332 気づく



――――――――


――――――――――――――――






 翌日。






「――――では、そろそろ休憩にしましょう! お疲れ様です、ルークさん!」


「うん、ちょうど疲れたなと思っていたところだからありがたい」




 私はハンカチで額を拭く素振りをしながら、木剣を仕舞って水をもらった。


 西支部での鍛錬ももう慣れたものだ。今日もウィルにつきっきりで稽古を見て貰っているが、幼い頃に戻ったようでなかなか楽しい。ニコニコしていると、乱蔵はそんな私をじろっと見て呆れたようにため息を吐いた。




「……何が疲れただ。よく言うぜ」


「何か言ったか? 乱蔵」


「…………何でもねえ」




 随分動いて汗を搔いたのは本当なんだがな。確かに疲れてはいない。まだまだ動けそうだが、ウィルが気遣ってくれたのだからそれを無下にするのは良くないだろう。




「そう言えば、ルークさんはアランさんのこと不思議な名前で呼ぶんですね」




 ウィルが首を傾げている。一応“らん”という共通点があるにはあるが、“アラン”からどうして“乱蔵”という名前が出てくるのかというとそれは不思議にもなるだろう。




「うん、実は乱蔵は前世の相棒でね」




 私は水を飲みながらさらっと暴露した。




「え!? ……ああ! 妹さんが前世の方なんでしたっけ? え、じゃあ乱蔵さんも……?」


「…………ああ」


「え~~スゴイですね! 二人もいて、しかも乱蔵さんも記憶を覚えてるなんて! そんなの聞いたことがないですよ!」


「ははは……」




 実際はもっといるんだが。そうだよなあ、普通は一人にでも会えたら奇跡、記憶を覚えていたらもっと奇跡。なのに……。カルマの魔術のおかげで、私の周りには本当に奇跡が溢れているなあ……。




 魔術ってすごいなとしみじみ思っていると、ルベルがこそこそと私に耳打ちした。




「ルーク、先程こちらの書庫も確認しておきました。ジークの言う通り古語で書かれた手紙や本が大量に見つかったので、これらもジークに解読してもらった方がよさそうです」


「団長に許可は?」


「もちろん取ってあります。いくらでも持っていくといいと。彼らにとってもどう処理していいかわからないものだったようです。……ジークは帝国内でも辞書すらそう簡単に手に入らないような言語を一体どうやって勉強していたのか……」




 それは私も気になるところだったが、彼は私などよりよほど長い時を生きている。その間に学ぶ機会があったのかもしれないなと思えば何ら不思議なことではなかった。それとも昔手に入れた辞書か何かで最近勉強したとか? 昨晩は少々怖かった。遅くまで灯りをつけてどんどん解読を進め「ふふふ……地獄を見せてやる……」などどブツブツ呟いていたのだから。あれだけ単語を覚えているということは、やはり最近勉強したのだろうか? まあ何はともあれ、ジークが生き生きしていてるのは何よりだ。






「シリウスってやっぱ運動神経すげえな!」


「はあ……はあ……。そ、そう?」


「ああ! 力強えし度胸あるし初心者とは思えねえよ!」




 シリウスとカノンが仲良く水を取りに来た。カノンが爽やかな様子なのに比べ、シリウスは汗ダラダラでかなり疲れているように見えたが、目だけはしっかりしていた。力強い目だ。強くなりたいという切実な思いが伝わってくる。今まであまり鍛錬はしてこなかった彼だが、やり始めたらきっとあっという間に強くなることだろう。元々小説では“獣騎士”などと呼ばれ恐れられていた。フレアの処刑を担当したのも彼だから……うん、考えただけで恐ろしいな。個人的にはあまり強くならないで欲しい気もする。






「なあウィル。副団長って……どれくらい強いんだ?」




 水を飲みながら、シリウスがウィルに尋ねた。ウィルの目がぱあっと輝く。




「それはそれはすごくお強い方ですよ! あんな剣技を僕は他に見たことがありません! とにかく速いんです! あっという間に距離を詰めて一瞬で叩きのめしてしまうんですから。剣が見えなくなっちゃうんです! まさに一撃必殺!! って言うんですかね? とにかく速くてカッコ良くて雰囲気も凄くて……あまりに強すぎるから、見回りでも木剣を持ってるんです。それで本物の剣や銃を持った相手とやり合ってるんだから、本当にすごいですよ!」




 私は「ほおほお」とウィルの話に相づちを打った。ローガンの話は聞きたいと思っていたところだったから、こうして彼のことをよく知る人物から聞けるのはありがたい。




「その剣はどこで修練を積んだのだ? 生い立ちは?」


「それは多分誰も知らないと思います。僕も聞いたことがありませんし……。謎めいてるんですよね。そういうところにも憧れちゃうって言うか……」






 サピエンティア家の坊ちゃんだと知ったら、彼らはどう思うのだろうか? 恐らくそれで彼らの間に溝ができるということはないだろう。サピエンティア家は皇帝によって追放された訳だし……むしろローガンをこの国の次期指導者にと推す声が出てきそうだな。“実は由緒ある家柄の剣士”なんて、救国の英雄にぴったりじゃないか?






「私も彼に会ってみたいな」






 自然と呟いていた。なぜかレインたちには反対されたものの、フレアの従兄弟なんて気になることこの上ない。このまま自警団に居ればいつか会うことにはなるだろうが、早く会ってみたいものだ。






「では今日の夕飯は食堂でどうですか? 団長やディランさんもいますけど」


「え、いいのか? ご一緒しても?」


「大丈夫ですよ! ……あ、昨日はちょっといろいろあったんですけど……挨拶なら大丈夫だと思います!」


「ほほお」




 私は思わずにやついた。


 あんなに会うな会うなと言われれば逆に会いたくなると言うもの。その機会がこんなに簡単に転がりこんでくるとは思わなかった。私は他の皆に顔を向けた。




「な、ルベル、別にいいだろう? ルベルやカノンだって会ってみたいのではないか?」


「是非手合わせ願いたいっすね!」


「ではジークたちにも知らせておきます」


「え」




 ルベルの言葉にちょっとビクついた。彼は「当然でしょう」と言わんばかりの顔で私を見据える。こ、怖い。




「知らせるだけです。俺は別に会うことを反対している訳ではありません。一応普段と違う行動を取るならそのことをあちらに知らせておいた方が、何かあった時に対応できるというだけの話で……。そう怖がらないでください」


「そ、そっか。よかった~、てっきり怒っているのかと」


「……俺はそんなに怖い顔をしていますか」


「私はすぐに君を怒らせてしまうから。君の顔が怖い訳じゃない。笑うと可愛い」




 ぽんぽん、と頭を撫でると、ピシッ……と空気が凍った。おっと、また子ども扱いしてしまったか。これは私の良くない癖だな。




「ごめんごめん。そうだ、鍛錬は少し休憩して掃除でもしよう。少し汚れが目立つようになってきたし」


「走り込みは後にしますか?」


「うん。済まないなウィル。鍛錬はとても楽しいのだが疲れてしまって」


「いえ、ルークさんはとても飲み込みが早いので楽しいです!」


「君はとても良い指導者になるよ」




 実際、ウィルはとても努力家で剣の腕も素晴らしい。元気で穏やかで礼儀正しいし、剣術道場を開いたらきっと評判になるのではないだろうか。……そうだ、先生よりよほど常識人だし、庭を爆発させる気配もない。私のように苦労する弟子もいないだろうなと思う。






 その後、ジークへの知らせはシリウスが届けてくれた。犬の姿になったのではなく、足で。彼は人間の姿のままでも特別足が速い。返ってきた手紙には一言『僕たちも行くからな』とあった。これは怒らせてしまっただろうか、とも思ったが、まあジークもレオンも優しいから大丈夫だろう。












 それから夜になった。


 ワクワクしながら食堂に向かう途中のこと。辺りは暗いが、風が涼しくて気持ちいい。外に出て、ウィルに案内してもらいながら皆で向かった。――――その時、暗い物陰から誰かがこちらをじっと見つめているのに気づいた。






「…………?」






 幼い、男の子だろうか。僅かに、その子の顔がぽっと灯りに照らされる。マッチだと思った。だけどそうではないことにすぐに気づいた。小さな火は宙に浮いているようだったのだ。――――その子は、掌の上に火を灯していた。










「…………シド?」












 私が零した言葉に、彼は僅かにたじろいだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る