それらすべてが何か別の武技のようですらあった。


 だが、トールはそれを笑い飛ばす。自分の親友の息子が多少奇異な力を持っていたとしても、それはケイルの力だ。そして彼が彼なりに自らの想いと向き合った結果なのだから。


「さあ、ここからが本番だ。第二回戦。全力でかかってこい!」


 彼らの語り合いはその日の深夜まで続いた。



—―――――――――――――――――――

Tips.「武技」


 神授職業により得られる力。それは一体どこから現れ、今に至るのか。

 

 一般的にその力は想いの力を形としたものとされる。想いの形は人それぞれで、きっかけとなる感情も人それぞれである。冒険者は自らの想いに触れることで自らを見つめ返すきっかけを得る。しかし、それは心を壊す諸刃の剣でもある。直面する己の心は果たしてどのようなものなのか。


 この力は、心優しき神による「成長するための機会の賦与」なのか、それとも心の壊れた神による「悪意による心の封印」なのか。


 その輝きが示すところは神のみぞ知るところであろう。

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