EP-14 加護と武技

 

 ドータとの師弟関係が成立した翌日。

 さっそく修行をすることになり、二人は王都の外――街道のはずれにある草原に来ていた。


「さぁ、まずはお前の力を実際に見てみたい。何をしてもいいからかかって来い。」


「…わかった、胸を借りるつもりで全力で行かせてもらう。」


「おう。」


 相手は金級冒険者。命の危険はないとしても、魔物よりはるかに強いだろうことをケイルは身をもって知っている。


 緊張からか首に垂れる汗をぬぐい、背中の弓に手を伸ばす。


「…フッ!」


 まずは牽制の一射。放たれた矢は、ドータの眉間めがけて飛んでいく。そしてケイルはすぐさま追撃をしようと、矢で隠れるように姿勢を低くしてドータの方へと走り出す。


 まずは視界を潰し、相手の隙を作る。普段ならばその隙を利用して罠を設置し、相手を誘導するような立ち回りを見せていただろう。

 だが、今回ケイルは頭を使って相手を追い込むという基本戦略とは全く違う戦い方をしようとしていた。


 その手に持つのは昨日行った鍛冶屋で買った少し大きめの短剣。猪型魔物との戦いで、ケイルは自分より体格の大きい敵に対して距離を詰める有効性を知った。これはケイルが自ら立ち回りを考え、成長するための挑戦だった。


 それに対してドータは飛んできた矢を掴み取り、中ほどでへし折った後そのまま矢じりをケイルに向かって投擲した。


「んなのありかよッ!!」


 体をひねり姿勢を崩しながらも投げ返された矢じりを回避したケイルは、地面に手をつくタイミングで草と土をむしり取り、ドータに向かって投げつつ受け身を取る。


 そしてすぐさま短剣を弓で飛ばした・・・・・・・・・


「面白い。頭の回転は悪くねぇが、まだ甘い!!」


 ドータは一瞬驚きを浮かべるものの、獰猛な笑みを浮かべて背中にある身の丈ほどの斧槍を思い切り地面に叩きつける。ケイルにはドータが斧槍を取り出した時、彼から赤色の光が溢れ出ていたように見えた。


 直後、まくれ上がる地面と衝撃で起こる風圧は飛んできた短剣だけでなくケイルを正面から吹き飛ばす。空中で身動きが取れないケイルに巻き上げられたいくつもの石が飛んでくる。


 ケイルは咄嗟に頭を守るようにガードする。

 

 そこでケイルの意識は途切れた。

 ドータとの最初の組手は一瞬で、そして完膚なきまでの敗北で終わったのだった。



 ♢♢♢




「いてて、おかしいだろ、今のは。」


 数分後、目を覚ましたケイルはドータに渡された回復薬ポーションを飲んでいた。


 回復薬とはあくまで自然治癒力を高めるものであり、傷がたちどころに治ったり四肢の欠損が元通りになったりするというものではない。四肢の欠損や重度の怪我を治すには高レベルの祈祷師に頼むしかないが、現状のケイルの怪我のような全身打撲など生死に別条がない場合は基本的に回復薬で治すことになるのだ。


 体を起こしたケイルは先ほどの戦闘を頭の中で振り返る。

 飛んできた矢を掴み取るというのも意味が分からないが、そこはまだいい。問題は最後の一撃。これに至っては一体何が起きたのか、ケイルには皆目見当もつかなかった。


 ケイルが細かく状況を思い出そうとしていると、ドータがその答えを口にした。


「あれは能動強化アクティブを使って斧槍を振り下ろしただけだ。これが武技の威力を強化する戦神様の加護の力。冒険者としてやっていくなら自身の加護と武技、そして魔力の使い方を鍛えることが重要になる。」


 ケイルは今、加護や武技といった力を初めて自らの体で体験した。常人ではありえない動きや現象。ケイルはその力の強大さを改めて実感する。

 

 自分もいつかあのようなことができるようになるのかもしれない。ケイルが加護や武技に興味を抱くのは至極当然のことだった。


「……俺の加護はおそらく狩猟神様のものだって話だよな?この場合加護効果とか武技ってどうなるんだ?」


「ん? あぁそうか。お前にはまだ武技の話をしてなかったな。じゃあまずそこから行くか。」



ドータ曰く、


・武技には大きく五種類あり、それらは神授職業のレベルが20上がるごとに一つ手に入る。神授職業が最大レベルである100となると一つの奥義が生まれてくる・・・・・・


・しかし、個人によって神授職業ごとのレベルには上限があり、100まで上がることなく打ち止めとなる職業もある。この上限はどう決まっているか判明していない。色でどの神授職業の武技なのかが分かる。本人の魔力光の色に応じた神授職業は100まで行くことが多い。


・武技の種類は能動強化アクティブ恒常強化パッシブ単体攻撃シングル範囲攻撃マルチ別距離攻撃アナザーの五種類。未だに新しい武技が出てくることもあるため、種類ごとに武技がいくつずつあるのかは分かっていない。


・奥義はそれまでに使用した武技の頻度やその人が持つ往来の性質によって生成されるために個人個人で異なる効果が発現する。奥義が生まれるまでの手間やその発露の仕方の特殊性から武技とは隔絶した効果を得ることができるのは間違いない。


・一般には五つの武技と一つの奥義で六つの技となるが、鍛錬を続けることにより武技が派生したり強化されたりすることがある。これは一般には知られていない。


とのことらしい。



「そんで、狩猟神様の加護だったな?確か五感強化と敏捷上昇の効果を持ってたはずだ。だから、今後はこの加護だと仮定して体内の魔力を応用する方法とそれを用いた戦闘訓練を行う。いいな?」


「わかった。でも魔力ってのがよくわかってないんだが…。」


「お前は器用さが高いからな、おそらく実際に見たり触れたりした方が早い。見とけ。」


 そう言うとドータはケイルの方に片手を向けて目を瞑る。すると、すぐにドータの手のひらから腕を覆うように薄赤色のナニカが滲みだした。ソレは目に見えずとも確かに存在する。ケイルは確かにソレを認識し、それと同時に昨日似たものに触れた経験を思い出した。


「これは……祭壇の?」


「おお、やっぱり器用さが高いだけあるな。感じ取るのにも中々コツがいるんだが、これが魔力、そして魔力光と言われてるやつだ。ちなみにどう感じた?」


「何か薄い赤色の光が手のひらから腕を覆うように滲んだように見えた。」


「てことはお前は五感強化の中でも、おそらくの強化が強いみてぇだな。今までに何か見えないはずなのに見えたことはなかったか?加護の五感強化はほんの少しだけ感覚が鋭敏になる場合から何か普通では感じ取れないものを感じるほど鋭敏になる場合まであるらしいんだが。」


 ケイルは魔物との戦いで短剣から強烈な光が出た際に魔物の姿が一方的に見えていたことを思い出し、それをぼかしつつドータに伝えた。


「それっぽいな。強化幅が大きめなんだろう。俺は狩猟神様の加護を持ってるわけじゃねぇから詳しいことは分からないけどな。」


 ドータが拳を握る。

 腕に纏わりついていた薄赤色の光は煙のように溶けて消えていった。


「ん? 加護は神授職業を解放したらどれでも貰えるんじゃないのか?」


「相性みたいなもんがあるらしい。俺も狩人の神授職業は持ってるが、加護はねぇからな。大体は一つの加護、才能がある奴らは二つ、白金級ともなると三つの加護を持ってることもあるらしい。お前は魔力の色からして複数の加護を得る可能性があるから目安の個数は覚えておくといい。」


「ふーん。」


 ケイルはぼーっと自分の手のひらを眺める。力を入れてみても光は現れない。そこにあるのは見慣れた手のひらだけだった。


 ドータがケイルを見て立ち上がる。


「まぁ、複数あるからと言って加護を十全に活かしきれんのかと言われるとまた別なんだが…………その辺のことはまた今度教えてやるよ。今大事なのは修行の続きだ。今見えたナニカが自分の体の中を巡ってることを意識してみろ。」


 言われるままケイルは体内に意識を向ける。心臓の鼓動、血液の脈動。そしてそれとは別の暖かいナニカ。魔力に触れたからだろうか、前は感じなかったナニカが確かに体内に感じられた。


「それが分かったら自分の意志で流れる方向を変化させろ。体の中で縦横無尽に動かせるはずだ。固定概念に囚われるなよ?それが自由自在にできるようになるまで毎日やってもらうからな。」


 ゆっくりとソレを動かそうとするも、泥のように重い。


「了解。」


 ケイルの体から汗が出てくる。彼の集中力はすさまじいものだったが、呼吸が苦しくなってきたところで今日は中断することになった。


 大きく呼吸をするケイルを横目に、ドータが武器を持つ。


「そこで終わりだ。見た感じすぐに動かせるようになるだろう。だから今日は俺が居なきゃできないことを優先する。ほら、もう体の傷や体力も回復したろ。そろそろ組手の続きをやるぞ。」


「おぉ、ホントだ。気づいたら痛くない。」


 会話はそこで終わり、ケイルは再び武器を取る。

 インプットした情報を最適化しつつ、武器を構えた。


 修行はまだまだ続く。



 ♢♢♢




「ふーん、あの子結構筋がいいじゃない。それにたぶん目がとてもいいのね。あの筋肉だるまの攻撃を目で追えてる。それに……」


 ケイルとドータが幾度目かの組手を繰り広げている頃、王都の城壁には一人の女がいた。彼女は長い脚を組み、城壁の上に腰掛けて二人の組手を興味深そうに見ている。

 彼女の褐色の肌、そして赤色の髪と瞳はどこか異国の情緒を感じさせ、腰や脚に付いている様々な武器や道具、暗器が相当な手練れであることを窺わせる。


「面白い子だわ。さて、そろそろ行かなくちゃ。」


 彼女は数キロ離れた位置・・・・・・・・で組手をしている二人から目を離し、城壁から軽やかに飛び降りる。


 ドータの所属するパーティー【落日】のメンバーであり【魔花グロリオサ】の二つ名を持つ彼女は、仲間の弟子といつの日か顔を合わせることを楽しみにしつつ、人波にその姿を消した。




—―――――――――――――――――――

Tips.「能動強化アクティブ

 武技の種類の一つ。効果はその名の通り、能動的に発動する強化。強化効果自体は身体能力の強化が多いが、稀に思考速度の強化や反射神経の強化なども確認されている。

 神授職業によって強化の幅に変化がある。例えば、狩人は敏捷が強めに強化されたり、戦士は力が強めに強化されたりする。更にそこに個人の資質によって強化量が異なるため、全く同じ能動強化というのは存在していないが、タイプが同じ能動強化は同じ呼称で扱われることが多い。

 武技の種類の一つである恒常強化パッシブとは異なり、発動する際に魔力を動かす必要があり、体力も恒常強化と比べると大幅に消耗する。しかし、その効果量は能動強化の方が高い。恒常強化と同じく使いやすい武技であると言える。

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