EP-03 旅立ち
魔物との死闘から七日が経った。
家に着いた直後、ボロボロで帰還したケイルを見て彼の母親――ケイトは当然事情の説明を求め、そして瞳を涙で濡らしながら激怒した。
ケイルの父は村の中で随一の実力を持つ狩人だった。そのためケイルも小さい頃から一緒に狩りに出ることが多かった。怪我をして帰ってきたことも一度や二度ではない。それでも、魔物との戦闘というのは普段の狩りと比べ物にならないほど危険なのだ。
いくら父親の敵討ちであり、村一番の狩人の子としてこれ以上の犠牲から村民を守るためとはいえ、国の騎士や冒険者の付き添いもなしに魔物の知識のない者が単独で魔物を討伐しに行くということは非常識だと強く強く抱きしめられながら言われた。
ちなみにケイトからの抱擁は体がボロボロのケイルには大変辛いものだったが、これも心配をかけた罰だと抵抗せずに受け入れていた。魔物の攻撃と比べれば痛くない……のだ。
ケイトが言うように魔物は脅威的なものとして人々から認識されている。
そんな魔物と戦えるのは各地で神の祝福を受けて得られる
そのため、魔物との戦い方を知らないものは魔物と戦ってはいけないと小さなころから教えられるのだ。そしてそれを無視して戦いに行ったケイルが怒られるのは当然のことである。
愛ゆえの説教を受けてケイルはただ謝ることしかできなかった。ケイルはそれを分かっていてなお敵討ちに向かったのだから。
ケイルは自分の顎下にある母の黒髪を見下ろす。ふんわりとサイズのある髪に隠れて履いたが、その肩は震えていた。
小さな体に色々なもの抱え、耐えていたことをケイルはよく知っている。父が死んでどうしようもなく悲しかったはずなのに、昼間はそれを見せないように笑顔でケイルを育て、夜ケイルが寝た後に夜な夜な独りで声を殺して涙を流す。扉を背にその押し殺したような声を聞いたときケイルは初めて母の弱さに触れた。
あの時のように、隠した弱さが発露した母をケイルは包み隠すように抱きしめ返す。それに呼応するようにケイトの抱擁が強くなったのは、ようやくケイルが生きているという実感が強まったからなのか、それともケイルまでもがこの世から離れていかないように無意識に繋ぎ止めようとしてのことなのか。
ケイトの震えが止まった後、ケイルはケイトに促されて村で診療所をひらいている薬師のおばばに治療をしてもらいに行った。おばばは突然の訪問にも拘らず、すぐさま手当てをしてくれた。
ケイルはお礼を言って家に戻った後、ケイトが用意してくれた食事をたくさん摂り、早めにベッドへと潜る。
傷ついた体は休息を求め、酷使した脳は整理のための時間を欲している。この前までありふれた村の日常を繰り返していた17歳の青年には経験したことのない濃い一日。ケイルが抱えた疲れは凄まじいものだった。
結果ケイルは半日以上も寝続けた。
そしてその翌日。
目が覚めたケイルはまだ痛む体に鞭を入れ、すぐに行動を開始した。
たくさんの人を魔物の脅威から救いたいとケイトや村長に告げ、村の狩人として行っていた自分の仕事の引継ぎを行う。
今回のように大怪我を負ってほしくないとケイトは震える声で告げた。強く見えていた母の隠した弱さが垣間見える度、ケイルは少し心が重くなる。
それでも、ケイルは自らが決めた道を貫き通すことを誓ったのだ。
ケイトとケイルはお互いが納得できるよう何度も何度も話し合った。
ケイトもケイルが一度決めたらそれを変えることはないという頑固な面を持つことは昔から知っている。母親なのだ。知っているに決まっている。
それでも、魔物と戦うことは狩りとは比べ物にならないほど危険だと中々折れることはなかった。
ケイトとの話し合いは夜まで続き、それでもケイルは自らの意思を曲げない。その強い意志に流石のケイトも折れた。ケイルがいくつかの条件をのむ代わりに旅に出る許可を出すことにしたのだ。
出された条件は三つ。
出発する前にまずは怪我を治すこと。決して無理はしないこと。そして何か折れてしまいそうなことがあったらいつでも帰ってくること。
翌朝少し腫れた目でそう言って笑った母の顔を、その強さをケイルは一生忘れることはないだろう。
ケイルは勿論それを了承。条件通りに傷を治すことに注力し、薬師のおばばの力なども借りて体の調子が万全となるまで数日間を村で過ごした。
村の人はケイルが旅に出るということを聞き、心配と応援の言葉をかけてくれた。閉じられた共同体と言っても過言がない村の中ではみんなが家族のようなものなのだ。
小さい子どもからは拾った木の実や花を貰った。大人からは背中を押す言葉や役立つ豆知識を教えて貰った。
彼はその数日を今までよりも大切に過ごした。
そして今日ついにケイルは旅に出る。
ケイルは既にケイトとの別れを済ませていた。今朝、笑顔で自分を送り出してくれた母を思い出し、必ず無事に帰ってくると心に決め直したケイルは旅に出る前の最終確認を進めていく。
「狩人の仕事の引継ぎは済ませたし、弓も予備のものを調整した。軽鎧もある程度補修はできたし、旅装はここにある。村の教会にある狩猟神様の神像には祈りを済ませた。母さんともいろいろな話をしたし、あとは出立の挨拶を世話になった人たちにして……と」
「ケイル」
ケイルは背後からかけられた声が村長のものであると気づいて振り返る。
「ん?村長か、丁度よかった。旅に出る前に挨拶しようと思ってたから。」
「ああ、そうだったのか。それならこっちも丁度よかった。最初に向かうのは王都ワントリードだよな?」
「そうだよ。情報を手に入れるのに丁度いいし、旅に出る以上冒険者ギルドに所属しときたいからね。なんでも初心者に対する色んな制度がしっかりしてるらしいし。」
ケイルは最初の目的地を王都ワンスリードにした。
ここの冒険者ギルドでは魔物によって開拓に手こずっているこの大陸で、戦力として活動する冒険者を増やすために希望者に対する様々な講習や簡単な依頼の常駐など色々な制度が考案・実施されている。
旅をする以上、ケイルには旅先で金を稼ぐ方策や魔物と戦う力を手に入れる必要がある。そして更には野営方法などの必須知識も学ばなければならないため、王都での冒険者登録は都合がいいのだ。
「それなら王都までつながっているゼトワ街道に合流するはずだ。街道への合流ついでに王都に向かう道中にあるレストの村長へこの手紙を届けて欲しいんだが、頼めるか?」
村長の手にあるのは一通の手紙。なんでもこの村の近辺で魔物が発生、急速に成長したことを受けて魔物に対する警戒を強化する旨を伝えるものであるらしい。
「あそこは宿場村だから人の出入りも多い。警戒するに越したことはないだろう。それに村長の娘さんのセリアちゃんにはお前もお世話になっただろう?顔くらい出しにいけ。」
「わかった。顔は元々出そうと思ってたし…それに、身近な人が傷つくのはもう見たくないからね。」
「……。」
ケイルの悔しさや苦しみを感じさせるような嚙み締められた口元と決意をにじませる両の瞳の輝きに何も言えなくなった村長はケイルの肩を強く抱き、安全を神に願った。
「必ず、無事に帰って来いよ。もし帰ってこなかったら……えーと、村に代々伝わる呪いの儀式で死ぬまでお前を呪ってやるからな。」
「ははっ…なんだよそれ。大丈夫だよ、必ず帰ってくるから。なんなら無事に戻ってきたときのためのお祝いの準備でもしといてよ。……いってきます。」
軽口を交わして村長と別れた後、ケイルは村の外へ向けて歩き出す。第二の父親のように思っている村長の言葉に更に温かみを覚えて少し軽くなった胸はケイルの足取りを軽くした。
ケイトや村長、応援してくれた村の仲間に笑ってただいまと言えるように頑張ろうと決意を新たにしたケイルは胸を張って前を向く。
村の出口にたどり着くまでの道のりでも多くの人に挨拶をした。彼らは皆ケイルの無事を願っていたし、ケイルもまた帰るべき故郷とそこに住む皆の存在を心に刻み付ける。
「父さん、いってきます。」
村の仲間と別れた後、門を出て後ろを振り返ったケイルは小さく、だが力強く呟く。
吹き抜ける風は彼の背中を押すかのように優しく、周りの草花や蒼空は彼の旅路を祝福するかのように世界を色鮮やかに彩っていた。
—―――――――――――――――――――
Tips.「この世界の神について」
この世界では陽神と陰神を除く12柱の神が村や町ごとの単位で祀られている。
神像に対して祈りをささげると神授職業を得ることができる。神授職業とは実際の職業とは何ら関係はないがレベルに応じて対応するステータスへの補正や【武技】といったものを得られるもので、様々なメリットがあるのに対してデメリットはない。 そのためこの世界の住民は皆神像に祈りをささげるというのが習慣化している。レベルが上限まで上がるとマスタリーボーナスとしてステータスに補正値を得ることができる。
レベルを上げるためには魔物を倒す必要がある。そのため戦闘を生業とする者以外はレベルが上がることが少なく、特に補正もないため自分の信仰している神から神授職業を得ていることがほとんどである。
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