330 【ディラン】 反省する



 食堂であったかいスープを飲んで、俺は大きく息を吐いた。




「はああ……」




 サクラさん、可愛かったなあ……。今日の彼女のことを思い出すとどうしても頬が緩む。一生懸命鍛錬してるところがほんとに可愛い。しかも内容はけっこうしっかりえげつねえくらいの鍛錬量っていう、そこがまたいい。たまにローガンに可愛いと思われたいからって何もできねえフリをする女性団員とかいるけど、絶対あれ逆効果だよな。サクラさんみたいにバリバリ頑張ってる方が好感度高えのに、どうして出来ないフリするんだ? わかんねえ。




「明日もサクラさんに会えるの楽しみすぎる! 早く手紙書けるようになりてえな~」


「文字なら僕もわかりますよ」


「お! じゃあ後で教えてくれねえ? ……てかウィル、何か生き生きしてんな」


「え?」




 そう見えます? とウィルが恥ずかしそうに首を傾げる。昨日まで、自分にはものを教える才能がないとちょっと落ち込んでたはずなのに、今日はどこか嬉しそうだった。




「ルークは教え甲斐があるらしい。飲み込みが早くてどんどん覚えてくれるしやる気もあると」




 団長の言葉に、ウィルが元気よく返事をした。何でもルークはあまり剣を使うのは好きじゃないが、筋はそこそこ良いらしい。上達が早くて教え甲斐がある、と。




「鍛錬がメインになって料理する時間はなくなっちゃいましたけど」


「あ~だから今日は飯の用意がなかったのか……」


「食堂の料理じゃ不満?」


「い、いやいや! そういうわけじゃないけどさ! まあたまにはああいう料理もいいなあって思っただけで」




 エイダに睨まれて俺は思わず必死で訂正した。普段は優しいけど、怒らせたら怖いからな、エイダは。




「で、つまりルークは剣は初心者ってことか?」


「うん、そうだと思います」


「ふ~ん、じゃルークとジークは特に良いとこの坊ちゃんかもな。いや、ルカとレオンもそんな感じするけど」




 剣を持たなくても良い人生って想像つかねえな。つまり他の人間に守ってもらえるってことだから。でも、それにしては……ジークって変だよな。偉そうだけど平気で雑巾持って跪いてるし。文句言いながらも雑用やってたし、よく考えたら自警団のためにって備品の整理やら何やら、あんなクソ面倒くさいことも率先してやり始めたしな。ものすっごく偉そうだったが、あれだけローガンにフルボッコに怒られた後にもめげてねえのが鋼の精神力って感じだった。すげえよ、あいつ。俺だったらさすがに一日は落ち込むわ。つーか、偉そうな時のあいつってどこか……同い年なのにめっちゃ年上に見えるんだよな。何か、威厳みたいなのがあって。だから他の団員たちも従ったんだと思う。あいつの必死な言葉には、どこか従わなきゃならねえんじゃねえかって気にさせる何かがある。






「案外、どっかの国のやんごとねえ王子様だったりしてな」


「ははっ、さすがにそれはないだろう」


「そっすよね~。もしそうだったら俺なんて無礼なことばっかしてっから即処刑っすよ。あっはっは~!」




 ま、それはないない。なんで王子様がこの国に潜入なんてしてんだ。命危険に晒して。まあ好きな女の子のためにってんならロマンチックなことこの上ねえけど、現実問題一国の王子様がやることじゃねえだろってのは俺だってわかる。




「ま、ジークはけっこう良い奴っすよ! 偉そうなとこも含めてまあ何か可愛いもんですし。根性あるし、あ、あと頭もいいし!」


「……あんな貧弱な奴は戦闘では使い物にならない」


「お前またそれか~」




 隅の方で食っててむりやり団長に連れて来られたローガンは、どこか不服そうだ。いや、こいつが不服そうでない時なんてないか。いっつも不機嫌そうな顔してるもんな。




「それともサクラさんと全然喋る機会がなかったから拗ねてんのか?」


「は?」


「ぜ~ったいそうだな。俺とサクラさんが一緒に鍛錬してるの見て羨ましかったんだろ~」


「……違う」


「あ! 間があった! 絶対そうだ!」


「違うと言っている! 黙って食ってろ鬱陶しい!」


「はいは~い嫉妬見苦しいぞ~~」


「ディラン、あんまりローガンをからかわないの」とエイダ。


「だってこいつ絶対サクラさんのこと狙ってるぜ? 気のないフリしてサクラさんの話になると目がぎっらぎら――――」


「俺は彼女に懸想したことはない!!」




 バン! とテーブルを叩いて、怒ったローガンが勢いよく立ち上がった。正直ここまで怒るとは思わなかったし、こんな反応されたら「はいそうです」って言ってるようなもんじゃねえか? ローガンの怒鳴り声は珍しくなかったが、内容が内容だったから食堂にいる全員が会話をやめてこっちを凝視してやがる。俺もぽけんとローガンを見上げて、殺気立ったこいつにさすがに無神経なことは言えねえなと思ったはずだったが――――








「え、じゃあ誰に懸想してんの?」








 多分もう聞いちゃいけないであろう話題を突っ込んでしまった。


 食堂に緊張が走る。そいつを肌でビリビリ感じる。ただでさえ苦しそうなローガンの顔がますます苦しそうに歪む。とても恋愛話をしている奴の顔じゃねえ。俺が聞いたのは好きな相手だよな? 殺したいくらい憎い奴を聞いたとかじゃねえよな? なんだこの緊張感は。俺こいつに刺さられたらどうしよう。さすがにまだ死にたくねえぞ。








「……………………俺が」








 言葉を絞り出すように、辛いことを思い出すように、ローガンは俺を睨み付けながら叫んだ。










「俺が本当に守りたかった人は、この世にはいない……!!」










 食器もそのままに、ローガンは足音荒く食堂を出て行った。


 しばらくシーンと静まりかえった食堂で、最初に声を発したのはウィルだった。




「ローガンさん、大切な人がいたんですね……」




 悲しそうな声音に心がズキズキ痛む。やっぱ俺のせいか? まさかあんなことになるとは思わなかったんだ。ローガンの掘り返したくねえ過去を掘り起こしちまったのか? さすがに悪いことした……。ど、どうしよう。今すぐ謝りに行った方がいいか? それすら火に油か?




「そっとしといてやれ。あいつも気が立ってるんだろう」


「う、うっす……」




 団長は「そう言えば」と顎に手を当てた。




「ローガンは金髪の女性が好きだとかそういう話が昔あったな」


「あー……そう言えば」




 何でそんな噂が流れたんだっけ……? あいつがそういう話するとは思えないけど……。その時ふとエイダと目が合った。




「エイダ……?」




 何で……そんな泣きそうな顔してんだ?




「あ、あはは。ごめん、な……何でもない」




 エイダは慌てて俺から視線を逸らし、「ちょっと用事思い出しちゃった」と食器を持って立ち上がった。――――その後ろ姿を見送りながら……思い出した。そうだ、確かエイダから聞いたんだ。ローガンが、金髪の女性の姿絵をロケットに入れてたって。あいつと色恋が結びつかなくて、「多分姉妹か何かじゃねえの」って俺はあまり気にしなかったんだ。すっかり忘れてた。……もしかして、それか。それがローガンの思い人……? だとしたら多分自警団に来る前の話、だよな?




 同期なのに、俺はあいつの過去を何一つ知らない。どこでどんな風に育ったのか、どんな子どもだったのか。


 ローガンは、どこか俺たちと違う。あんまり認めたくはないけど育ちの良さが滲み出てて、貴族って言われても正直納得する。ただわからないのは、そんな奴がどうして自警団に入ったのかってこと。どうやってここまで強くなったのかってことだった。






「あいつが、笑った顔くらいは見せてくれるようになればいいんだが」






 団長がぽつりと零した言葉に、俺は小さく同意した。あいつのことは嫌いだ。でも、仲間だ。それは絶対に間違いねえ。だから……あいつも、もう少しくらい俺たちのこと信頼してくれてもいいのに。




「わかんねえ……」




 俺はパンをバリバリ頬張った。もやもやする想いとさっき怒らせちまったことへの後悔、いろんな気持ちを全部ごちゃまぜにして腹の中に押し込むように。


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