EP-08 王都冒険者ギルド

今回は長めです。 

—―――――――――――――――――――



 翌朝、十分な休息をとったケイルはトールに王都へ出発することを告げた。


「そうか、セリアには出発することを伝えたのか?」


「はい。笑顔で送り出してくれました。」


「ならいい。改めてセリアのことと魔物のこと、感謝する。セリアも機嫌がいいし、魔物への対応も救援要請の手筈を整えることができた。小型魔物が出ると村を守る人員がが今ここにいる者だけというのは少し不安だからな。まあ、大型魔物がいたのは森の奥の泉付近だというし、すぐに戦うようなことにはならないはずだが。」


 魔物と戦った経験も数多くあるトールは冒険者時代の経験から村全域を守るにはもう少し人員が必要だと判断した。村長という立場上、倒せたとしてもそれで多大な被害が出るようでは駄目だからだ。


「これがその件について城とギルドにそれぞれ応援を要請する手紙だ。届けてくれると助かるんだが、引き受けてくれるだろうか?俺の名前を告げれば悪いようにはされないだろう。」


「わかりました。任せてください。」


「何度も悪いな。助かる。」


 ケイルに手紙を二通渡したトールは彼と握手をする。おそらく昨日のセリアの元気な様子を思い出しているのだろう。温かみを感じる父親の顔を覗かせていた。


 手を離した後、トールはふと真剣な目になりケイルを見つめる。


「長く大変な旅になると思う。お前が歩む道はそういうものだ。だがもし、辛くて心が折れた時はここに帰って来い。いつでも歓迎しよう。お前の故郷はここにもあるということを忘れるな。」


「……はい、ありがとうございます。 いってきます!」


 自分の絵空事のような目標の行く末を応援し見守ってくれる大人が周りにたくさんいる。これほど嬉しいことはない、とケイルは皆の顔を思い出しながら頷いた。


 門番と挨拶をし、ケイルはゼロニア村と同じように一度後ろを振り返る。思い出すのはトールやセリアの嬉しそうな顔。


 ケイルは心の奥に蠢く何かに蓋をして、前を向き再び歩き出す。


「…王都はいったいどんなところなんだろうか。楽しみだ!」


 まだ見ぬ冒険や王都の景色を想像し、ケイルは少し軽くなった足取りで街道を進んでいく。空や少し遠くに見える木々など、いつもと変わらないはずの景色がどこか新鮮なものに感じられてケイルはつい笑みを浮かべた。



 ♢♢♢




 幾度かの休息を挟み、数日後ケイルはついに目的の場所へとたどり着いた。


 遠くからでも見えていた王城は町に近づけば近づくほどその威容とそこに住まう王族の威厳を示し、町を囲う重厚な城壁がそれに付き従う騎士のように王都を守護している。ここが、此処こそが、王と騎士が人そして国を護るという誓いを立てた町――


――――王都ワントリード。


 ここは第二大陸を支配するインクリッド王国の最初の王、ソムニア=インクリッドが国を興すための橋頭堡きょうとうほとして第二大陸移住後最初に開拓した町である。

 中央にある王城には現在も王族が住んでおり、その敏腕たる政治手腕によって第二大陸はここを中心として発展を続けている。それによりこの町は現在もその経済規模を拡大し続け、今や第一大陸を含めても有数の都市であると言われている。



 町を囲うようにそびえ立つ第二城壁。その門前でケイルは手荷物の検閲を済ませた。そこの検閲官に教えて貰ったギルドの位置と、城への連絡も兼ねている内壁――第一城壁の位置を忘れないようにしながら、ケイルはひとまず城の方へと向かう。


 ちなみに先に第二城壁の近場にあるギルドではなく第一城壁へ向かったのは、できるだけ近くから城を見てみたいというケイルの好奇心がもたらした結果モノである。


「はあ~、すごかったな王城は。あんなに大きな建物見たことない。これで建国当初とその大きさがそう変わらないんだから驚いた。この町や国の成り立ちにも興味が出てきたけど、その前にまずギルドだな。」


 完全にお上りさんと化していたケイルは警戒されながらも第一城壁の門番に手紙を渡すことに成功した。そそくさと城壁から離れて軽飯を食べ、軽い腹ごしらえをした後、ケイルは冒険者登録とギルドへの手紙の配達をするため、来た道を戻っていく。


 脳内地図と検閲官に聞いた場所を照らし合わせてたどり着いた冒険者ギルドは立派な外観を持つ二階建ての大きな建物だった。


 入ってすぐ左手に酒場兼食堂と思わしき場所が、目の前のロビーから右手に伸びる通路の先には応接室と書かれた部屋がいくつも存在している。正面を見るとカウンターを挟んで奥に依頼書が張られている大きな掲示板があり、そこでは受付嬢がそれぞれ数人の冒険者と会話をしながら依頼の手続きを行っている様子も見て取れた。


 昼食時の食堂の柔らかな喧騒の中、出入り口の前できょろきょろと周りを見回すケイルはそこで食事をしていた者たちの視線を集めていることにも気づかずに初めてのギルドの中を観察していた。


 冒険者ギルドの観察を終え、とりあえず受付カウンターへ向かえばいいと判断して移動し始めたケイルの前に突然影が立ちふさがる。


 その影の主は男で、そこそこ鍛え上げられた体に大きな斧を背負っていた。


「ぉい、おまぇ…!なぁに見てんだこらぁ……。」


 見れば男の顔は赤く、何処か目の焦点もあっていなかった。


 面倒くさいのに絡まれたと感じたケイルは適当に返事をしてその男の脇を通り抜けようとする。


「おぃてめぇ無視すんなぉなぁ?せっかく聞ぃてやろうってぇのに!もぅ俺はぁたまに来たぜぇ!俺をだぇだと思ってるんら!銅級きたぃのほしぃ!そしてあの【狂暴獣ベルセルク】のぃちばん弟子でぁるこのヨワイさまに恥をかかせるとはなぁ!こぅかいしても知らねぇぞぉぁ!」


 ところどころ怪しい羅列で何かを喚きながら突然背中の斧を取り出そうとするヨワイに、ケイルも臨戦態勢を整える。


 町中での暴力沙汰はたとえ冒険者ギルド内であっても大問題ではないのかとケイルは周りの冒険者を確認したが、どうやら助けには来ない様子。

 ケイルが他冒険者からの助けを諦め、軽い舌打ちと共に腰の弓を取り出す。


 その時だった。


「おい。」


 ケイルの背後に先程よりも巨大な誰かがいた。その圧に一瞬先日の蛇型魔物の姿を幻視する。


 ケイルは咄嗟に体を投げ出し、そちらに向けて弓を構える。


 顔を上げるとそこに居たのはこれまで見たことないほどしっかりと実践的な筋肉の付いた屈強な体と人を殺れそうなほどの鋭いまなざしをもつ大男だった。


 その男の顔には大きな傷がついており、歴戦の戦士であることを否応なく感じさせる。そして一段と目を引くのはその背中に装備している斧槍ハルバード。擦っても取れなかったのであろう乾いた血の痕がこびり付き、無機質な黒い金属体に鈍い光を反射していた。


 地の底から響くような声に、ケイルは男を注視する。


 弓を持つ手に汗が滲む。


 大男はヨワイを見て呆れた表情をしたあと、軽く周囲の冒険者に合図をしてケイルへ向き直った。ちなみに、ヨワイは大男の合図で動き出した他の冒険者に連行されていったため、既にこの場には居ない。


「……どうも、助かりました。じゃあ俺はここで。」


「待て。…………あーっと、………お前はこのギルドに何の用があって来たんだ?」


 自分の本能に従い速やかにこの場を去ろうとしたケイルを大男が呼び止める。周囲の冒険者はヨワイを連行した後もこちらを興味深そうに見ており、ケイルは警戒心を強める。


(先ほどの合図からしてこの男はおそらくこのギルドでもかなり高い地位の存在。今度捕まるのは咄嗟であったとしても武器を向けた俺かもしれないし、戦うにしても逃げるにしてもあの蛇と同じくらい勝てる気がしない………さて、どうするか。)


 考える時間を稼ぐにしても情報を手に入れるにしても返答が最善。そう考えたケイルは取り敢えず質問に答えることにする。


 向き直ったケイルを男はどこか感心した表情で見ていた。男の表情から何か嫌な予感を感じたケイルは慎重に口を開く。


「手紙の配達と冒険者登録をしに来ただけですが……もういいですか?」


「………俺を見ても正面から答える度胸と咄嗟に武器を取り出して距離を取ろうとした動き。実力の差を認識した後も周囲や自分の手札から切り抜ける術を探し出そうとする頭の回転の速さ。格上とのかなり激しい、それも命を懸けた戦いを経験してるやつの特徴……。だが雰囲気を見るにレベルが高いというわけでもない。レベルが低いとなると、まさか相手は魔物ではなく人か?盗賊…はこの前の殲滅戦で一人残さず捕まえたから別の……。そもそもコイツの軽鎧の傷痕は獣の鋭い牙か爪によるもの、もしくは…。」


 質問をするだけしてこちらの質問には答えずに思考に没頭する男に対して、ケイルは今が好機と気配を消しつつこの場を離脱しようとする。


「おい、ちょっと待て。まだお前には聞きたいことがある。」


 男の不躾な物言いに対して、ケイルは関わりたくない雰囲気を醸し出しながらも仕方なく立ち止まる。


「なんですか。」


「お前、いったい何者だ。あまりにも振る舞いと雰囲気に違和感がありすぎる。普通の生活をしてればそうはならないはずだ。もしお前が教団員ならこのギルド内に入れるわけにはいかねぇんだ。答えな。」


 鋭い目を更に鋭くしながらこちらを見据える男の言い分にケイルは大きなため息を吐く。

 幸い向こうにまだ手を出す気はないようだ。それを感じ取ったケイルは少し投げやりでありながらも大胆な一手を打つ。


 基本的に丁寧な言葉遣いをするケイルが珍しく口調を荒げる。


「あなたやさっきの奴に絡まれたせいでまだただの一般人ですが。いい加減にしてくれませんか。初めて王都に来たら変なのに絡まれるし、教団員だとかなんだとかなんの話かもわからないものに疑われるし。話聞くふりして聞いてないのもどうなんですか。というかそもそもこっちの方が聞きたいんですけど。あなた一体誰ですか。」


「お、おう。ちょっと待て。なんだお前それが素か。……た、確かにお前からしたらいきなり絡まれただけになるのか。考えが足りなかった、悪かった…………っておい。」


 男が話し出したのを横目に、ケイルはさり気なく再び男の横を通り抜けようとする。


 するとそのとき、突如としてケイルは男に腕を掴まれた。

 ケイルが驚きながら男の顔を見ると、男の顔にはいっぱいの驚愕が浮かんでいる。つい手を伸ばしてしまったというような顔をしている男を尻目に、ケイルがこちらを見ていた受付嬢に視線で助けを求めると、走ってカウンターの奥へと入っていった。


 ケイルはようやく助けが来ると直感し、適当に男の話を流す。ケイルは安堵で気づいていなかったが、周囲の冒険者や受付嬢たちは驚きや呆れなど様々な表情浮かべていた。


 十数秒後だろうか。ケイルたちの横合いから通りのいい爽やかな声が聞こえてきた。


「そこまでです。ドータ、またやりすぎたのかい?」


 先ほどカウンターの奥へと走っていった受付嬢と共に現れたのはしっかりとした身なりの一人の青年だった。身に着ける青いコートにはいくつか勲章が付いており、彼の役職の高さを窺わせる。灰色の髪と青い瞳を飾る銀のモノクルが映えていた。


 青年がドータと呼ばれた強面の男に来やすく声をかけるとドータはバツが悪そうな顔をして口を開く。


「いやすまねぇ、ちょっと冷静じゃなかった。絡まれてたから助けるつもりで近づいたんだがコイツがなんか奇妙でな。最近は教団のこともあるし、取り敢えず探りを入れようとしたんだ…………まぁ間違いだったみてぇだがな。腕をつかんだのも咄嗟だったんだ。悪かったとは思ってる。」


「はあ…。君は普段は気配りができるのに、なんでこういうトラブルがよく起こるのか……………まったく。自分の姿がそのへんの魔物よりよっぽど恐ろしいことを自覚した方がいいよ。一般人には刺激が強すぎる。」


「わりぃわりぃ。」


 呆れたような顔をして辛辣な言葉を放った青年と、それにタジタジなドータと呼ばれた大男は二人して一件落着の雰囲気を醸し出していた。一瞬で変わった場の雰囲気に取り残されたケイルは説明してくれる人を探して受付嬢の方を見る。


 緑の制服で空色の髪の毛をポニーテールに纏めている彼女は、それに気づくと髪と同じ空色の瞳を和らげて青年に声をかけた。


「アルトさん、彼が困惑してますよ。二人で満足していないで彼にも対応してあげてください。私も依頼手続きの続きに戻らなくてはいけないので。」


「ああ、すまないねクレンダ。君もすまなかった。色々と説明するからそこの応接室についてきてくれるかい?どうやら君も用件があるらしいし、それもそこで聞くからさ。勿論ドータも一緒に来てもらうよ。そこで改めて彼に謝罪するんだ。」


「はあ……わかりました。」


「わーったよ。」


 いまいち状況を把握しきれない中、とりあえずアルトと呼ばれた青年についていくケイル。彼は横を歩くドータを見て、この先自分が拠点とする予定だったこのギルドで予定通りの行動が取れそうにないことをぼんやりと予感した。





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 Tips.【王都ワンスリード】


 区画は大きく2つに分かれており、貴族や王族の住むエリアの貴族区が中央に存在し、それを囲うように第一城壁が伸びている。そしてその外側から街の外と中を区切る第二城壁の内側までのエリアは平民区となっており、住民はどこに何があるかを方角で大雑把に区域分けするという一風変わった町内把握の仕方をしている。

 冒険者や市民、職人、商人など業種にかかわらず良き隣人として住民同士で盛んに交流がなされているこの街は治安も良く、出稼ぎにきた労働者や冒険者になるためにきた若者など色々な人が訪れるというのもこの街の特色の一つである。

 また第一大陸でも有名なカルセマ魔法学園があることでも知られている。

 現在は三代目の王である、セマニア=インクリッドが治めている。

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