325 【カイウス】 納得する



 ほむら――――いや、ルークがテーブルに置いたものを見て、俺は首を傾げた。




「みたらし団子……?」




 俺の知っているみたらし団子は、生醤油をつけて焼いただけのもののはずだが……これは、何だ? 何かタレがつけられているのか? とろりとしたのが上からたっぷりかけられている。




「お前は知らないだろう、これが流行る前に亡くなったからな。ギリギリ食べられなかったはずだ。昔のみたらし団子と違って、このあまじょっぱいタレが堪らないんだよ。どうだ? 食いたくて仕方ないんじゃないか?」


「はあ……」


「これが食いたかったら取引に応じて貰おう。応じてくれないならこのみたらし団子は……俺が食うしかないな?」




 そう言って団子を一本手に取り、これみよがしに見せびらかしながらゆっくり口に含んだ。幸せそうに頬を緩めてうっとりしている。その顔を見るとなぜか妙な気分になって慌てて顔を逸らした。相手はほむらとは言え今は男だぞ。俺は今何を考えた? 気をしっかり持つんだ。相手は男だ。男男男……




「んんっ! やっぱり乱蔵の団子は最高だな!!」


「おい静かにしろ。廊下に聞こえたらどうする」


「本当は食いたくて仕方ないんだろ? わかってんだぞ~」


「いや別に……。大体こんな夜中にこんなもの食いたいとは思わん」


「え」




 そんなショックを受けられても……。俺が飛びつくと思ったか? 確かに甘味は好物だが寝起きに団子を食いたいとはあまり思わない。かなりこってりしてそうだし。






「こいつが……義勝……」


「…………」


「こいつ、が……」




 ……お前は何なんだ? ルークの相棒だとか言う目つきの悪い男は、さっきから人の顔と体をじーっと見て固まっている。人に蔑まれることには慣れているが、それとも違う。俺の体型に衝撃を受けているのは確かだが……そこまで衝撃を受けるか? 俺とお前は初対面だろう? この体型が滅多にいないことは認めるが、どうもこいつは「俺が義勝」という事実に驚いているような……なぜ?




「……いい加減人をじろじろ見るのはやめろ」


「わ、悪い……」


「乱蔵はお前の昔の姿を知っているからな。だからビックリしてるんだろう」


「……何だと?」




 乱蔵? 俺の昔の、姿……?


 つまりこいつは前世の関係者ということか? だが俺はこんな奴知らないぞ。




「知らないのも無理はない。乱蔵と出会ったのはお前と死別した後の話だ。俺も仕事を引退してな、ゆっくり諸国を旅することにしたんだが、その時に出会ったのが乱蔵だ。亡くなるまで一緒に旅をして、それはそれは楽しいものだった」






 それを聞いて少しばかり納得はした。


 仕事を辞めて旅を始めたこと自体は驚くことじゃない。ずっと旅がしたいと言っていたし、あれだけ壮絶な人生を送ってきたのだから、晩年くらい穏やかにのんびり旅が出来たのなら良かったとも思う。ただ…………






「…………ッ」






 どうして俺はこんなに苛ついてるんだ……?


 ほむらとただ旅をしただけだ。それだけだ。苛つく要素なんて一つもないだろう。むしろ一人になってしまったほむらと一緒に旅をしてくれてありがとうと言うくらいなところで……いやどうして俺が礼を言うんだ、それもおかしいだろう。




「いやいやちょっと待て、それならなおのこと、どうしてこいつが俺のことを知って……」


「変身のできる奴がいてな」


「は? 変身?」


「新型兵器のようなものだ。人の記憶に干渉して姿を変える兵器。そいつがお前の姿に変身したものだから、俺の知り合いは大体お前の昔の姿を知ってるんだ」


「…………?」




 ちょっとよくわからないんだが。そんなとんでもない兵器があるのか? しかもどうしてそれで俺の姿に…………




「俺にとって大切な人間、つまり俺が守らねばならない人間に姿を変えるらしい」


「……それ、は……」


「気恥ずかしいがな。それで選ばれたのが心桜ではなくお前だったという訳だ」


「…………いや」






 大切な人間……それは違う。俺はほむらの言葉を否定しようとして、結局最後まで言葉にすることはできなかった。




 多分、恐らく、その兵器が俺に変身したのは、護衛対象として守らねばならなかったというだけの話で、心桜殿より俺が大切などとあるわけがない。…………そうだ、あるわけが、ない。俺はお前に酷いことをした。許されない。永遠に。だから…………












 嬉しいなど、思ってはならない。












 眉間に力を込めて口元を手で隠した。




「おい、義勝ってのはとんでもねえ色男のはずだっただろ。それがどうしてこうなった」


「それはまあいろいろ理由があってだ」


「いろいろか……。まあ皇子サマなんてストレス溜まりそうだもんな。そりゃヤケ食いくらいしたくなるか」


「別にヤケ食いはしてない」


「してなくてこの体にはならねえだろ」


「元々肥りやすい体質なんだ」


「体質でここまでなるか……?」




 なるんだから仕方ないだろ。


 いや、しかしちょっと待て。こんな意味のない話をダラダラしている暇なんてあるのか? そもそもルークたちがここに来たのは……




「おい、取引とは何だ? お前そのためにわざわざ皇宮まで忍び込んで来たんだよな……?」


「あ、そうだった」




 やばいやばい忘れてた、と言いながら、ルークは間抜けな顔で団子をハグハグしている。




「……お前本当に取引する気があるのか?」


「あるある。超ある。すっげえ重要なことなんだって。忘れてたけど」


「忘れるな」




 ほんとこういうことがあるな、お前は。


 だがまあ……政府の仕事をしていた頃のあの殺伐とした時に比べれば、随分穏やかになって良いことだ。




「なあなあ……お前、本当に団子食わないか?」




 だから取引はどこにいった? さっさと本題に入ってくれないか。




「別にいいと言っている。そんなに好きならお前が全部食えばいいだろう」


「……うーん」


「なぜそんなにそいつを食わせたがるんだ、お前は」




 理解できずに首を傾げると、ルークは困ったように笑った。




「だって、これくらいだからさ。俺がお前に渡せるもの」


「……? それは、どういう……」


「政なんてもうご免だろ? それに面倒事も。そういうことにお前を巻き込もうって話だ。お前がこの国を逃げ出すための手助けとかなら……よかったんだけどなあ」






 俺を、巻き込む? 何の話だ?


 やはり話が見えずにますます首を傾げていると、ルークは驚くべき名前を口にした。








「なあ義勝――――シドを知ってるか?」








 どうして、お前が。






 その後ルークが話し始めたのは、驚くべきことの連続だった。シドがイグニス家の正統なる1番目の聖騎士であり、幼い頃に追い出されて今は皇宮にいるのだろうということ、彼を助け出したいこと、しかしそれによって皇帝がアカツキに戦争を仕掛けるのは防ぎたいこと。




 驚きすぎて何から聞けばいいのかわからない。




「それで、だ。俺が考えているのは、自警団と共に革命を起こして皇帝を廃位、新しい政権の樹立。そうすればシドも自由の身だし自警団もアカツキ王国に感謝するだろうなと思ったんだ。ノアは何が起きても一人でうまくやるだろうし、お前のことはこっそり逃がしてやろうと思っていた」


「革命なんて起きたら皇族は皆殺しじゃないのか?」


「そういうことをする連中とは思えなかったぞ。それに、革命は起こすのも大変だがその後の方がもっと大変だ。政を立て直すには時間が必要だろう? ゴタゴタしている間にこっそり逃がして、そのうちお前のことも忘れてくれるんじゃないかと」


「……お前本気でそんなこと考えてたのか」




 少しばかり楽天的過ぎないか? 


 まあこいつらしいと言えばこいつらしいか。昔から、ふと思いついたことをあっという間に実行に移して失敗したり、昨日言ったことを忘れて今日は全然違うことを言っていたり……けっこう適当な奴だったからな。




「案自体はなかなか良いだろ?」


「……自警団のことは俺も知っている。革命の気運が高まっているのもな。確かに市民からの支持も得ていると思う。だが、それだけであの組織がこの帝国をどうこうできるとは俺は思わない」


「うーん、いや、自警団はなかなかすごい戦力だと思うぞ? 良い連中だし。ただまあ……それだけだと心許ないのも事実だ。血も流れるだろう。革命が起きた後のことも私は考えられていなかった。自警団がうまく政を動かせるかは、わからない。………………思えば小説ではノアが皇帝になった訳だしなあ」






 ……小説?


 最後にぼそっと付け足した言葉の意味はわからなかった。






「だから、この国にとって何が一番良いかって考えたら……やっぱりお前が必要なんだよ」






 ルークは、あの頃と同じ青い目で、俺をじっと見つめた。






「何が一番良いかって考えたら、何が一番、アカツキの民もシノノメの民も血を流さなくて済むかって考えたら……皇帝を廃し、正統な皇位継承者であるお前が即位する。それが一番混乱の少ない、それでいてこの国のためにもシドのためにも、アカツキのためにも良い道だと思ったんだ」


「俺は民から嫌われている」


「本当のお前を知ったらそんなことはなくなるさ。お前は頭もいいし顔もいいし努力家だ。そこは全然心配してない。ただな、これは……お前をまた政の世界に引きずり込む話だ。別に昔のように死ぬまでずっと従事しなきゃいけないとは思わない。後継者ができるまでとか、いっそ帝政を終わりにするために徐々に移行するとか…………いや、簡単に言える話じゃないな。いずれにせよ長い時間が必要だ。だから無理にとは言わないし、言えない。俺はその見返りに合うものを渡せない。お前にとっては悪い話だよ」


「……お前団子で俺を買収しようとしたのか」




 見返りが団子とは。


 思わず噴き出しそうになった。


 子どもじゃないだろうと思うが、そういうところもまたこいつらしいなと思う。他の奴がやったら「ふざけるな」と言いたくなるが。ただ……








「なあ……どうしてお前がシドやこの国のためにそこまでのことを考える? いくらあの子が聖騎士とは言え……お前はイグニス家とは何の関わりもないはずだろう」






 何のためにここまでするのか、理解できなかった。


 ルークも、いやほむらもまた、もう政など勘弁だろう。複雑で残酷で、苦しいことばかりだったはずだ。






「俺、実はフレアなんだ」






 …………?






「フレア・ローズ・イグニスは俺のことだ」






 ………………………………??






「今のこれは仮初めの姿でな。昔の記憶を思い出した時、俺からシドに力が移った。だから責任を感じてるし、シドには苦しい思いをして欲しくない。救いたいんだ」






 ……………………ほむらなら、思いそうなことだ。優しい奴であることを知っている。ただ…………ん? フレア・ローズ・イグニスがルーク? いやいや、だがフレア・ローズ・イグニスは女性のはずで…………皇帝に狙われていて…………んん?






「そういうわけだ。急に言われても驚くだろうが、わかってもらえたか?」


「………………あ、ああ。ああ」


「取引というか……もはやただの相談だな。さっきの話、すぐにとは言わない。どうするかまた聞かせてくれ。会いに来るから」


「……ああ」




 結局団子はほとんどルークが食べた。一本だけはシド用に残して貰ったが。




「じゃ、またな。あ、そうそう、ノアから手紙届くかもしれないけど、そっちはもう気にしなくていいぞ」


「手紙? ノア?」


「あ~眠い。乱蔵、背負ってくれるか?」


「無理」




 よくわからないことを言い残して、二人は消えた。あの様子だと、恐らく皇宮内を出た後は住んでるところまで乱蔵とやらに背負って貰うことになるのだろう。あいつ、まさかそのために乱蔵を連れてきたのか? それとも団子の良さを伝えるためか? 考えていることが相変わらずわからん。






「しかし……驚いたな」






 まさか、ルークが…………














 






 普段は女装してるなんてな。
















 ルークはどこからどう見ても男性だ。つまり普段は女装してフレア・ローズ・イグニスと名乗っているのだろう。名前は元々ルークだったのを女性に改めたのだろうな。そう言えば以前会った時心は女の子と言っていたし。なるほどなるほど。ドレスが着たいなんて、なかなか可愛らしいところもあるじゃないか。あの姿でドレスはあまり想像つかないが……まあ、きっと似合っているのだろう。






 俺は納得しながら窓を閉めた。


 さっきルークから言われた提案の答えなら、もうほとんど出ていたが……それを口にするには、もう少し時間が必要だった。


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