328 【ジーク】 動く



「え~~……それでずっと相手してくれる人間探してたのか?」


「仕方ないだろ。話の通じる奴が一人もいないんだからな……!!」




 おかげで僕の極刑リストに無名の男どもがずらずらと入れられることになった。




「ローガンは?」


「どこにいるかわからない」


「ああ、多分見回りだろうな……」




 ディランは小さくため息を吐いた。普段西支部にいるらしいこいつがどうしても今日もここにいるのかと言うと、もちろんサクラ目当てだ。ローガンはどうやらサクラに気があるらしく、それを全力で阻止しようということらしい。そんなに気にしなくてもサクラがあいつに靡くことはないと思うがな。あんな失礼で無礼で最低な…………いや、だが悪い奴ではないとか言っていたか? まさか少しは気があるのか? それは非常にまずいな。よし全力で阻止しよう。ここにいないエイトのために。




「……お前のことも認めてはいないからな」


「ん? 何の話だ? つーかさ~、備品とか武具の管理はまあ、いいんじゃねえの? これで」


「は?」


「今まで何とかやってこれてる訳だし……」


「お前このとんでもない状況が見えてないのか?」


「誰かが特別困ってるって訳でもねえし……慣れたら何がどこにあるかわかってくるって! 大丈夫大丈夫」




 大丈夫な訳があるか。パッと見て何がどこにあるか全然わからない。箱は散乱してるし適当に突っ込まれたらしい何かわからない物体が垣間見えているし……。何より不衛生だ。昨日来た時から思っていたがこの組織は全体的に汚い。




「こんなに汚くてよく大丈夫だなどど言えるものだな……!」


「男所帯なんてこんなもんだろ? あ~、まあ女性団員もいるけど、数少ないし」


「ここの備品はどういう管理をしている」


「どういう? なくなったらそのまま補充してるけど」


「なくなったら?」


「探してみてねえなってなったら買う。普通そんなもんじゃねえ?」


「普通、そんなもんな、訳がないだろ……!!!」




 僕の怒鳴り声に、ディランが僅かにたじろいだ。備品の山も端っこの方がガラガラと崩れた。




「何て無駄なことを……。紙とペンを持ってこい!! 人手が必要だ。さっき極刑リストに入れた無名の男どもを連れてくる」


「え? 紙? 極刑? 何の話――――」


「団員たちの予定はどうなっている。あいつらはこの時間何してるんだ」


「いや、どうかな~。多分皆適当に見回りに行ったり鍛錬したり……」


「は?」




 僕は立ち止まり、まじまじとディランを見つめた。




「そんなことも把握していないのか……?」


「まあ、ローガンは誰が何してても強くいさえすれば気にしないから……」


「それで何かあったらどうするんだ? この街の半分が東支部の管轄だろう。これだけ広い範囲を任されているのにそんなことも決めていないのか? 連絡手段は?」


「連絡手段? 特にないけど……。うーん、そんときはそんときじゃねえ?」


「誰がどこにいるかもわからない状況で連絡手段さえまともにない……? その状態をよしとするだと……?」




 死にたいのか? ただでさえこの組織は皇帝にとって目障りな存在だろう。それでも潰さないのは金を出さなくても街の治安が一応保たれているからだ。いくらノアの支援があっても、皇帝が潰そうと思えばすぐ潰せるはずだ。……そうだ、皇帝は自警団の存在を軽んじている。すぐに潰せるから、放置している。実際、今のままではまだ足りない。自警団がこの国を動かすには、足りないものが多すぎる。






 僕は片っ端から団員を集めた。最初はあんなに適当に僕をあしらっていた連中も、二度目はそんなに抵抗しなかった。なぜかはわからない。そんなに僕の顔が怖かったのか。それともちょうど手が空いたところだったのか。




「金は無限じゃない、有限だ! こんな杜撰な管理では金がいくらあっても足りないぞ!! お前らは金を生み出している訳じゃない、支援されてこういう活動ができている訳だろう! その金を、決して、無駄にするな!!」




 僕が大声を上げると、レオンも「その通りだ!」と団員たちを睨み付けた。




「スケジュール管理くらい覚えろ! わからないなら教えてやる! 秒単位でのスケジュール作成方法を!」


「レオン、それはやりすぎ」


「アク――――私の家はそれが普通だ!!」


「一般的には普通じゃないんだよ」




 手分けして備品を運び出し、紙に書き出す。その時になって、ディランが言いづらそうに手を挙げた。




「あー……すまん。何かいろいろ盛り上がってるとこ悪いんだが……」


「? どうした」


「字の書き方が……わからねえ」




 僕もレオンもルカも、ぽけんと目を丸くした。レインは「やっぱりねえ」と笑い、サクラはさっさと切り替えて「では字を覚えるのが先でしょうか?」と元気よく皆の顔を見渡している。




「まあ、わからねえ、こともないんだが……」


「それはどういうことだ」


「名前とかは多分皆書けるし……読むのはそこそこわかるってのもいるけど……いざ書くとなるとなあ……」




 なるほど……。まともな教育を受けてこなかったということか。ならばやらねばならないことは山積みだな。




「先に備品整理だ。書くのは僕らがやる。その後文字を覚えればいい」


「俺文字覚えられる気がしねえんだけど……」


「どうして」


「も、物覚えが悪いんだよ。それに字なんて、今更覚えても仕方ねえだろ」






 他の団員も似たような顔をしている。そんなことより鍛錬を、とその表情が訴えていた。




 ……字は、人類の生み出した武器の一つだ。これを知っているか、知らないか、扱えるか扱えないかで組織は大きく変わる。


 ルークはお前たちがこの国を動かす力になると信じているんだ。だからこそ、覚えられる気がしないだなんだ、そんな理由で諦められるのは困る。兵士はただ強ければいいものではない。特に国お抱えの騎士にでもなるのなら、最低限の教養くらいは必要だ。






 だがこいつらにその必要性を訴えたところで、やる気を出すとはとても思えない。ならばどうやってやる気を引き出させるか。……あまり気乗りはしないが、仕方ない。これが一番手っ取り早いだろう。僕は心の中でエイトに詫びた。すまない、エイト。決してお前を裏切った訳じゃないからな。










「そうか、それは残念だ。では気になる女性に手紙を出すこともできないんだな?」


「へ?」


「可哀想に。高い金を出して代筆でも頼んでるのか? 自分で書ければどれだけ楽だろうな。伝えたいこともずっとはっきり伝わるだろうに」


「え、それは、えっと……」




 ディランに迷いが生じた。それはもうはっきりと。




「もしくは女性から手紙をもらった時はどうだ? 読むだけならできると言っていたが、本当にきちんと理解できているのか?」


「わ、わからねえところは読める奴に聞けば……」


「それはよくないな。これは他の人間に読んでもらってもあまり意味がないと思うぞ? 微妙なニュアンスというのを理解できるのは当事者の人間だけだ。他の人間にはきっとわからない。となると、せっかくお互いに気が合ったとしてもそれを見逃してしまうということになるな」


「んなッ……!」


「そもそも、他の人間に読まれるなんて、女性は嫌がるだろうな? 教養のある女性からすれば、文字を読むことさえできない男性は嫌だ、と――――――」


「ちょっと待ったああああ!!」






 ディランも他の奴らも目をギラギラさせ、わかりやすく食いついてくれた。……扱いやすい奴らでよかった。もちろん、教えるからと言ってこいつらの恋を応援している訳ではない。特にディラン、お前の恋は何としてでも諦めさせる方に動かしてみせるからな。










「ぷはッ……やれやれ、いつになったら終わるんだ」


「ちょっと休憩しねえ?」と埃で涙目のディラン。


「ああ……ここを終えたらな」




 備品入れ、掃除用具入れに始まり、武具保管庫や用途不明の倉庫もいくつか仕分けに入った。団員の体力は相当なもので、僕一人ならば一日かかっても終わらなかったであろうことが一気に進んでくれた。まさかこんなに素直に従うとは思わなかったが……よほど恋文を書きたいようだな、こいつら。




 どこもかしこも埃っぽかったが、特に酷いその倉庫には、大量の本や手紙が散乱していた。




「ッ……なんだここは。埃が酷いぞ。手紙?」


「ああ、それはあれだな、多分貴族とか皇族連中が置いていったやつだ」


「? 置いていった? どういうことだ」




 古いものもあれば、そこそこ新しいものもある。しかし置いていったということはどういうことか、さっぱりわからない。




「連中が違法なことやりやがってる現場に出くわすことも多くてさ。捕まえようとしたら逃げられて、そういう時にあいつらが忘れてったもんとか……この前はあれだな、奴隷売買もあんまり残虐なやり方はこの国でも違法だろ。そこに乗り込んで押さえた屋敷に残ってたもんとかもあるな。まあいろいろだ。国に持っていかれたらどうせ金を使ってなかったことにされる。だから持ち出せるもんは持ち出しちまったんだが、何書いてるか、団長でさえさっぱりわからねえから結局ここに保管してる」




 よほどこの国の兵士は信頼できないということか。やっていることは違法だが、よくやったと言いたい。こういうものには大抵面白い情報が隠されている。僕は埃だらけの手紙を広げた。






「これは………………古語か」






 それは間違いなく宝の山だった。


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