EP-05 悪夢との遭遇
話も一段落つき、ケイルは門番からセリアが心配していたという話を聞いたことを思い出した。
「あぁ、そういえば。門のおっちゃんから俺がセリアさんに心配かけてた、って教えてもらったので挨拶をしたいんですけど今どこにいますか?」
「……。」
トールは目を閉じて何かを考えた後、口を開く。
「セリアは…彼女のところで説明するのが早いか。こっちだ。」
トールの声色は先ほどより少し暗かった。何やら不穏な雰囲気を感じたものの、ケイルはトールと共にセリアの居る部屋へと向かう。
小さい頃からよく来ていたこの屋敷には村の中と同様、昔と比べて変わったところも変わっていないところもあった。懐かしい思い出の場所。
話も弾むはずだったが、トールはこちらを振り返らない。斜め後ろから覗き見たトールの顔は無表情で、嫌な予感を感じていたケイルの顔が強張る。
重苦しい時間が続く。
沈黙が永遠にも感じ始めた頃、ケイルはある扉の前にたどり着いた。扉の横には丁寧な細工が施された板が吊り下げられている。そこには達筆な文字で「セリアの部屋」と書いてあり、ここにセリアがいることを示していた。
「セリア、入るぞ。」
トールが声とともに扉を開けると整頓された部屋の中、ベッドの上で苦しそうな顔をしているセリアがいた。
父親と同じ亜麻色で彼女が自慢だと言っていた癖のない綺麗なストレートロングの髪は乱れ、綺麗な緑色が覗くはずの瞳は苦し気に閉じられている。色白の肌には玉のような汗が滲んでいた。
トールはセリアの頬に張り付いた髪の毛を指で流し、心配そうな表情で彼女の顔を覗き込んだ。
「セリアはこの地域のものではない病を患ってしまったみたいなんだ。うちの村の医者が言うには東方にある未開拓地から持ち込まれたものらしい。」
インクリッド王国は海を越えて北方に存在する第一大陸のグレシャ王国から、第二大陸と言われる小大陸へと移り住んできたソムニア=インクリッド大公率いる移民たちが建てた国である。
現在この国は第二大陸の北側はほとんどを開拓しており、未だに開拓できていない土地――特に東から南にかけて広がっている要塞都市スリンニアの開拓戦線では他の地域とは比べ物にならないほど大量に発生している魔物との戦いが日夜繰り広げられている。
あまりの量と奥へ行けば行くほど強くなる魔物たちから、ここを開拓することで魔物発生の原因がつかめるのではないかとも言われているほどだ。
そんな未開拓地から持ち込まれた病にセリアがかかってしまっていると聞き、ケイルは動揺を露わにする。
セリアは幼いころから父親についてこの街に連れてこられたケイルの面倒を見ることが多く、ケイルからしてみれば姉のようなものでもあった。礼儀作法や敬語、文字などは王都の学園で学んでいたセリアから教えてもらったものであり、その知識は今のケイルを助けている。
「セリアさんは治るんですか?」
ケイルは焦りのままトールへと詰め寄る。
「ああ、それは問題ない。だが治すためにはカイリ草を使った薬を定期的に飲む必要がある
ケイルをなだめたトールは少し落ち着きを取り戻した彼にゆっくりと説明をしていく。
治せる目途がついていると聞き安心したケイルだったが、説明しているトールの何か奥歯にものが挟まったような表情を見てまだ問題があることを感じ取った。
冷静さを完全に取り戻し、その問題とはなんだろうかと推測し始めたケイルは一つ気になることを思い出す。
「らしい、ということはまだ採りに行っていないんですか?」
トールは歯がゆそうな表情で答える。
「……実はな、今は採りに行けるやつがいないんだ。丁度先程カイリ草がこの付近のどこにあるかやどんな形かという情報を聞けたんだが、宿場村であるこの村は行商人がよく泊まっていく関係上、警備を厳重にしていなきゃいけない。大型魔物がゼロニア村で出たならなおさらだ。だがうちの狩人たちは冬前に蓄えを作ると言って要塞都市の開拓戦線人員募集の方に参加しに行った奴らが多くてな。この村の警備に必要なギリギリの人数しか残ってないし、帰ってくるのも数か月後だ。それに俺も村長として、貰った手紙の件やら何やら色々とやらなきゃいけないことがあるからな。森の奥まで向かえないんだ。」
トールの表情を見たケイルは少しも悩むことなくある提案をする。
「……それなら俺が採りに行きます。セリアさんにはいろいろと恩がありますし………それに、何より当分会えなくなりますから。セリアさんにはあの暖かくて優しい、綺麗な笑顔で送り出してほしいです。」
トールは目を見開く。そして今の言葉を反芻した後、苦笑いを浮かべた何とも言えない顔になった。
「……本当に大きくなったな。だがまぁ…………助かる。その泉はここから南に見える森の奥に聳える巨木の方に向かえば見つかるはずだ。大体片道で一日掛からないくらいの距離にあるから冒険者の予行練習だと思って向かうといい。」
ケイルは頷き、傍らで眠る苦しそうな表情のセリアを一瞥する。
まるで自分の姉のような存在である彼女が苦しんでいるならば助けたい。そして旅に出る前にお互い笑顔で話をしたい。その想いを胸に、ケイルは泉へと向かう準備をしようと部屋を出た。
「本当に…………。セリア、彼は大物になるぞ。色んな意味でな。さすがカインの息子だよ。」
♢♢♢
準備を終えたケイルはトールに出立することを告げた後、森へと向かう。
その森は村を出て十分ほど歩いた場所にあった。
入り口はある程度手を入れられて整えられていたものの、奥を覗くと行けば行くほど草木が生い茂っているように見える。加えて鬱蒼と茂った木の枝葉によって光も微かにしか差し込んでおらず、森にはどんよりとした重さが漂っていた。
森の中は足場も少しぬかるんでおり、俊敏な動物ならまだしも普通の人間にはとても歩きにくい状態になっている。だが、ケイルも若いが狩人の端くれである。
悪環境の足元など何ら問題ないと言うように森の中を滑るように進んでいき、木に傷をつけてから道を回ったり土についた動物の足跡からどこが動物の縄張りなのかを把握したりとその歩みには迷いがまるで感じられない。
頭上が開けた位置に出る度に巨木の位置を確認し、ケイルは着々と道のりを進む。だが一見順調そうな道のりとは裏腹に、進めば進むほどケイルは何かを訝しんでいるような、考えるような顔つきになっていく。
「妙だな…これだけ動物の食糧になる植物や果実が生えているのに足跡が少なすぎる。というかそもそもこの辺に動物の気配が感じられない。森の入口の方がまだ足跡が見つけられたのはなぜだ…?まさか生態系に何か異物が混じったのか?」
いくら森に入ってからそこまで時間が経ってないとはいえ、入り口付近にしか人の手は入っていなかった。そんな森の中でケイルは一匹も野生動物を見ていない。それどころか、見つけたのはここ数日の内で付けられたものではない古い足跡、それも入り口近辺のもののみ。植物の状況から見て、餌がこれほどある中で動物の影も形もないというのは明らかな異常である。
ケイルは見落としの無いよう、動物たちの痕跡を探しながら歩く。
森の中には早くも不穏な空気が漂っていた。
ある程度の距離を歩いた後、ケイルは休息がてら状況を整理していた。その耳には少し離れたところを流れる川の音と風が草木を揺らす音しか聞こえない。ケイルは今までの狩りの経験からこの森の中で何かが起こっていることを確信した。
(考えてもこれ以上は分からないな。ここからは今までより慎重に向かおう。……巨木はあっちだな。)
ここで歩みを止めるわけにもいかず、ケイルは立ち上がり慎重に行動を再開する。
集中力を高めて周りの異変を見逃さないように気を付けていたケイルだったが、あまりにも平和すぎる森に更に緊張感が高まっていく。
歩くこと暫し。
ケイルは何かがぶつかって折れたような大木と、何かを引きずったような、というよりもまるで信じられないほどの大きさの何かが通ったことによって作られたような大きな空間を見つけた。
ケイルは無意識につばを飲み込む。ここまで大きな破壊痕は普通の生物では起こすことができない。それは間違いない。ならば—―――。
頭の中でガンガンと鳴り響く警鐘、早鐘を打つ心臓。それでもケイルは近づいてその惨状を確認する。観察したところそれは間違いなく獣道。
得られた情報からケイルは一つの答えを導き出す。
その力や大きさは先日も目の当たりにしたばかり。発生するのは唐突で、ここに居ても何らおかしいことはない。間違いないだろう。
「……なるほど。もうここでも発生してたってわけか。早めにカイリ草を採取して報告しないと………ッ!」
ケイルは素早く身を伏せ、近くの茂みにもぐりこむ。
聞こえてくるのは何かを引きずるような音と独特の鳴き声、そして何か咥えていたものを地面に降ろした音。
それに対する重低音の唸り声は奴に対する威嚇なのか怒りなのか。
まだ距離はかなり離れているがその大きな図体はケイルからでも見ることができた。
(魔物……!!)
彼にとって二度目となる魔物との遭遇はあまりにも早く訪れた。
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