EP-04 宿場村レスト

―――宿場村レスト。


 この村は西の辺境と王都をつなぐゼトワ街道沿いにある宿場村の中で一番大きい村として知られており、行商人もよく訪れる場所である。




 村の隣を流れる川とそこで遊ぶ少年たち、風に揺れる草花、そして放し飼いされている牛の姿などケイルの生まれ育ったゼロニア村とはまた違う雰囲気にケイルは小さい頃ここで遊んでいた時のことを思い出す。


(ここに来るのも久々か…。敵討ちをするために準備を始めたころから来なくなっていたからな…。セリアさんは元気だろうか。)


 修行に明け暮れた三年間。ケイルがここを訪れることはなく、あまりの懐かしさにケイルの口元は知らぬ間に緩んでいた。


 久しぶりに見るレストの景色はあまり変わっていない様だった。家前で和やかに会話をしている村人たちや村を囲う柵のそばで寝ている猫、そしてのんびりとした空気の中でもきちんと職務を全うしている門番や商人たち。ケイルはこの雰囲気が好きだった。



 ケイルが村の出入り口にたどり着くと、そこに立っていたのはケイルの顔見知りの門番だった。

 ケイルは彼のところまで行き、荷物を降ろして笑顔で挨拶をする。


「門のおっちゃん、久しぶり。」


 使い込まれた跡のある槍と軽鎧を身に着け、のどかで平和な光景の中でも己が職務を全うしようと周囲をきちんと監視していた門番の男は近づいてくるケイルに一瞬いぶかしむような視線を向けた。

 しかし数瞬の後、門番はそれが前にこの村へとよく来ていたケイルだと気付き、一瞬だけ驚いた表情を見せたものの笑いながらケイルを歓迎する。


「………おお、ケイルか!見ないうちになんだか大人びたな。」


「そうかな、そんなに変わってないと思うけど。」


「いいや!男子3日会わざれば刮目して見よとはいうが全くその通りだな。死線を潜り抜けた戦士のような顔つきをしてるぞ。」


 門番はケイルの昔よりも高くなった目線の位置や一回り逞しくなった体つきと顔立ちを見て確かな成長を感じていた。

 昔のケイルを思い出し、時の流れを感じていた門番だったが仕事を思い出して気を取り直すように咳払いをする。


「まあ元気そうで何よりだが、何の連絡もせずに急に来なくなるから心配してたんだぞ。セリアちゃんも心配してたから顔を見せにいってやんな。」


「うん。丁度村長に話があったから挨拶しに行くよ。またね、おっちゃん。」


 ケイルは門番と握手した後、村の奥へと足を向ける。一歩村に足を踏み入れるだけで昔よく通った道や遊んだ場所が記憶から次々と掘り起こされた。

 つい足が止まっていたケイルに門番は優し気な笑みを浮かべながら声をかける。


「村の中だから大丈夫だと思うが、気を付けていくんだぞ。」


「もう子供じゃないんだから心配しなくてもいいよ。」


「それもそうだな! はっはっは」


 昔からお決まりの会話をした後、ケイルは気を取り直して村の一番奥に存在する大きな家を目指して歩き出す。


 レストは昔からゼロニア村よりも発展していたが、じっと眺めると記憶の中の風景よりも間違いなく発展していることが見て取れた。


 家屋の数は一年前よりも増えており、道を歩く人々も以前より多いように感じられる。道も以前より固められており歩きやすくなっていた。外観からは感じ取れなかったこの違いは村が全体的に大きくなったからなのだろう。


 ケイルが今と昔の違いを探しながら歩いていると、一際大きな家屋――村長宅が正面に見えた。


 村長宅があるのは村の最奥、大通りの突き当り。村の中では一番の大きさを誇っており、他の家より強度もあるため緊急時の避難先にもなっている。


 他の家よりも整えられた外観とほかの家ではあまり見ない大きな庭。門と家をつなぐ敷石の道の両脇には客人を歓迎するかのように立派な木がその枝葉を広げていた。


 門をくぐり敷石でできた道を進んだ先でケイルはベルを鳴らす。客人の出迎えをするために出てきた使用人も門番と同様に顔なじみで、名前と用件を告げると笑顔で家の中に迎え入れてくれた。


 応接室へと案内されたケイルが出されたお茶を飲みながら待っていると、さきほどの使用人とともに一人の男性が入室してくる。


 整った顔立ちと短く整えられた亜麻色の髪に綺麗な青眼は三年前と何も変わっておらず、そのがっしりとした筋肉質の体と大きな体格は年齢を感じさせない。外見だけ見れば溌剌とした雰囲気のナイスミドルであった。しかしその瞳からは疲れが垣間見え、今の今まで仕事をしていただろうことを窺わせる。


 彼こそがこの村、レストの村長であり亡きケイルの父カイルの親友でもある男。トールである。


 そんなトールはケイルを見ると柔和な笑みを浮かべて口を開いた。ケイルも笑いながら答える。


「久しぶりだな、ケイル。」


「はい、お久しぶりですトールさん。すいません、いきなりですが最初にこれを。」


 色々と積もった話もある。だが、ケイルは最初に本題を切り出した。


「うちの村長から預かった手紙です。うちの村近辺に現れた魔物が大型魔物だったから警戒を強化するようにと。」


 この世界では最初にどこからともなく大型魔物が発生し始めると、その数か月~数年後にその大型魔物と同種の小型魔物も大量に発生するといわれている。


 対応は国によって異なるが、この国――インクリッド王国では小型の魔物がどれくらいの数現れるかの予測がつかないことから周辺地域の被害を無為に増やさないように、近隣の村から国や冒険者ギルドに警戒、調査、避難誘導、護衛、討伐などの救援を要請するという慣習があるのだ。


 もちろんケイルの住んでいたゼロニア村からも要請の手紙は出ており、ケイルが討伐のための修行を始めてから少しして冒険者ギルドから数名の冒険者が来訪している。ちなみに、現在彼らは小型魔物がいる可能性も含めて周辺地域の調査と警戒の任務に就いている。



 手紙を受け取ったトールは先ほどまで見せていた疲れ顔をこの村を守る長としての顔へと瞬時に切り替えてそれを読む。ケイルも無意識に背筋を伸ばしてトールが手紙を読み終わるのを待っていた。


 トールは手紙を読み終わった後も脳内で思考を回しているようであったが、ふと張り詰めた雰囲気を霧散させケイルに語り掛けた。


「大型か。確かに受け取った。急いで警備を見直すことにする。しかしお前の父さんは、カイルはどうした。今日は一緒じゃないのか?」


「………父さんは死にました。突然村の近くに現れた魔物から子供をかばって…。」


 ケイルの沈んだ表情にトールは口をつぐむ。


 ゼロニア村と宿場村レストはそこそこの距離が離れており、交易商がいるわけでもないため情報の交換は半年に一回のカイル・ケイル親子の訪問でしか行われていなかった。ゆえにトールにはカイルが死んだことが伝わっていなかったのだ。


 トールは言葉を紡ごうとするも、考えがまとまらずに口をつぐむというのを数回繰り返した。

 トールの中で思考が渦巻く。結果こぼれたのは内心を繕う・・・・・言葉であった。


「…そうか。あいつが…子供を守った結果あいつがくたばっちまうとは……。確かに自分よりも他人を優先する奴だったからな…。」


 トールはケイルにバレないようにカイルのことを思い返し、思考を回す。

 カイルが人情に篤いことは確かだったし、他人のために自分の身を省みず行動したというのも彼の性格からして理解できた。しかし、どうにも腑に落ちないことがある。彼の実力を知っているからこそ、不思議なのだ。


 誰かを守りながらだとしても、カイルがたかが大型魔物・・・・・・・一匹程度に負ける・・・・・・・・道理がないのだ。


 トールとカイルはそれぞれ今の仕事に就く前は冒険者をしており、この地域の冒険者界隈では有名なコンビであった。

 そのため、トールからしてみればカイルが魔物一匹に後れを取ることはないと言い切れるし、例え武器がなくても魔物を追い返すことなど造作もないはずだというのも間違いなかった。実際最近戦いから遠ざかっていた自分ですら武器がなくとも追い返すことくらいならばできると自負している。ならば、カイルが魔物に敗れたのは一体何故か。


 トールはケイルの顔を見る。トールはケイルのことを自分の子供のように思っているし、優しい子であるということも知っている。だからこそ、浮かび上がったある可能性を伝えるか迷った。それは現実的ではなく、荒唐無稽ですらある可能性の一つ。



 カイルが魔物を利用するほどの悪意ある何者かに陥れられたという可能性。



 トールは一瞬の逡巡の後、この可能性を心のうちに留めておくことを決める。

 いくら狩人として色々な動物と戦っていようとも、人を殺すほどの悪意――それも魔物という人類の敵を利用したものとまったくの無関係な場所で育ってきたケイルにこの可能性を伝えるのはどうしても気が憚られた。人間を恨み、敵とするにはまだ若すぎる。カイルの親友としても伝えようとは思えなかった。

 

 沈黙が場を支配し、俯いて考えに没頭していたトールは気を取り直して顔を上げ、ケイルに笑いかける。


「今度酒を持っていくからその時に追悼会でもしようか。」


 そのときトールは何か大きな決意を宿したケイルの瞳を見た。その顔立ちは自分が知るケイルとは全くの別人で、その瞳はカイルを想起させるような熱さを宿している。


 トールは知らず知らずのうちに生唾を飲み込む。


「俺は当分村には帰りません。魔物によって苦しむ人を減らす為に旅に出るつもりです。父さんのような人を、もう、出さないように。」


「そ、れは…………。」


 いくつも聞きたいことはあった。具体的に何をするつもりなのか。この前まで野生動物しか相手にしてなかった若者に魔物に対する知識があるのか。そのボロボロの軽鎧と使い古しの狩猟弓で魔物と戦うのか。

 以前に冒険者をしていたトールは魔物との戦いが甘くないことをよく知っている。更には思い浮かんだ可能性のこともある。


 だが、煮えたぎって今にも溢れ出しそうな闘志と、一度決めたらやめることはないという信念の強さを感じさせるケイルの鋭い視線を浴びて、質問を重ねることはケイルへの――彼の覚悟への侮辱になると感じた。

 

 この先ケイルがどのような苦しみを味わいどのような壁にぶつかるのかは分からない。カイルを襲った悪意がケイルに降りかかるかもしれない。


 それでも、トールは純粋に彼の行く末を見たいと思った。


「そうか。辛く厳しい道だが頑張れ。応援している。」


「…はい!」


 雰囲気がフッと和らぎ、トールとケイルはゆっくりと会わなかった間の時間を埋めるように雑談を始める。

 冒険者についてやギルドについてのこと、どういう依頼を今までこなしてどんな魔物と戦ってきたのか、そして冒険者に語り継がれる古き英雄の物語。


 ケイルはトールという元冒険者から話を聞けるいい機会だと考え、色々なことを聞いたのだった。

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