第11話 疾走する
朝の空気って気持ちいい。
どん底だった気分も少しはましになってきた。めそめそ泣いちゃったのは予想外。私らしくもない。
「ふああ……」
窓から外に出たから誰にも会っていない。まあ、別に廊下から出たとしても誰にも会わなかったでしょうけど。まだ陽が昇ったばかりだからね。簡素なドレス姿だけど、ちょっと散歩するくらいだから別にこれで構わない。
取りあえず……少しずつ、今後のことを考えましょう。一度頭を整理しないと。昨日はたった一日でいろんなことがありすぎたわ。さすがに処理しきれない。
私は王太子殿下の婚約者であり、公爵令嬢であり、聖騎士という称号を持った女の子。
ちょっと普通の子より剣の腕が立つけど、まあ後は普通の女の子。
私の望みは、処刑という運命を逃れること。
そして、今度こそ幸せになること……。
昨晩は諦めた方がいいって思ったけど、やっぱり生まれてきた以上諦めるつもりはない。なかなか人を信じられないのに自分は愛されたいなんて、愚かで矛盾した願いかもしれないけれど……どうしても願ってしまうのだから仕方ない。
たった一人の誰かに愛されたい。私だけを特別に愛してくれる人。そういう人と家族みたいになれたらきっと幸せだわ。そう、本物の家族がほしい。私を特別に愛してくれる、唯一無二の人に出会いたい。
そのためには、人助けなんてもうしない。余計なことには首を突っ込まない。自分のためだけに生きていかなくちゃ。人の幸せばっかり優先して、自分を疎かにする生き方なんてもうこりごり。
婚約者とか公爵令嬢とか、そういうのもほんと邪魔よね。余計なことに巻き込まれる確率が増えちゃうから。はあ、……よし、どうにかしてまずは婚約を破棄してもらおう。そしてジーク殿下は心置きなく小説の主人公とのイチャイチャを楽しんでもらえばいい。
で、その後は身分を捨てるとか?イグニス家とはさっさと縁を切りたい。ここを離れてもっと静かで穏やかな場所に引っ越すの。
私のことを何も知らない、純朴な村の人々と心を通わせて大好きな人を見つける。好きな人ができたら小さな庭付き一軒家を建てて、そこで一緒に暮らすのよ。料理をして、仕事に出かけた大切な人の帰りを待つ……ふむふむ。もしくは一緒に旅に出かけるのもいいわね。ゆっくりと観光しながら、素敵な景色を見たり美味しい物を食べたり……あれ? それだと前世であの荒くれ者と旅してたときとそんなに変わらない? いやいや、あいつは私のこと嫌ってたじゃない。ババアババアって煩かったし。今度の旅のお供は、相思相愛で私のことをちゃんと大切にしてくれる人よ。同じ旅でも全然違うわ。優しい人がいい。なんでも許して、包み込んでくれる人がいい。間違っても手を上げないし、乱暴な言葉遣いもしない人。そんな人と、穏やかで楽しい日々を重ねて……
…………うん、いい。
めっちゃいい。
てんっさいじゃない……!!
これが実現したら超幸せね……!!
ああ、こうなると聖騎士の力そのものがほんと邪魔。これ、誰かに譲渡できないのかしら?
この力のせいで、隠居しても戦争の時とかに駆り出されちゃうものね。戦争なんてぜっっっっっったい嫌。これさえなんとかすれば、私の将来も案外お先真っ暗じゃないかも? 王太子殿下や主人公と関わらなければ、処刑されることもないわよね、よくよく考えたら。
ちょっと幸せ気分に浸りながら歩いていると、とても嫌な気配を感じた。
思わず立ち止まって、静かに回れ右。
くる……なんか、来る。
私の幸せを邪魔する何かが……。
「フ、フレア様ーーーーーー!?」
「来るなあああああああああ!!!」
思わずダッシュしていた。声と雰囲気でわかった、エイトだ。馬に乗って爆走してくる。彼だけじゃなくて、他にも複数名。こんな朝っぱらから何の用なの!? そう思っていると、カンカンと鐘を鳴らす音が鳴り響いた。
もう勘弁してよ!! 今度は一体何!?
私は頭を抱えながら疾走した。後ろで驚く気配がある。しまった、馬より速く走れること忘れてた。また化け物だと思われる。昨日のあれはたまたまよ、みたいな空気を出そうと思ってたのに。だって、ただでさえ聖騎士だから戦に引っ張られる可能性が高くなるのに、戦い慣れしていると思われたら余計面倒なことになる。今から減速する? いえ、このまま撒いて知らない振りをしよう。朝に出会いましたよ? いいえ、それ私じゃないですよ? ってな感じで。
「フレ、――ま、――ニが――ッで――」
途切れ途切れにエイトの叫び声が聞こえる。あんまり叫んでたら舌を噛むわよ?
あーもう、私の幸せのためには平穏が第一なのに! ようやく幸せな気持ちに浸れたんだから、もう少しそっとしといてよ……!!
屋敷に近づいてから、私はハッと立ち止まった。急に立ち止まってつんのめりそうになる。
……殺気がする。禍々しい殺気が。血の臭いはないけど……悪霊にでも取り憑かれた? ってくらいおっどろおどろしいものが漂っている。
これ……昨日と似た気配がする。
いえ、まさかね? だって彼らは近衛騎士に捕縛されて牢屋に繋がれているはずなんだから……だから……
「フレア、様!! どんだけ足速いん、すかッ!!」
「……これって」
「脱走したんです!!! アグニが!!」
後から駆けてきた中には、近衛騎士に紛れてジーク殿下の姿もあった。
「君がどうしてここに? さっきの獣のような動きは君か? 驚いたな」
ニコニコと心なしか嬉しそうに微笑んでいる。
げえ、彼に見つかってたなんて最悪。何考えているかわからないのよね、この王子様は。
「脱走って……どういうこと? さっきの鐘は……」
「アグニが脱走して公爵邸に向かった」
「……どうして」
また奥様が狙われているってこと!? 脱走してそこに向かうなんて……逃げるならまだわかるけど。そこまでして任務を遂行しようって!? つーか牢番……仕事しなさいよ……!!
「そこまでして奥様の命を狙ってるの!? 信じられない……」
「今第一騎士団長が3番隊を率いて対応に向かっている。だが下手すれば死者が出るだろう。公爵邸に向かったことしかわからない今、どこに潜んでいるか……普通では、判断できないしな」
普通では、と言う言葉を強調して私を見る。
……見ないでくれる? 何を期待しているのか知らないけれど、私はもう余計なことをするつもりはないから。
「そもそも、一体どういう男なんですか? あのアグニって……」
「アケボノ共和国の造りだした人間兵器。非人道的な実験と訓練を重ね、聖騎士のような人間離れした力を持つらしい。暗殺や諜報よりも殺戮を好み、あまりに危険すぎて手に負えなくなって捨てられた。雇い主をころころ変えながら、国をまたいで言われるがままに悪事を繰り返しているらしい」
「……すごく詳しい説明ありがとうございます」
なんかよくわかんないけど、……いや、ほんとよくわかんないわ。
取りあえず人間の造りだした恐ろしい兵器、ってことなの?
「アケボノってよく知らないですけど、そんな恐ろしいものバンバン生み出してるんですか」
「アグニ以外の被検体は皆死亡。非人道的な計画は中止された。……これは機密事項だ。勝手に喋るなよ」
「……機密事項を私に喋らないでください。そういう穏やかでない情報は欲しくありません」
ほんとなんなの、この人。勝手にペラペラペラペラ。
うんざりした時、雷のような音が鳴った。
「ソフィア!!!」
公爵の怒鳴り声が、ここまで響いてきた。
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