323 【ディラン】 味わう
「うわっ……すっげええ……」
なんじゃこりゃ。
その夜、西支部に戻ってみたら、一体何がどうなってこうなったんだってくらい建物が生まれ変わっていた。隅っこの埃も蜘蛛の巣もゴミも何もかも綺麗さっぱり消えてあちこち顔が映るんじゃないかってくらいピカピカに磨き上げられて明るくて……。床には分厚い絨毯が敷かれてる。ふわふわで気持ちいい……じゃなくてこれは一体どこから調達したんだ? 本当にここは俺の知ってる西支部か? それともどっかの貴族の別邸にでも迷い込んじまったのか? だったらヤバいぞ首が飛ぶ。
「ス、スゴイですね」
ウィルも目を丸くして呆然としている。目を何度もゴシゴシ擦って、これが目の錯覚でも何でもないってことを確認して「ふわあ……」と気の抜けた声を出していた。
「おお、戻ったか」
「団長! これどういうことっすか!? リフォームッスか!? 魔法っすか!? 何でこんなピッカピカになってんすか!!?」
「スゴイだろ。ルークたちがこっちに来たんだがな、あいつは本当に使える奴だった」
「え、あいつが、魔法を……!?」
「ははっ、魔法じゃ…………いや、魔法か? あれは魔法だったのか? その可能性はあるな。あいつが動いていった後はピカピカに磨かれて……。本当に魔法のようだった。あんなものは見たことがない。たった一日で西支部が生まれ変わったんだ。ルークは一番凄かったが、他の連中もかなり手際が良かった。慣れてるんだろうな」
「へえ……ルークってどっかの貴族のボンボンだと思ってましたけど、意外っすね」
「さすがに西支部をぴかぴかにした後は眠そうにしていたがな」
すげえな……西支部は東支部よりデカイのに。ここを一日で磨き上げるって相当だぞ? 他の奴らも小綺麗だったし、下働きとは縁がなさそうだったのに。
でも今思えば、確かにあいつらがいた屋敷ってすっげえ綺麗だったよな。他に使用人を連れてるんだと思ってたけど、あれも全部ルークたちが……? 一体何者なんだ? いよいよわかんなくなってきたぞ。
「ルベルとカノンは団員とも手合わせしていたが、なかなか良い動きだった。普段から相当鍛えてるんだろう」
「へえ~、是非手合わせ願いたいっすね!」
「ルークとアランと……シリウスか。あいつらはやらなかったな。特にルークは、家事は得意だが剣は苦手だと言っていた」
そこは予想通りだったな。ルークが剣を振り回してるところは想像つかない。あんまり鍛えてるって感じでもなさそうだったし。やったことがあるとしてもお貴族様の好きなお上品な剣術試合とか、そういうのだろうな。うん、よし、だったら俺はルークに勝てるところが一つはあるぞ。一つは。
「そっちはどうだった」
「サクラさんが超~~可愛かったっす!! それに働き者でしっかりしてて~、凄いんすよ! あのローガンにも堂々と――――」
「黙れ」
「!」
「ローガンさん!」
げえ。
いつの間に来やがった。つーかなんで来やがった。普段こっちに来ることなんて滅多にないのに。ローガンの姿を見て、西支部の女性団員たちがきゃあきゃあ頬を染めてやがる。ウィルまで目をキラキラさせて……。何でこいつはこんなにモテるんだ? 食堂に行っても街を歩いてても、いつも女の子にきゃあきゃあきゃあきゃあ……。顔だけだろ。いや顔と剣の腕だけだ。性格最悪なんだからな、こいつ。それともそういうスカとしたところがいいのか? わっかんねえ。
「どうした? ローガン、お前がここに来るなんて珍しいな。何かあったか?」
団長の言葉に答えたのは、ローガンじゃなくてひょこっと顔を出したエイダだった。
「私が連れてきたんです! 西支部がすごいことになってるって聞いたから。それに美味しいご飯も食べられるんですよね?」
そう言われて気づいた。確かにふわあっと美味しそうな匂いが漂っている。西支部の内装と外観が生まれ変わったことに気を取られて全然気づかなかった。
「すっごく美味しいって聞いたから気になって。ローガンはちょうど食堂に来たところだったから、ついでに連れてきました。食堂には他に全然人がいなかったし、今日はもう閉めて西支部に行こうって話して。ね?」
「…………フン」
「お前返事くらい普通にしろよ」
「煩い」
「はあ……お前のコミュニケーション能力は死んでるよ」
普通に受け答えくらいしろっての。女の子はこんなののどこがいいんだ?
「……飯は」
「おお、こっちだ。ルークという奴が作ってな。いや、アランというのも手伝っていたか。面白い調味料やら食材やらを持っていて、それがなかなか美味いんだ」
「あれ? ここ調理場なんてありましたっけ?」
俺が首を捻ると「一応な。とても使える状態じゃなかったが、ルークたちがそれもピカピカにしてしまったんだ」と団長が説明してくれた。ほんとに何者だよ……すげえな。
「本当に美味だった。期待するといい」
「……食えれば何でもいい」
「お前はそう言うと思ったよローガン。取りあえず行くぞ。まだ残っていたはずだ」
「ローガンさんと一緒にお食事ができるなんて光栄です!」とウィル。良い奴なんだけど、ローガンが大好きってところがどうしても理解できない。
またこいつと食事なんて最悪だと思ったけど、まあウィルやエイダがいるならいいかとため息を吐いた。
「……で? サクラとローガンに何かあったのか?」
「あ、そうそう! サクラさんがローガンにビシっと言ってやったんすよ! そしたらこいつもようやく自分の言動を反省してですね、悪かった許してくれごめんなさいって泣いて謝っ――――」
「殺すぞ」
「ディランは話盛りすぎだしローガンは殺気出し過ぎ。二人とも落ち着きなさいよ」とエイダ。
「でもローガンが謝ったのは事実だろ」
「ほお、ローガンが? 本当に?」
団長も目を丸くしていた。ローガンが謝るところなんて、やっぱり団長でも見たことがないらしい。
「ま、それだけサクラさんがビシッとバシッと言ってくれてたからな、お前もその迫力に飲まれたんだろ」
「私もビックリしちゃった。何か……いつもと雰囲気違ったよね、ローガン」
え? 雰囲気違った? そうなの? それってどんな風に?
思わずエイダを凝視すると、彼女は「ええっと……」と口ごもった。
「うーん、何て言うのかしら……何か、柔らかい雰囲気と言うか……でもいつも通り、いえそれ以上にツンツンもしてると言うか……わかんない。でもどこか雰囲気が違うなって思ったのは本当よ」
よくわかんないけど、それってつまり…………
「まさかお前もサクラさんに一目惚れ!?」
「違う」
ローガンの殺気が濃くなる。図星で照れてるって感じでもない。あ~よかった、こいつだけは恋敵にしたくねえからと胸を撫で下ろした隣で、エイダがほっと息を吐いたのがわかった。
「……エイダ?」
「ん? ど、どうかした?」
「あー、いや……何でもない」
何だ? 何か、エイダがあんな顔をしてるのは珍しいっつーか、ちょっと心に引っかかるっつーか……。ただ、その違和感が何なのかは、俺にはさっぱりわからなかった。
「……おお」
もう今はほとんど使われていなかったはずのその広間は、小さな食堂みたいになっていた。デカイテーブルが置かれて、団員たちがちらほら座って食事を摂っている。この匂いは何だ? 嗅ぎ慣れないけどすげえ美味そうで、腹がきゅるきゅると音を立てた。
「このスープは何だ? 変な色だな」
「なかなか美味かったぞ。何て言ってたかな……何とかスープ……」
「ミショシルって言ってなかったか?」
「ああ、そうそう、そんな名前だ!」
ミショシル? 変な名前だな。でも一口味見したらけっこう美味くてすぐ気に入った。ミショシルと一緒にツヤッツヤふわっふわのコメを食べたらめっちゃ美味い。何だろうな、ガツンと来る旨さじゃなくて、体にじんわり染みて心がぽかぽかするような旨さだった。
「これもうめえぞ! なんつったっけ……テンペラ?」
「あ~なんかそんなやつそんなやつ。このシュシ……だっけ? これもすげえ美味いぞ!」
黄金色の衣を割くと、中からじゅわあっととろとろの黄身が溢れた。半熟卵のテンペラ、ジャガイモのテンペラ、トウモロコシのテンペラ、よく知らねえ野菜のテンペラ……。どれもこれも美味い。シュシってのも気に入ったしショバってのも気に入った。初めて食べる味なのにどれもこれも美味かった。これをルークたちが作ったのか? あいつら何者だ? もしかして貴族じゃなくて料理修行中のコックとか? その方がしっくりくる。
「我が国の西の方だったか、東の方だったか、似たようなものを食ったことがあるがこれは別格だ。ルークとアランをうちの専属コックにするのはどうだ?」
「それ名案じゃないか!? どうですか団長!」
「落ち着け。……本人が望めばな」
団員たちの言葉に団長が苦笑した。でも俺も団員たちの気持ちはわかる。これが毎日食えるとか天国じゃねえか。
「ウィル、明日は西に来てくれるか?」
「へ、僕ふぁでふか?」
「焦らず食ってからでいいぞ。――――明日からルークとシリウスの面倒を見てやってくれ。あの二人に剣と戦い方を。アランの実力はわからないが、多分あいつは問題ないだろう。幾つも修羅場を乗り越えてきたという顔をしている。ウィル、お前は自警団の中で一番教えるのが上手い。だから頼みたいんだ」
「! はい! 頑張ります!」
団長に褒められて顔を輝かせたウィルだったが、しばらくしてハッと顔を強ばらせた。
「ウィル?」
「ですが……本当に僕でできるのかどうか……」
「? 何があった」
ウィルはポツポツと、ジークに雑用を教えていたが全然うまく教えられなかったことを話した。
「僕の教え方が悪いせいで……」
「うーん……。いや、気にするな。ジークは元々そういう仕事が苦手なのだろう」
「ですが……」
「そうだな……。ローガン、明日はお前が見てやったらどうだ? たまにはそういうのも良いだろう」
えー、何言ってんすか~団長。こいつがそんな話に乗るわけ……
「ああ……そう、だな」
……………………ん?
聞き間違いか? そう思ってローガンを凝視したが、あいつはただ黙々と機械的に飯を食っていた。その様子だけ見るといつも通りのはずだ。だが、何か……何だ? どうしたローガン。何かこう…………お前変じゃねえ?
団長もまさか承諾されるとは思わなかったらしく、目をパチクリさせていた。
「……男に二言はないってことでいいか?」
そしたらローガンは手を止めて、じっと団長を凝視した。
「………………何の、話だ」
「お前団長の話聞いてなかったのかよ!? 何ぼんやりしてんだ!?」
「面倒を見て欲しいって話だ。ジークや、サクラたちの」
「断る」
「よし、男に二言はなしだ。まあ良い機会だろう。頑張れよ、ローガン」
「ことわ――――」
「美味いだろう、このテンパラというのは特にお薦めだぞ、ローガン!」
団長はさっさと話を切り上げた。ローガンの眉間に皺が寄るが、こいつはそれ以上抗議しない……。やっぱり変だ。いつもだったらこんなにぼんやりしてねえし、本気で嫌だったらもっと抗議するはずだし。それをしないってことは、何か…………あ~~~~何だ!? ローガンが変だ。言葉にできねえけど何か変だ!! それがすげえ気持ち悪い!
「あ!! お前もしかしてサクラさんのこと考えてやがったか!?」
「は?」
「やっぱそうだ! 絶対そうだ! 好きなんだな!? そうだろ!? だって何かさっきすげえ変な顔してた気がする!!」
「違う」
「だから世話役頼まれて本当は嬉しいんだろうが!! 正直に言えよ!!」
「違うと言っている!!」
い~や絶対おかしいね。
ローガンに好きな人ができたかもしれないって知って、女性団員たちが悲鳴を上げるのが聞こえたけどそっちは無視した。こいつのどこがいいんだよって心の中で呟く。
こいつがサクラさんに近づこうってんならこっちも考えがある。絶対邪魔してやっからな、覚悟してろよ。俺はそう決意しながら、飯をかき込んだ。
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