EP-13 師弟

今回場面の移り変わりがたくさんあります。

—―――――――――――――――――――


「合格だ。ケイル、お前俺の弟子にならないか。」


「…は?」


 先ほどまでの雰囲気は一体どこへ消えたのか。

 ドータはけろっとした表情でケイルを見据える。


 夢ではないことは周囲の惨状が証明している。

 しかしそれでも、戦場から目を開けたらいきなり日常に戻っていたような急激な変化にケイルは戸惑うばかりだった。


「お前がきちんと覚悟をしてることはよく分かった。だからこそ、俺はお前が無為に死ぬのを許さねぇ。自分の実力が足りないのは実感しただろ?だから俺が鍛えてやる。これでも金級冒険者だ。カイルさんに比べると劣るかもしれねぇが、東部戦線に行ったとしても易々と死なねぇ程度には鍛えてやれると思うぞ。どうだ?」


 感じた無力感、思い返した絶望や悔しさ。そしてそれらより大きな、力への渇望。

 ケイルは少しも迷わなかった。


「わかった。頼む、俺を強くしてくれ。」


「おう。ただし俺の修行は厳しいぜ?途中でへばるんじゃねぇぞ。」


「そうでなくちゃ。」


 二人の顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。





 結局、ケイルは後日ドータが空いているときに修行をつけてもらうことになった。今日はもう疲れたらしい。


 だがそれもそのはず。起き上がった周囲の冒険者に謝り、酒や飯を奢ったドータが帰ってきたときには既に少しやつれたような顔をしていた。まぁそれくらいのことをしたのだが、相当な散財をしたようだ。

 それに、ドータはこの惨状を知り飛んできたクレンダにも相当怒られ、戻ってきたアルトにもチクチク言葉を浴びせられていた。なぜか巻き込まれたケイルもチクチク言葉の対象となったのだが。


 怒らせてはいけない種類の人間はクレンダやアルトのような人のことを言うのだと、ケイルが少し遠い目をしていたこともここに追記しておく。





 疲弊したドータと別れた後、ケイルは紹介してもらった鍛冶屋で冒険者証に通すチェーンの作成を依頼し、『海の林檎亭』という宿屋に宿をとる。


 どこか温かみを感じさせるその宿屋は老夫婦が長年二人で経営しているらしく、ドータも駆け出しのころはこの宿に泊まっていた。素朴な造りに小綺麗な内装。老夫婦の優しい性格が建物に表れているかのようだった。


 部屋に入ったケイルは荷物を机の上に置き、楽な格好に着替えてからベッドへと飛び込む。ベッドは木の落ち着く香りがした。


 ケイルは仰向けになり肺一杯に空気を取り込む。


「今日はいろんなことがあったなぁ。」


 初めての王都に巨大な王城、冒険者ギルドは思っていたより広くて綺麗で、そこにいる冒険者は変な人ばかりだった。酔っ払いや強面の男に絡まれ、手紙を渡して冒険者になった。ステータスというのも見たし、師匠もできた。そしてその後は……うん、まぁ。これから先、俺はきっと、色々なことを経験していく、んだろう。どんなことが……て、……人とであ…………、ど………す……………ぅ。


 ケイルは大きな疲れと微かな充実感を覚えながら眠りに落ちていく。


 こうしてケイルの最初の旅が終わり、新しい日常が始まる。

 星が夜空を綺麗に彩り、窓から覗く月は優しくケイルの顔を照らしていた。



♢♢♢




「ブルルル…ブルゥ! ブルル!!」


 ―――ゼロスト村の西側。

 ケイルが倒した猪魔物が寝床としていた洞窟のさらに向こう側には鬱蒼と生い茂る巨大な森がある。初代国王たちがこの大陸に渡るその遥か昔から先住民が住んでいると噂されるこの土地は、その森のあまりの規模に探索がほとんど行えていない。第二大陸の三大未開拓地の一つである。


 そんな樹海の奥深く、生まれたばかりの小型猪魔物はある脅威に相対していた。


 周囲には同じ時期に生まれた数十もの同胞たち小型猪魔物の死骸。そしてそれらを食らう一匹の魔物。


 まるで人と同じような二足歩行のソレは小さな鬼。滅多に現れないと言われる人型の魔物であった。


 その小さな体躯には傷が幾つも付いており、右目の大きな傷と折れた右角がここで幾度もの戦闘があったこと示す。残る左角は小さいながらもまるで天を穿つ槍のようで、爪と牙の鋭さは周囲の死骸が証明している。


 本来魔物にあるはずのない生存本能が警笛を鳴らし、猪型魔物は踵を返して逃げ出そうとする。


 それに気づいた小鬼は死骸を投げ捨て足に力を籠める。




 静寂を取り戻した森に、小さく音が鳴る。それは風が吹いて葉を揺らす木々の音。そして何かを貪るような咀嚼音だった。



♢♢♢




「おい、そっち行ったぞ!!」


「おうともさ! ウォォッラァァ!!!」


 —――――東部開拓戦線。

 この土地では日夜戦いが行われていた。屈強な冒険者から出稼ぎにきた一般村民まで、数多くの人がそれぞれのできる仕事で周りを支え助け合う。死人は毎日出るがそれでも彼らが戦うのはかなりの額の開拓報酬と、功績さえ残せば成りあがれるという夢と希望があるからだ。


 そしてここにもそんな夢を追う人間がいた。一人はボロボロの鎧に大きな盾を持ち、槍を振り回すことで魔物の注意を惹きつける。そしてもう一人が巨大な両手槌を振るい、魔物を一匹ずつ討伐していく。彼らのコンビネーションは長い年月を経て成熟し、今や最前線の開拓都市でもある程度の知名度を誇っていた。


「よし! これで終わりだな。」


「お疲れ。今日も大量だったな。」


 小型蝙蝠魔物の群れを討伐しきり、お互いをねぎらう二人。彼らが踵を返して街へと戻ろうとするところを一つの影がじっと見つめていた。


 奇妙な形をしていたその影は大きな蝙蝠のような翼膜を持つにも拘らず、その腕の先は鋭い針のようになっていた。雲が流れ月の光が覗くと、その体に紫色の月のような模様が翼膜に浮かび上がる。

 宙に飛び上がったソレは狙いを定めて二人の冒険者へと襲い掛かる。


「この後どうする?いつものところに飲みにい—――」


「そうだな。…ん?どうし――」


 そこに残るは首のない二つの死体。ボロボロとはいえ金属でできた鎧すら綺麗な断面を披露していた。遅れて吹き出る鮮血が月夜を鮮やかに彩る。




 雲一つない月夜に一つの影が舞い躍る。



♢♢♢




 同時刻、第二大陸南部沖。

 沿岸都市フォルアテに住む漁師たちが今日も夜通し漁をしていた。


「今日は霧が濃い。早めに帰りましょ。」


「そうだな。十分とれたし帰るぞ!!」


「へい。」


 彼らを乗せた船は視界を覆う霧の中、ゆっくりと舵を切る。漁自体は順調で、これだけの漁獲量があれば、相当な値段になるだろう。彼らの顔は暗い海に対してそれは明るいものだった。


 舵を切った先で一人の船員が突然大きな声を上げる。


「船長!あれを見てください!あれ!」


「ん?」


 そこにいたのは一匹の大きなクジラだった。


「なんだクジラじゃねえか!脅かすんじゃねえ!」


「ち、違います! う、うわあぁあぁぁぁ!!」


 船長が振り返るとそこにはただの一つの影すらなく・・・・・、濃霧と船のあげる水しぶきのみがあった。


「あ……あぁぁ…」


 不思議に思うも船員の精神状態があまりにおかしいため、彼は急いで船員たちに帰港するよう指示を出す。


 船が速度を上げ、その場を後にする。




 未だに霧の濃い海面に、おびただしい量の血が浮かんでいた。









 英雄とその師匠の出会いをきっかけに、世界がゆっくりと動き出す。

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