EP-15 再びのレスト

今回出てくる硬貨の価値とそこから見る冒険者についての説明が、あとがきに書いてありますので興味があればご覧ください。


—―――――――――――――――――――


 ケイルに師匠ドータができて、修行が始まってから一年と三か月。

 ドータが依頼で街を出てしまっているため、その間ケイルは一人で修行を行いつつ冒険者活動に精を出していた。


「はい。薬草採取依頼は規定数を確認できました。そして街の警備依頼も担当者の方からお墨付きをいただいています。これにて依頼達成とさせていただきますね。お疲れさまでした。こちらが報酬となります。」


 依頼達成の手続きを行っていたクレンダが微笑みとともにケイルへと報酬の入った布袋を手渡す。ケイルが中を確認すると見えるのは事前の記載額通り、金貨一枚に銀貨三枚と銅貨七枚。銅級依頼としては一般的な報酬額である。


 確認を終えたケイルは布袋をクレンダへと返す。

 ギルドで行われている年間費を払うことで貨幣を預けることができるという施策サービスを利用するためだ。


 この施策も新人冒険者に対する施策の一つであり、ギルドに預けた金銭はいつでも引き出すことができるため、生活の基盤が整うまでは安全なギルドに預金するというのが新人冒険者には推奨されている。


「ありがとうございます。いつもみたいに半分預けていいですか?」


「えぇ、もちろん大丈夫ですよ。」


 半分の金額を受け取ったケイルはクレンダに礼を告げてそれを腰のポーチへと仕舞う。そのポーチは王都に来た時よりもしっかりとした材質になり、仕舞えるところも増えていた。


「……それにしてもだいぶ様になりましたね。」

 

 一年前と比べてまるで別人のように成長したと、クレンダは昔のケイルと目の前のケイルを脳内で重ねた。


 修繕痕の目立っていた軽鎧は新しいものへと変わり、最初は持っていなかった長剣を背中に装備している。そして以前メインで使っていた弓はより小さい短弓になり、戦闘時の弓の役割が明確に変化したことが見て取れた。

 体格も大きくは変わらずとも以前には見られなかった筋肉がついており、修行の成果が出ていることは疑いようもない。顔つきも徐々に子供っぽさが抜け、大人へと成長してきていた。


 じっとこちらを見るクレンダに、ケイルが少し照れながらも口を開く。


「そうですかね。ありがとうございます。でもまだ師匠には全然かなわないのでこれからも頑張らないと。」


「ふふ、決して無理はしないでくださいね。あ、それと今日から新しい調査依頼が出ていますので是非確認してみてください。」


 二人は柔らかな表情で会話を続けていた。いつものように和やかに。これから歯車が動き出す・・・・・・・ことも知らずに。


「そうなんですか。ちなみにどこの調査依頼なんですか?」


 クレンダがカウンターに一枚の依頼書を出す。


「王都西方の街道沿いの森ですね。レスト村の南の森で・・・・・・・・・小型魔物が発生し始めている・・・・・・・・・・・・・ため、その調査となります。」


 そのとき、ケイルの顔が強張ったのを彼女は見逃さなかった。


「…そうですか。ちなみに調査はいつも通りパーティーごとでの調査ですよね?」


「……はい、そうですよ。ケイルさんも参加していただけるなら、前の調査依頼のように臨時パーティに募集に参加できますが、どうしますか?」


「いえ。今回は単独で受けようと思います。無理はしないので。」


 ケイルの顔はどこか焦っているようだった。クレンダが臨時パーティーでの調査を勧めても、ケイルの焦りは加速するばかり。

 いくら言ってもクレンダの言葉がケイルの心の奥に届くことはなかった。


 折れたクレンダが心配を瞳に滲ませ、依頼書を手渡す。 


「わかりました。では調査の方をよろしくお願いいたします。…………お気をつけて。」


 ケイルは足早にギルドを立ち去る。踵を返す瞬間のクレンダの心配そうな表情にケイルは気づいていたのだろうか。


 勿論、ケイルも集団での調査を行う方が安全性が高く調査も進みやすいことは把握していたし、クレンダの言葉も耳には入っていた。だが渦巻く感情がそれを許さない。集団行動を行うには心の余裕がなさ過ぎた。


 集団での調査依頼では人に合わせなければパーティーを逆に危険にさらすことになってしまい、調査も遅れてしまう。心の余裕がない時に臨時でパーティーを組んでしまえば、迷惑をかけるどころか自分だけでなくメンバーの命の危険すらあるのだ。

 それに加えてケイルは魔物発生の原因を知っている。陽神の加護と思われる謎の加護について口外できない分、なぜその原因を知っているのかという話になった時ケイルに答える術はない。


 ケイルには単独で調査を行う以外の選択肢がなかった。


 『海の林檎亭』に着いたケイルは部屋に置いてあるほかの装備を回収し、そのままの勢いで街を出る。


 レストにはトールがいるということに加えて、クレンダの雰囲気からそこまで緊急性の高い依頼ではなさそうだという予想もついている。

 それでも、ケイルは急ぐ。休息も取らず、体力を無視したペースで。


 過去の記憶と逸る心がケイルを徐々に蝕む。焦りと恐怖、そして不安の中にケイルはふと最悪の状況を想起する。



――もし、


―――――大切な人が襲われて、既に彼らが居なくなってしまっていたら。


――もし、


―――――今この時にも村が襲われて彼らが傷つきながら戦っていたら。


――もし、


―――――彼らと同時に別の人が襲われていたら。



―――――自分はどうするのだろう。



 考えないようにしていた幾つもの悪夢がケイルの中にシャボンのように現れては消えていく。


 軋んだ音が聞こえる。


 ケイルの覚悟の灯は何も見えない真っ暗な闇の中で小さく細く揺らめいていた。




♢♢♢



 王都へ向かっていた時よりもはるかに早くケイルはレストに到着した。


 久しぶりのレストは前回と異なり少しピリついた空気を漂わせている。しっかりとした装備に身を包んでいる冒険者。不安そうな顔をしながらも、商魂たくましく商品売買をしている商人。

 大通りに以前のような人並みはなく、いつもより閑散とした村は住人の不安を表しているかのよう。


 だがそれでも、村は無事だった。


「ケイルか?! お前は毎回見違えて帰ってくるな!」


 かけられた声にケイルは勢いよく振り向く。そこに居たのは昔馴染みの門番だった。彼も周囲の冒険者と同じようにいつもより重厚な装備をしていたが、怪我もなくまだ元気そうに見えた。

 

 ケイルが門番に走り寄る。


「門のおっちゃん!! よかった、無事だったんだ。…みんなも無事?」


「おうよ、みんな無事だ。魔物どももまだ村には来てねぇ。まぁ魔物が来ても俺がいる限り村の中には入れさせねぇがな!はっはっは」


 門番は明るく笑いながらも少し震えていた。

 小型魔物であっても一般人には脅威に変わりない。普段魔物をよく見る冒険者であっても集団に囲まれれば負けるだろう。魔物とはある種災害のようなものなのだ。準備をしていていも必ず無事とは限らない。


 ケイルは彼の震えに気づきながらもそれを口には出さない。長い付き合いから分かってしまう門番の恐怖はケイルの灯に燃料をくべる。


「…そっか。じゃあ安心して調査に行けるね。トールさんに情報を聞いたらすぐに向かうことにする。またね、おっちゃん。」


 ケイルの瞳を見て、門番の震えが一瞬止まる。

 門番は久しぶりの笑顔・・・・・・・を浮かべて、村の奥へと向かうケイルにいつもの言葉を投げかけた。


「村の中だから大丈夫だと思うが、気を付けていくんだぞ。」


「もう子供じゃないんだから心配しなくてもいいよ。」

 

「…それもそうだな。」


 ケイルの背中が見えなくなっても、門番はケイルの去った方向を眺めていた。


 晴れた村の中、セリアと一緒に駆けていく小さな少年の姿を幻視する。

 その記憶の陽炎は彼の心に確かな熱さだけを残してすぅっと掻き消えた。


 そこに残るのは自分が好きで守りたいと思った村と、怯えたような表情をした村の仲間たち。


 門番は両頬を思いっきり手のひらで打つ。今度は強がって見せるでもなく震え自体が嘘のように消えていた。


 彼はしっかりとした足取りで周囲の仲間に明るく声をかけに行く。


 彼の頭に焼き付いているのは頼りがいのある大人になったケイルの姿。



 ――――お前は大人になったよ。本当に。



♢♢♢



 一人の男が貰った熱で仲間を暖めているとき、村長宅の広い庭ではトールがひっきりなしに来る冒険者たちと情報を交換し、警備の配置変更や調査位置の指示を行っていた。


「トールさん。今どんな状況ですか?」


 声を掛けられたトールが振り向くと、そこには前よりカイル父親に似たケイルが立っていた。

 トールが驚きを浮かべながら口を開く。


「あぁ今は…ってケイルか?! …あれから更に成長したな。」


「はい。たぶん、師匠がいいからですね。」


「師匠ができたのか。いろいろと聞きたいことや話したいことはあるがとりあえず情報を共有するぞ。現在5パーティーが南の森の調査を行っている。村の警備は調査が終わったパーティーが交代で担当していて、小型魔物はお前が見つけた蛇型魔物と同じタイプが発見された。基本的に木の上や茂みの中からゲリラ的に奇襲を仕掛けてくることが分かっている。体の模様や色によって毒を持つ奴もいるらしいから気をつけろ。これがその特徴だ。おそらく大型の縄張りは巨木方面の泉、カイリ草の生えているエリアだからそこには立ち入るな。上位冒険者が来るまでな。」


 情報を頭に叩き込んだケイルが頷く。


「了解。それじゃあ行ってきます。…セリアさんは大丈夫ですか?」


「ん?今まで王都にいたんじゃないのか?セリアは王都の学園で働いているからお前と会っていると思ったんだが。…まぁ区域が違うからそんなもんか。とにかくセリアはまだ王都にいるはずだ。心配しなくていいぞ。」


 王都にいたのにも拘らず、会っていなかったと聞いたケイルは少しの間固まっていたが、すぐに心配がないことが分かり安堵した。


 悪夢が掻き消える。最悪の想像は想像でしかなかったと、ケイルは心を落ち着かせようとする。それでも不安や焦りは絶え間なくにじり寄り、引きずり込もうと手を伸ばす。


 自分の大切な人が無事であっても、まだ脅威は去ってない。


 衝動に押されるように進んできたケイルは、ようやく自分の意思を取り戻した。苦しむ人を、悲しむ人を出させないと意識を切り替えたケイルはトールに一言挨拶をして森へと向かう準備を始める。



 死闘の予感が獲物ケイルに向けてゆっくりと這い寄ってきていた。



—―――――――――――――――――――

Tips.「この世界の金銭と冒険者」


 第一大陸にある国では紙幣を使うところもあるが、インクリッド王国では金銭がすべて硬貨であり、冒険者ギルドの冒険者等級と同じになっている。青銅貨→鉄貨→銅貨→銀貨→金貨→白金貨→緋金貨の順。青銅貨が1円程度の価値。そこから順に桁が上がり緋金貨が100万円ほどの価値となる。

 冒険者では鉄級まではお小遣い程度の金額しか報酬を貰えないが、銀級以上は一つランクが上がるごとに桁が一つ上がると言われており、大体一食一銀貨(1000円程度)あれば普通の食事はできる。


 このように冒険者という職業は一般的に稼ぎのいい仕事として認識されている。

 しかし、採取に難がある毒草の採取や魔物の調査、土地の開拓のための外敵駆除など等級が上がるとその分危険を伴う仕事が増えていくため、知力も武力も必要になってくる。

 顕著なのは銅級以上の依頼で、銅級以下では町の雑用くらいのイメージ。ここが低位冒険者と中位冒険者の境目となっている。

 ちなみに金級より上が上位冒険者と呼ばれており、指名依頼が来るのもこのランクから。

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