EX-02 -Side セリア-

 小さい時から彼はしっかりした子供だった。


 最初に彼らがこの村に来たのは彼が6歳で私が9歳のころ。


 お父さんとカイルさんが昔馴染みで、ようやくカイルさんの作った村が落ち着いてきたから顔を出しに来たらしい。


 父親に付いて初めての村の外。知らない場所に来ても、彼は好奇心のまま勝手にどこかへ行くようなことはなかった。この部屋にいてくれとお父さんとカイルさんが私のところに連れて来たときも、彼はわがままを言わず頷いて言われたことを守っていた。


 私がせっかくだから村を見て回ろうというと、彼はカイルさんに許可を貰ってからついてきた。


 最初はあまり興味がないのかもしれないとも思った。けれど、村を見て回るときはキラキラとした瞳を輝かせ、私の手を引いてどんどん進もうとする。

 この子は周りのことに興味がないわけじゃない。ただ親に心配をかけないようにしているいい子なだけなんだと気付いた。


 その頃からだろうか。私はお姉さんとして彼よりもっとしっかりしようと考えるようになった。彼がいちいち周りのことを考えなくてもやりたいことをできるように。そして彼をもっと楽しませてあげられるように。


 たぶんそれが転じて王都での勉強や先生としての仕事に繋がったんだと思う。





 そこから二年間、私は高頻度で彼らと顔を合わせるようになった。

 なんでも彼が私に会いたいと言ってくれていたらしい。何と可愛いんだろうか。


 村に来ることが多かったから、私と彼が一緒に村に出ることも多くなった。二年経っても彼は楽しそうに村を見て回っていた。何がそんなに楽しいのか聞いたら私と一緒にいろいろなところを見て回れることが楽しいらしい。あぁ、弟にしたい。可愛すぎる。


 そんな彼を見て私も一緒に楽しくなれた。

 これが私の幼少期の大事な大事な思い出の日々。


 でもそれは長く続かなかった。


 私が彼にいろいろと教えてあげようと自主的にたくさん勉強していたことが村の横のつながりから王都の学園に届いたらしい。荒唐無稽な話だと思ったけど、学園からうちで将来を見据えて勉強しないかというお誘いが来た。

 王都の人間ではないただの村人が学園で勉強できるというのは中々あることではなく、私の両親は学園に行くことを強く勧めてきた。彼と会えなくなるのは寂しいけど、年に一度はここに戻ってこられるということ、そして六年間という明確な期間があったことから私は王都に行くことにした。


 そのことを伝えたときの彼の寂しそうな顔と言ったら可愛い以外の言葉で表すことができないほどだったけれど、彼も頷いてくれた。思わずぎゅーっとしちゃったときに遠慮がちに抱きしめ返してくれた彼の姿は今でもすぐに思い出せる。


 そうして私は学園に通いだした。


 私は一年に一回だけ彼と会って、その度に王都で勉強したことを教えてあげた。

きっと彼のこの先の人生を支えてくれると思って。


 学園に行っている間、会うのが一年おきだと彼の成長を如実に感じられた。まぁ、自分の決めたことに対して頑固なところは今も昔も変わらないけれど。


 会うたびに彼の成長を見られるのが楽しみで、学園で教師をしないかという誘いを断ってでも時間を確保しながら王都と村の往復を続けていた。




 でも三年前、突如彼は村に来なくなった。私が学園に行き始めてから五年目のことだった。


 お父さんにはもう彼も大きくなったから家業である狩人の仕事もあるし、この村に来る余裕がないのだろうと言われた。それにカイルも来ていないから村の方が忙しくなっているのもあるのだろうと言っていた。


 確かに東部戦線が激化して村人が少しでも冬の蓄えを潤沢にするために出稼ぎに行くことは、うちの村を筆頭に近隣の村々でも多くなった。だから人手が減った村で、一人の狩人として狩りをする必要もあるのだとは思う。でも彼はまだ13歳だ。狩りはまだ早いのではないかとお父さんに言ったら、何とも言えない顔で呆れられてしまった。


 あまりにも彼が心配で何も手につかなくなりそうだったから、以前から打診されていた学園の教師をやることにした。たぶん私は子供が好きなんだと思う。生徒たちはみんな可愛らしくてしっかり話を聞いてくれるいい子たちばかりでとても充実した仕事だと感じた。今の仕事は私の天職だ。



 そうして、王都で仕事をしていた今年の初め。私は東部地方特有の病気にかかってしまった。たぶん東部戦線から引退してこの学園に来た冒険者学科の先生が持ってきてしまったんだと思う。生徒たちに移さないためにも学園には休暇申請を出して村で療養することにした。


 本当は村に帰ってくることも家族に病気を移してしまいそうで怖かったけれど、お母さんから心配しているという手紙が連続で届いて流石に根負けした。母は強しということなのだろうか。私ももう20歳。行き遅れになる前に誰かいい人を探さないと。




 村に帰省してから何日か経った。

 帰ってきた最初の日はよかったが、徐々に病気がひどくなり寝ている期間が長くなった。流石にそれほど長引かないとは思うけれど、このままだと学園に戻れないなとかお母さんたちに移らないといいなと考えて眠る日々が続いた。


 でもそんなある日、薬草が手に入ったとお父さんが教えてくれた。何でも採ってきてくれたのは彼らしい。道中で大型魔物が出没したらしいけど、そんな危険を冒してでも彼は薬草を採ってきてくれた。そのことに感動しつつも、私はお姉さんなのに彼にそんな危ないことをさせて申し訳なくなった。しかも彼は父親であるカイルさんを亡くしていたらしい。


 そうやっていろいろと考えていたらお父さんが不思議な顔をしてまだ部屋の中にいた。どうしたのか聞いても唸るばかり。なんなんだろうか。


 あまりにもうっとうしくなってきたからお父さんを問い詰めたら、彼が私の笑顔が見たいと言って薬草を採りに行ったことを教えてくれた。


 彼―――ケイルももう大人になったんだなぁと重い頭の片隅で思った。



 夕食後、久しぶりに見たケイルは昔と比べ物にならないほど立派な青年になっていた。色んな感情が溢れ出してケイルに抱きついてしまったけれど、彼は昔のように軽く私を抱きしめ返してくれた。


 そこは昔も今も変わらないな。

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