EP-16 大型蛇魔物との戦い - 1 -

 準備を終えたケイルはこれまた一年と少しぶりにレスト近傍の森へと足を踏み込んだ。


 相変わらず森は草木が生い茂っていたが、調査のために人の出入りが増えたからか以前より入り口が大きく整備されていた。


 野生動物の姿は依然見かけない。

 ケイルは無骨な短剣片手に慎重に歩みを進める。


 入り口同様、森の中も既に調査を始めているパーティーの手によって邪魔な茂みや頭の高さにある枝などが歩きやすいように切られており、ケイルは以前よりも早く前回巨熊と大型蛇魔物がにらみ合っていた場所にたどり着く。


 折れた木は少し朽ち、表面がぬめりを帯びていたが他に変わったところは無い。

 大型魔物はやはり森の奥の泉を根城にしているようだ。


 ケイルは折れた木に座り、考えを整理し始める。


「道中での大型魔物との遭遇は無し…か。気になるのは小型魔物のことだな。トールさんの情報ではここまで来て小型がいないなんてことはないはずなんだが。………ひょっとして魔物は魔力を感知しているんだろうか。」


 ケイルはここに来るまでの間、魔力を操作して周囲に目視できないほど薄く広げていた。周辺の違和感を漏らさないようにし、死角からの奇襲を防ぐためだ。これはドータがケイルに心がけることの一つとして教えたことであり、ケイルが修行を経て手に入れたものの一つである。


「一回消してみるか…。」


 ケイルが放出していた魔力を消す。

 その瞬間、彼の座る木の陰から小型の蛇型魔物が飛び出してきた。


 襲い掛かってくることを警戒していたケイルは蛇の噛みつきを軽く躱し、その姿をゆっくりと観察する。


 蛇はやはり前回見た大蛇と同じように体の模様が鱗のようになっていた。だが前回と異なる点もある。頭頂部にある他の模様と色の違う部分だ。


 ケイルはトールからもらった蛇の姿を記した紙を取り出す。それによると頭に紫の模様があるのは毒持ちの証だった。


 ケイルは少し距離をとりながら戦うことにし、腰に付けた短弓を素早く取り出して取り敢えずの一射を放つ。


 蛇はその矢を俊敏な動きで回避し、距離を詰めてくる。それに対してケイルも距離を詰めることを選択。距離を遠ざけたせいで別の蛇に絡まれてしまうリスクをとった。魔力網を展開していない今、初見の相手との戦闘中に他を警戒するほどの余裕はない。


 背中の長剣は小型を相手にする際にあまり有効ではないと判断したケイルが選んだのは道中も手にしていた無骨な短剣。修行初日から使っている愛用の武器だ。


 ケイルは短剣を逆手に持って飛びついてくる蛇の口を勢いのまま裂くように剣身をそっと添える。


 ケイルの目論見通り飛びつく勢いとその自重を利用され、蛇はその体の半分ほどまで裂かれることになった。地面に落ちた後も蛇はバタバタと動いていたが、やがてそのまま息絶える。


 これを見て、小型魔物との戦いは数匹まとめてでも余裕だと直感したケイルは魔力網も使わずに先ほどまでよりも速度を上げて泉へと向かう。


 勿論それにより襲い掛かってくる蛇は増えたが、すべてを走りながら最小限の動きで殺していく。彼我にはそれほどの力の差があった。

 ケイルは金級冒険者という規格外に教えを受けていた。小型数匹などそれと比べれば朝飯前なのだ。


 魔物の駆除と情報の精査を行いつつケイルは道のりを進む。背後の枝から降ってくる蛇も、横の茂みから滲み寄る蛇も、ケイルの強化された五感に看破されて最小限の動きで殺されていく。


 魔物を殺せば殺すほどケイルの才能は輝きを増す。だんだんと切り口が綺麗になっていき、弓ですら動く蛇を射抜くことができるようになる。才能だけではない、しっかりとした観察と推察は急速に彼を高みへと引き上げる。ケイルが泉に着いたときには彼が殺した魔物の数はゆうに五十を超えていた。




 泉は相変わらず綺麗で、以前と変わらぬ静謐さと神秘さを孕んでいた。


 ケイルは迷うことなく泉に近づき陽神の短剣を取り出す。すると突然短剣が光りだし、剣先から光の粒が現れて泉の中へと入っていった。これは残滓の器を素早く見つけ出すための力。その光の先には黒色の光を帯びている長剣が沈んでいた。


 この探索方法は前回の教訓を踏まえ、予め陽神に聞いた方法だった。何でも残滓の器に反応してケイルの魔力を媒介に位置を示してくれるのだとか。


 ケイルは凪いだ水面を覗き込む。


「あれか。とりあえず引き上げればいいよな。」


 ケイルが腰からロープを取り出しそれを長剣に向けて投げようとした瞬間、影が水面に向けてとてつもない速度で向かってきた。


 それに気づいたケイルはすぐさま泉から離れ、戦闘体制に移行する。彼が感じたその気配と圧は前回より強く、暗く、激しくなっていた。水面から飛び出し泉のほとりに現れたその巨体は黒だけでなく、紫や緑、黄色の模様も増えている。


「まぁそうなるよな。………さぁ、ここからが本番だ。今度は逃げない、俺の弱さからもお前からも!」


 ケイルと大蛇の戦いが始まる。




 先手はケイル。いつものように大蛇の目を狙う最初の矢を、蛇はその巨大な尻尾で叩き落す。それを予想していたケイルは長剣を手に持ち駆けながら魔力を動かし始めた。動かした魔力を長剣の持ち手から外へと放出し、それを長剣の周囲にとどめる。これにより、蛇はその剣の長さや大きさを把握することができなくなるのだ。

 


 ケイルはここまでの道中で、蛇たちが目と魔力感知器官を用いて獲物や敵の位置を把握しているのではなく、目そのもの・・・・・が魔力感知器官・・・・・・・でありその視界で魔力を捉えていたことに気づいた。


 魔物には魔力感知器官というものが存在しているとされている。それはすべての魔物が持っており、その器官がある場所は魔物の種類によって異なる。ドータからそれを教えられていたケイルは、それを逆手に取る戦闘方法を考えていた。これは自分の使命に間違いなく有用だと。

 そして、その考えた戦闘方法のうちの一つが剣を魔力で覆うことによる”幻惑”である。



 魔術師の神授職業を持つ者の中で一握りの者にしか使えないという魔法を用いたエンチャント。その原理を知らぬうちにセンスのみで疑似的に再現したケイルは、剣を振る瞬間に魔力の濃さや長さを変えることで大蛇の隙を作ろうとする。

 大蛇はまんまとそれに嵌り、ケイルのリーチを誤認識して大きな動きが多くなっていた。


 そしてここでケイルは二つ目の手札を切る。魔力を大量に、そして瞬間的に放出することにより、魔物の目をくらませようとしたのだ。


 思い出すのは猪魔物と戦った時、陽神の力によって起こされたその現象。ケイルはそれを未完成ながらも模倣する。リーチを誤認識しており、ケイルの斬撃を躱したと思った瞬間の目くらまし。これによってできた隙をケイルは逃さない。


 走る刃が蛇の首に鉄色の線を引く。


 決まったかと思えたその攻防。



 ――――だがそれは両者無傷で・・・・・仕切り直し・・・・・となった。


「くそ、あいつ硬すぎるだろッ!」


 ことは単純。ケイルの斬撃が通らなかったのだ。


 ケイルの行っている疑似エンチャントはあくまでも疑似。剣身を覆うだけであり、切れ味を研ぎ澄ませようと魔力を操作しているわけではなかった。それに加えてケイルも体外での魔力操作を得意としているわけではなく、例えエンチャントというものを知っていたとしても繊細な魔力操作は魔術師の神授職業を持っていないケイルには難しい。


 この世界では魔力を用いた戦闘をする際に魔術系の・・・・神授職業・・・・が必要となる。それを持たないケイルではあくまで魔力は魔力として使うことしかできず、魔法を用いた強化や攻撃を使うことができないのだ。


 猪型と比べて硬すぎる大蛇の体表。

 そのたった一つの誤算が順調だった戦闘の歯車をずらした。


 いくら魔力を持っていたとしてもケイルの体力には限りがある。


 蛇の薙ぎ払う尻尾を跳んで避け、その着地時の無防備な体に吐きつける毒液はわざと体の力を抜いて倒れることで避ける。


 直後の牙での攻撃には魔力の瞬間放出を用いてリーチを惑わせ短剣を合わせる。蛇の目に刺さった短剣を起点に暴れる巨体に力でしがみつき、その動きを利用して距離を取った。


 取った距離を使い近づきながら魔力を帯びた矢を周辺の地面や木に打ち込む。

 蛇の一瞬の判断を惑わせるための魔力的な罠をフィールドに作り出していく。


 一呼吸のうちに行われたその一連の行動は優位な環境を作る代わりに躊躇なくケイルの体力を奪い、判断力を低下させる。


 徐々に息が切れ、体も重くなってきた。

 大蛇に与えられた大きな傷は片目に今もなお刺さっている短剣によるものと表面の皮を剝ぎ落した喉元だけ。


 ケイルが息を整え、再び大蛇の方へと走り出す。


 


 死闘の終わりが鎌首をもたげていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る