336 【ジーク】 捜す



「ルークが、子どもを追って消えた……!? どういうことだ!?」




 またあいつは勝手に……! 考えるより先に体が動くタイプであることは知っているが、どうしてこう急にとんでもない事態を引き起こしてくれるのか……!




「わかりません。突然走り出してそのまま追いかけ……」




 ルベルはちらりと周りを見てから、「シド、という名前が聞こえました。彼自ら接触してきたのかもしれません。ですがあまりにも速く、我々でも追いつくことができず……」と声を潜めた。ルークならば子どもに追いつくなど訳ないはずだ。ルベルたちだってそうだろう。だが結局二人に追いつくことができなかったということは…………それは本当に子どもだったのか?








「ルークさんに、何かあったんですか……?」




 サクラの声が震えていた。レオンもルカも青い顔で立ち上がり、レインはガシガシ頭を掻きむしって「あの人は本当に……」と苦しそうに顔を歪める。




「騎士たちとも手分けして捜している。シリウ……優秀な犬も使っているが、なかなか見つからない。何らかの罠に引っかかったとみて間違いないと思っている。だから――――」




 ルベルは額の汗を拭い、団長の方へ歩み寄った。すでに相当捜し回ったであろうことは彼が食堂に入ってきた時から明らかだった。汗をダラダラ流し息も切れて顔色は酷く悪い。そのまま焦る気持ちを落ち着けるように胸を押さえ、深く頭を下げた。




「お願いします、ルークは皇帝の手先に捕らえられた可能性が高い。彼の捜索に、皆さんの力を貸して下さい」


「……頭を上げろ」




 団長は労るようにルベルの肩を叩き、立ち上がった。




「ルークは今や自警団の一員だ。何か事件に巻き込まれたのなら放ってはおけない。詳しい状況を教えてくれ」


「自警団員が連れて行かれるなんて……今までなかったっすよね!? 何で……」




 ディランは顔を歪め、勢いよく立ち上がった。




「お前ら~!! あのうまい飯を作ってくれた奴が行方不明だ!! あの飯が食いたい奴は俺と一緒に捜索に来い!!」


「ルベル、ルークが消えたのはどの地点だ?」




 皿をどけて地図を広げる。ルベルの説明を聞きながら、首を傾げる団員もいた。




「追いかけてっていなくなったなら、まだ連れて行かれたとは限らねえんじゃねえか?」


「ルークってのはそんなに体力もねえだろ? 案外見失ってこの辺りで休んでるってことはねえか?」


「でしたら僕らがもう見つけているはずです。あっという間に消えていなくなりました。もう随分捜しましたが……ウィルも一緒に捜しています。いくら暗いとは言え、普通ではないでしょう」


「確かに……」


「ウィルもいて見つけらんねえってのは……そうだな。やべえな」






 ――――――クソ。


 僕はぎゅっと拳を握り締めた。




 神子の、力があれば。そしたらあっという間にルークの居場所がわかったかもしれない。……いや、ルークは勝手に人の力を無効化してしまう力の持ち主だ。神子の力があっても見つけるのは難しかっただろうか。でも、もしかしたら。その可能性が僅かでもあるなら、僕は神子の力に縋りたかった。試してみたかった。それに本人は見つけられなくても、何か糸口のようなものを見つけられたかもしれない。






 今の僕はあまりにも無力だ。神子の力も、体力も腕力もなく、剣も扱えない。僕はただのお荷物でしかない。できることと言えば……頭を下げて、頼むことだけだった。






「頼む。ルークは、僕の恩人だ。大切な友人だ。ただ迷子になっているだけならばいい。怪我もなく。だが、そうでないなら……。どうか、あいつを助けてほしい」






 団員たちは顔を見合わせ、頷きあった。




「任せろ!! あいつにはうまい飯作ってもらったんだからな!」


「この街のことならよく知ってる、安心しな!」


「それにまだ皇帝が絡んでるって決まった訳じゃねえ! 案外大したことなかったってオチかもしれねえし。絶対見つけてやるよ!」




 僕を励ますように口々に言って肩を叩き、「んじゃ俺はこっから調べる」「お前はここも見てくれねえか」「この辺りの倉庫はもう使われてねえよな。怪しくねえ?」――――話し合いを始めた。








 カタ、と小さな音がした。ぎゃいぎゃい騒がしい中で、なぜかその小さな音が酷く響いて聞こえた。じっと会話を聞いていたローガンが、空になったグラスを置いた音だ。静かに立ち上がり、扉の前まで来たところで、振り返る。その目は僕に向けられていた。








「……来るならば、来い」


「…………え?」


「この街のことならばよく知っている。……助けたいんだろう。違うか? それともここで待っているか?」






 答える前に足が動いていた。ローガンは背中を向けて歩き始める。ルカやレオンたちも僕に続いて、ローガンの後を追った。……待っているだけ? そんなのはごめんだ。弱くても役に立たなくても、僕はもう待つだけは嫌だって、何かしたいんだって、そう思ったから、だからこの国に来たんだ。ルークの身に何かあったのなら、今度は僕があいつを助ける。僕が――――――……












 そう思ったのは本当だ。だが開始数分で心が折れそうになったのも本当だ。




「ぜえ……ぜえ……。おい嘘だろう!? そんな高い壁は駆け上がれない!!」


「……本当に体力がないんだな、お前」


「お前が異常なんだ!!」


「これなら俺が運んだ方が早いか」


「は? 何言っ……ちょ、おい!! やめろ!!」




 今駆け上がったばかりの壁から難なく降りてきたローガンは、よいしょっと僕を肩に担ぎ上げそのまま運び始めた。離せと背中を叩いたが無意味だった。ローガンは僕の抵抗を無視し、壁を駆け上がって好き勝手走り回る。背後から「いい加減にしろローガン!! でん……ジークを離せ!!」とレオンが叫んでいるが、それも無視。




 むちゃくちゃだった。本当にむちゃくちゃな奴だった。ルークを捜すのを手伝ってくれることには感謝したが、普通じゃない身体能力を僕にまで求めないでくれ。ルカたちは何とか食らいついていたが、僕にはムリだ。それは普通の人間だからだ。挙げ句この僕を肩に担ぎ上げたまま移動するなど……。




 屋根の上から捜索していた乱蔵と遭遇した時などは「人攫いか?」とうっかり戦闘に入りそうになっていた。あいつが勘違いするのも仕方がない。あの時ばかりは乱蔵がものすごく常識のある奴に見えた。知らないとは言え、一国の王子を担いで走り回ってる奴なんてローガンくらいなもの……ああ、そう言えばルークがいたか。あいつは両手で僕を抱えたんだった。いわゆるお姫様抱っこ。あいつもあいつだな、クソ。






「もういいから下ろせ! 僕は自分で……」


「時間が勿体ない。暴れるな」


「は、な、せ!!!」


「おい何遊んでんだ! この辺りで間違いないらしいぞ!!」




 遊んでない! と乱蔵に怒鳴り返した。犬になったシリウスが全力で捜し、ようやく糸口が見つかったらしい。「この辺り、か……」ローガンは一度立ち止まり、だが僕を下ろしはせず、どこかめぼしいところでも見つけたのか、そのまま駆け出した。それからどれくらい走り回ったか。僕も抵抗することを諦め、「あの建物は」「あれは確か空き家じゃなかったか」と大人しく意見していた。担がれることに慣れるともう何も感じなくなるんだな、不思議なことに。






「――――――この足跡」






 ローガンが何かに気づいたかと思うと、急に僕を下ろした。突然のことに対応できず、僕は無様に尻餅をついた。




「いッ……下ろす時は下ろすと言え!!!」


「大丈夫ですかジーク!」




 レオンに手を差し伸べられて何とか立ち上がる。ずっと担がれていたせいか体が痛い。




「この足跡がどうかした?」




 ルカが地面を覗きこむ。




「これは……!」


「よく残ってたな。つーか気づいたな」




 サクラと乱蔵は何かに気づいたらしい。




「何だ? 何が妙なんだ」


「小さな足跡ですが、その後ろに何かを引きずったような跡があります」


「この足跡なら大方5~6歳くらいのガキだろうな。何かを背負って運んでた。だが身長が足らずその何かを少しばかり引きずる形になった。……多分、この跡からしたら靴か何かを引きずったって感じか」




 その足跡は古びた屋敷の中に続いていた。シリウスが「ここだ」と言うように前足を上げる。レインは無言で屋敷に近づき、うろちょろと何か確認した後、手慣れた様子で扉を開けた。




「ど、どうやって開けた……!?」


「さあ? どうやってでしょ~~。罠はないみたいだからおいで」




 口調は軽いが目は殺気立っている。レインは足音も立てず屋敷の中に入っていった。屋敷の中は暗くて埃っぽく、人の気配はない。長い間放置されてきたのだろう。






「!」






 ローガンが立ち止まった。無言で床を指し示す。書斎らしき部屋の、机の下がぽっかり空いている。隠し通路か。地下へ続く階段の先はここからはわからない。ローガンはさっさと中に入っていった。僕とレオン、レインと乱蔵も続き、サクラとルカ、シリウスたちは上で待つ形になった。




 ローガンは灯りがないのに一切迷うことなく歩いて行く。目が異常にいいのか目が見えなくても動けるのか……。わからないが、僕らはとにかく黙ってローガンについていった。










 ――――――誰かいる。しばらく歩いた後、人の気配を感じた。話し声も聞こえるが、何を言っているかはわからない。僕らは気配を隠して静かに近寄った。


 小さなランプの灯りが、男を照らしている。かなり肥った男だった。狭い通路に大きすぎる体は窮屈そうで、しかしその傍には小さな子どもらしき影がある。男は片方の手で子どもの目を隠していた。見てはいけない、と言うように。やがて男は檻の方へ体を向けた。……その横顔は熱でもあるのかと思うほど赤く火照っている。どこか見覚えがあるような……けれどどの記憶を引っ張り出しても、ピンと来なかった。






 その時、檻の中の人物が鉄格子に指を絡めた。僅かに見えた横顔に、僕は一瞬思考が停止した。






「フレア…………!?」






 ななななんでフレア……!? 今フレアはルークのはずだろう!? ならばあれは誰だ!? フレアのそっくりさんか!? いやしかしあんなそっくりさんがこの世にあったものか……。乱蔵やレインならばわかるか? 確か前世の記憶保持者は目を見れば相手がどんなに姿形を変えていようとわかるとか……。






「…………んで…………あいつ…………が…………」




 低い、唸り声のような声が隣から聞こえた。




「……ローガン?」


「なん……で…………!!」


「どうした? おい――――……」






 ローガンに近づき、その肩に手を置こうとしたが、思わず止めた。目が血走っている。歯を食い縛り、腰の木剣を握り締めた手はブルブル震え力を込めすぎて白くなり、心なしか背中は大きくなったように見えた。憎しみか悲しみか怒りのためか……わからない。






 かける言葉を失った。






 夥しい負の感情が、一気に僕の中に流れ込んできたかのようだった。気づいたら涙が一筋流れていた。こいつではなく、僕の目から。










「許さない。許さない許さない許さない…………」










 “殺す”










 止める間もなく、ローガンは駆け出した。
















「―――――――――碓氷義勝!!!」
















 確かに、そう叫びながら。


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