EP-12 覚悟の灯

 ケイルたちがロビーに戻るとカウンターで冒険者たちに囲まれていたクレンダが胸の前で手を振ってきた。


「お二人とも、お待ちしておりました。こちらです!」


 それを見た冒険者たちが一斉にケイルたちの方を一斉に振り向く。その眼には何者か見定めてやると言わんばかりの鋭さが籠っていた。


 クレンダはその性格とコミュニケーション能力、そしてその端麗な容姿から冒険者からの莫大な人気を誇っている。アプローチする冒険者も後を絶たず、彼女の受付で登録した新人冒険者がその日の内に惚れるというのこともあったほどだ。

 今もアプローチを受けていた最中だったのだろう。彼女の顔には少しの疲れが覗いていた。


 振り向いた冒険者たちの目に最初に映ったのはめんどくさそうな顔をしたドータ。その瞬間彼らはそっと目をそらし、クレンダに一言告げてその場から退散していく。


 この一連の動きだけでこのギルドがどう回っているのかが大体わかり、ケイルはつい苦笑いを浮かべた。

 まるで仕込んでいたかのような一体感を見せた冒険者たちを尻目にケイルたちは受付カウンターへと向かう。


「お疲れ様です。今回はきちんと説明しましたか?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言うクレンダにドータが呆れながら答える。


「説明はきちんとした。それよりも、俺らをあいつらから逃げるために使ったな?まぁ、毎回毎回大変だとは思うが。」


「ふふ、感謝していますよ。ありがとうございました。ケイルさんもありがとうございます。ドータさんからはきちんと教えてもらえましたか?」


「クレンダさんのおかげでとても丁寧に教えてもらえました。ありがとうございました。」


「いえいえ、ならよかったです。」


 そう言いつつ、クレンダが小さな何かをケイルに差し出してくる。クレンダが持っていたのは青銅製の四角い小さなプレート。上部に小さな穴が開いており、名前が彫られている以外は何も書かれていないただの青銅板に見える。


「こちらが冒険者証となります。先ほどの用紙をお預かりしますね。紛失した際は再発行のためにお金をいただきますのでご注意くださいませ。それではお気をつけて。」


「はい!改めてありがとうございました。」


 これで名実ともに冒険者となれたケイルは青銅のプレートを大切にしまう。クレンダと別れたケイルたちは取り敢えず再びギルドの酒場へと戻ることにした。


 ドータが再び飲み物を頼みながら卓につく。


「おし。冒険者証も貰ったことだし、とりあえずは終了だな。お疲れさん。」


「あぁ、ありがと。最初はどうなることかと思ったけどね。」


「あれは悪かったよ。」


 ケイルが笑いながらギルドに来た時のことを持ち出すと、ドータはバツが悪そう表情を浮かべた。それを誤魔化すかのようにドータはケイルに頼んだ飲み物を押し付ける。


「冒険者証は失くすと困るし後でチェーンでも通してもらえ。ギルド提携店で俺の行きつけの鍛冶屋を紹介してやる。それと冒険者証は風呂でも人が居んなら外さねぇほうがいいぞ。盗られたら色々と面倒だからな。」


「ん、了解。失くさないようにするよ。」


「あとはおすすめの宿も教えといてやる。これで入り口でのトラブル分はチャラだ。いいな?」


 ケイルは笑いながら頷く。思ったよりもドータはあの出来事を反省しているようだ。


「よし、じゃあ改めてこれから同じギルドに属するものとして、よろしくな。」


 ドータが右手を差し出してくる。


「改めて、よろしく。」


 二人は和やかな雰囲気のまま握手を交わした。ケイルは冒険者登録こそ終わったものの王都のことをよく知らず、王都のどこで何が買えるのかもわからないのだ。


 ケイルは王都の情報をドータから教えてもらいつつ、それをここに来るまでに通った道の記憶とリンクさせていく。そうして王都の情報を頭に入れていると、ドータが突然真剣な表情を浮かべた。


「なあ、ケイル。お前はなんで冒険者になろうと思ったんだ?能力値的にも環境的にも現状では村に居た方が良さそうに思えるが。カイルさんもいるんだろう。いろいろと教えてもらってから冒険者になればよかったんじゃないか?それとも、今冒険者になりたい理由でもあんのか?」


 ケイルは手元の飲み物に視線を落とす。揺れる水面にはカイル父親と同じ色をした髪と目を持つ自分の顔が映っていた。


「…………いや、父さんは死んだよ。魔物からうちの村に来てた子供と俺をかばってね。父さんが居なくなった時、俺と母さんは精神的にボロボロになった。こんな思いをする人が少しでも減るように、俺は魔物を根絶する。これが冒険者になった理由だ。」


 ケイルが顔を上げると、ドータは目を見開いて驚いているようだった。ドータからすれば憧れの存在であるカイルが死んだということは受け入れがたいことだったのだろう。何かを言おうとするドータだったが、その死を受け入れている様子のケイルを見て冷静さを取り戻した。


「それはトールさんは知ってんのか?」


「あぁ。トールさんも最初は驚いてたけど、父さんは昔から自分より他人を優先するやつだったからって。」


 ドータは何かを考えているようだった。


「…………いや、悪いこと聞いたな。すまん。」


「いいよ別に。俺も色んな人に話してだいぶ整理がついてきたからね。」


「そうか。……だが、話を聞いてお前をこのまま冒険者でいさせることはできなくなった。」


 ドータの存在感が強くなる。口調にもどこか圧があった。


 唐突なドータの雰囲気の変化にケイルは戸惑いを隠せない。ドータの鋭い目はさらに鋭くなり、強者特有の威圧感が非戦闘時にも拘らずこちらを押しつぶすかのように溢れて滾っていた。


「これは俺の勝手だ。恨んでくれて構わねぇ。だがな、カイルさんは俺の憧れだ。その息子であり形見であるお前が、もし生半可な覚悟でその夢物語を語ってんなら冒険者として活動するなんて認められねぇ。実力も覚悟もないのに冒険者を続けたって無為に死ぬだけだ。死んでも死にきれないほどの覚悟がない奴はやめた方がいい。お前の代わりに俺がやってやるからよ。それにお前はまだ若い。お袋さんも居んだろ?一緒に居てやったらどうだ。」


「は?俺はそんな生半可な覚悟で冒険者になったわけじゃない。」


「……そうか?…………俺の威圧に・・・・・圧倒される程度・・・・・・・のお前が?」


「ッッ……!!」


 ドータから発される威圧は死に物狂いで倒した猪型魔物やあの日森で見た蛇型魔物のソレよりはるかに力強く、息をするのも苦しいほどだった。


 他の近くにいた冒険者たちは泡を吹いて倒れる者や今にも倒れそうな者で死屍累々となっている。ましてや真正面から受け止めるケイルには彼らの数倍以上の威圧感が浴びせられていた。


「これが俺の覚悟の選別憧れへの餞別だ。お前の覚悟を見せてみろ。」


 敵意、殺意、害意。


 この世のありとあらゆる負の感情を濃縮したかのようなソレが、すべてを呑み込みケイルへと突き刺さった。















あぁ、なんて凄まじい威圧。





それはまるですべてをなぎ倒す暴風の如し。

その前にはいかなるものも立ってはいられない。




体の震えが止まらない。

視界がゆがむ。気持ちが悪い。





心臓の鼓動は刻まれているのかすら分からない。

暗闇の中に独り取り残されたような冷たさだった。





これが金級冒険者。


なるほど、この威圧感はドータの今までの色々な経験と苦難、そしてそれでも進み続けるという覚悟の重みから生まれたものなのだろう。





生半可な覚悟では達成できないということはよくわかった。




そんなにこの世界が甘くないことも。

この夢の先が遥か遠いことも。







―――――だが、それでも俺は。






目の前で父を殺されたときに感じた絶望、夜な夜な自分に心配をかけないように声を押し殺して泣いていた母を見たときに感じた不条理、修行してなお自分の力のみでは間違いなく死んでいたという恐怖。


あぁ、自分の無力さが嫌になる。






――――まだここでは、






苦しむ人を減らすどころか折れそうになった自分の覚悟が、そして覆い隠した心の弱さが自分だけじゃなく、大切な人たちをも貶めるようで。



そのへばりつくような無力感や悔しさに比べて、ただ苦しいだけのこの威圧の何と軽いことか。








――――こんなところでは止まれない・・・・・・・・・・・・・






その目に宿る覚悟の灯は


吹きつける暴風によってその勢いを増し


劫火ごうかの如く燃え上がる。








—――――彼が歩んだ道のり過去の想いしかと彼の背中を支え、


—――――彼がこの先歩むと決めた道のり未来への希望が確かに彼の眼前で輝く。






この先にいかなる絶望が、不条理が、恐怖が、痛みが、苦しみが待っていたとしても。











―――――俺は自分でこの道を歩き続けると・・・・・・決めたのだから・・・・・・・













 威圧を受け、それでも毅然とした態度で自分を見据えるケイルを見てドータは威圧を止めてニカッと笑った。



「合格だ。ケイル、お前俺の弟子にならないか。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る