EP-02 神と使命
♦♦♦
「まぁ、あの謎の光のことは家に帰って傷の手当てをした後でゆっくり考えればいいか。それよりも…」
応急処置で流血を止め、痛みを抑える薬を飲んだ青年は戦闘の疲れとまだ残る痛みで動くことがおっくうな体を動かし、壁際の神像の前に立つ。
よく見るとその神像は所々が欠けており、表面には苔や天井から垂れ下がる蔦が巻き付いている所もあった。
おそらく長い年月放置されていたのだろう。
周りを飛ぶ光虫が神像に巻き付いた蔓とそれを伝う水滴を淡く輝かせている中、その絵画の一場面のような幻想的な光景を近くからしみじみと見つめた青年は短剣を拾ったのがこの神像の前だったことを思い出す。
手に持つ短剣は何度見ても傷一つなく、魔物の血すら付いていない。
「光もこの短剣からだったみたいだし、何だったんだろうか…」
青年は短剣を神像に捧げ直して
神像はこちらに向けて微笑んでいるようにも見える。あの光が神からの助けだったのかもしれないと感じた青年は感謝の祈りを捧げることにした。
「ありがとうございます名も知らぬ神様。あなた様が見守ってくれていたおかげで私はあの魔物に勝つことができました。あの光もあなた様がもたらしてくださった奇跡なのでしょうか…。なんて…………ッッ!!」
立ち上がろうとした瞬間、割れるような頭痛と共に脳内に覚えのない光景が駆け巡る。
—――あぁ、これを、私がッ………。なんて、ことを…………。
壊れた城の玉座の間。
一人の黒衣を纏った男が
涙を流しながら眼下の惨状を見つめる。
―――貴方の…………ではな……のです。これは…………ですから。
美しい黒髪の女性が男の背を抱く。
彼女は涙を流しながらも
震える唇で無理やり笑みを作る。
それを並んで眺める12人の男女。
黒髪の女性が何かを彼らに伝える。
眼下に広がる街の中。
人間は本能のまま殺し、犯し、嘲笑う。
街の外では軍と軍が戦乱を起こし、
互いの生存権を奪い合う。
まさしく弱肉強食。
そこには法も規律も存在しない。
だが、そこにいる人間たちは
どこか泣いているようにも見えた。
何かを呟く黒髪の女性。
それを聞いて頷く12人の男女。
黒衣の男と黒髪の女性を囲み儀式を行う。
その顔は全くの無表情。
感情すら存在しない。
やがて
黒衣の男と黒髪の女性は光に包まれる。
女性が男を強く抱きしめた。
男は両膝を突き
虚ろな目をして泣いていた。
徐々に光が肥大化していく。
それは街を覆い、世界を覆う。
光が晴れた。
現れたのは平和な世界。
人間が人間らしく暮らしている。
戦乱などなかったかのように。
光に満ちた世界の中。
それでも黒い光を宿すものがある。
その形は様々で。
武器、貨幣、貴金属。
様々なものに光が宿る。
黒い光は黒いナニカを産み落とす。
ナニカは徐々に形を取り、
人を襲う魔物となった。
一瞬で頭の中に知らない映像が雪崩れ込んだことによりふらついていた青年は、痛みが治まり動けるようになったにも拘わらず呆然と立ちすくむ。
「い、いったい今のは…?」
『聞こえていますか。ワタシの力に適応した者よ……。』
聞こえた声は女性の声だった。
すっと頭に入り込んでくる不思議な声をしている。
青年が周りを見回すもどこにも人影は見当たらない。
「だ、誰だ! どこにいる!」
『ワタシは陽神。あなたの持つ短剣を中継して声を届けています。』
「陽神? この短剣から?」
彼は手元の短剣へと視線を落とす。
短剣の鍔中央にある綺麗な黒色の宝石が淡く光っていた。
短剣にはやはり血も付いていなければ傷も全く付いていない。
その繊細な細工は武器というよりは儀礼用だろう。だが、それでもなお魔物を倒し傷どころか血すら付かないほどの切れ味とどこかからの声──それも神を名乗る者の声を届けるという能力を持っている。
そんなものがこの世に存在しているなど青年は聞いたことがなかった。
この短剣からは人の理を外れるような底知れぬ何かを感じる。
頭に流れた映像と語り掛けてくる謎の女性、そして手元で淡く光る短剣。
驚きと戸惑いを隠せない青年は、それでも無理矢理に状況を飲み込み、更なる情報を手に入れるために口を開いた。
「どういうことだ…。もう少し詳しく説明してくれな……くれませんか。」
『ワタシは陽神。この世界を作った創世神です。今はワタシの力の残滓を宿していたその短剣を依り代に、あなたへと声を届けています。先ほどあなたの頭に流した映像はワタシの記憶。ワタシは力が暴走してしまった弟、陰神の力を抑えるため、残りの12柱の神たちにワタシごと彼を封印してもらいました。しかし弟の力は強く、抑えきれない力の残滓が
先ほど頭を流れた映像は彼女の記憶。
それを告げられてすぐにその弟である神の力が暴走したことによる大戦乱や魔物の発生の原因など処理しきれないほどの情報を続々と与えられる。
あまりの情報量は疲れ切った青年の頭に到底整理しきれるものではない。
だがそれでも、混乱せずに付いていくことができるのは彼女の話し方のせいなのだろうか。
彼が声も出さずに情報を整理していると、陽神と名乗った何者かがまた話し始めた。
『先ほどの魔物との戦いではようやく見つけた適応者であるあなたの命が危険にさらされていたため、その短剣に眠っていたワタシの力の残滓を使いました。もうその短剣には魔を退けるほどの力はありません。今のように自分は魔物に勝てるのだ、とワタシの力を過信して無茶をしないようにしてください。』
魔物との戦いで自分を救った謎の力までもが彼女に関係していたことを知り、青年はさらなる驚きを覚える。
ようやく陽神と名乗るものが本当の神であることに納得した彼はふと頭によぎった質問を口にした。
「あなた様が本当の神様であることはわかりました。しかし今、村の教会に伝わる神様に陽神や陰神という神は存在していません。それに、先ほど話にあった陰神の力の残滓が宿ったという話もよくわかりません。その陰神の残滓と呼ばれるものが宿ったものを何らかの方法で壊すことができれば魔物はこの世界からいなくなるということなのですか?」
思い出すのは魔物の姿。
青年の疑問に陽神は揚々と答える。
『ワタシと弟はあなた方に伝わる12柱の親のようなものです。存在が確認されるのは
「……」
いつもよりも重い頭で必死に思考を巡らせ、得られた情報を整理していく。
そんな中、思い出すのは父親が死んでから夜な夜な自分に気づかれないように隠れて泣いていた母の顔や尊敬する父親をいたぶるように殺した魔物の姿、そして復讐を誓った自分の姿。
魔物を倒して復讐を成し遂げた今の彼は、単なる復讐では虚無感しか得られないことを知っている。それが何も産まないことに気づいている。
色々なことを思い返し、自分の抱いた感情を整理する。
もう人が魔物に殺される所やそれによって誰かが悲しむ姿など見たくない。ましてそれをただ見ているだけなど以ての外だ。
人の想いを踏みにじるような魔物の姿が頭にこびり付き、復讐を誓ったあの日を思い出す。
まるで数時間とも感じられるほどの静寂の中で、彼は荒唐無稽で他人に話せば一笑に付されるだろう夢物語のような一つの道に辿り着く。
「…先ほど私を救ったのはこの魔物によって苦しむ人々が存在している現状を変えてもらいたかったからとおっしゃっていましたよね?」
血を流しボロボロになってなお潰えなかった魔物を殺すという決意と、自分たちを守った父の大きな背中に対する憧憬は、
「それを私が受諾すれば、陰神様の残滓をすべて陽神様のもとへ送ることができたならば、魔物は、そして魔物によって苦しめられる人はいなくなるのですよね?」
死にかけた後も、そして父親の仇である魔物を倒し、敵討ちを果たした後でも消えることはなく、
『そうです。弟の残滓を宿すものを探して器を壊し、残滓をワタシの元まで送ってくれたのならば、魔物が今後生まれることはなくなるはずです。ですがそれはあなたのようなただのヒトが成し遂げるには辛く厳しい道となるでしょうし、ワタシもあなたに強制することはしません。また力を蓄えて長い年月を待てば……』
確かな熱さを持って彼に宿る。
「いえ……決めました。その役目、このケイルが請け負います。世界を回り、すべての残滓をこの世から消し去り、魔物を根絶して見せましょう。父のように魔物に殺される人がこの世界から消えるのであれば、母のように大切な人が殺されても泣く時を選らばなければならない人が居なくなるのであれば、そして私のように怒りや恨みを抱えて復讐に人生を費やす人が減るのであれば!私はこの人生をささげることも厭わない。私が…俺がこの世界を変えてやる!」
一人の青年が確かな覚悟と決意を持って神と誓いを交わしたこの日、一人の英雄が産声を上げた。彼の歩む道筋は、やがて世界を救済し歴史に残る大英雄の偉業と栄誉の道となる。
—―――――――――――――――――――
Tips.「魔物」
野生動物とは異なり魔力と呼ばれる固有の力を持っている。魔物の群れのリーダーとなる大型魔物とその大型魔物から生まれると考えらえれている小型魔物の二種類が確認されている。黒色の体に金色の瞳を持つ。
その中には生半可な攻撃を寄せ付けないほどの頑丈で強靭な体と大木をもなぎ倒すほどの攻撃力をもつものや、目にもとまらぬ速度で動くものなどが存在している。
何かのきっかけで【二つ名】を持つこととなった魔物はその証である魔石を体内に生成し、魔力を固有の能力として発露するためほかの魔物とは一線を画す危険性を誇る。
その強靭な躰を装備や道具に利用するため、研究者たちは様々な試行を重ねるも失敗。まだわかっていないことも多いが、現在は完全に人間の益とならない生物として認識されている。
生体反応が消えた後早くて数時間で黒い灰のような粒子へと変化してしまう性質は世界がその淀み魔物と化して表層化したのではないかと研究員たちは推測している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます