第5話 見つける

 これは呪いね。


 前世に置いてきたはずの呪い。それが今も私を苦しめている。



 急いで屋敷に戻ってみたけれど、今のところ何の騒ぎも起きていなかった。ただ、使用人たちが慌ただしく動き回っているだけ。私はそのうちの一人を捕まえて「奥様とルカはどこ?」と尋ねたけれど、青ざめて「わ、わかりません……」と役に立たない返事を返してくれた。



 どこの誰に聞いても微妙な返事しかくれないし、中には私の顔を見ただけで怖がって逃げ出す使用人もいる始末。おかしいでしょ、子供なのにどんだけ悪人顔なのよ。まあ、今までの行いのせいでしょうけど。


 この忙しい時に私に構いたくないってことだろうけど、自分の周りからどんどん人が消えていくのはどういうわけ?




 かといって、うろうろしていたらお父様に見つかるかもしれない。「あなた今から死ぬかもしれませんよ」なんて言ってあの人が素直に聞くとは思えないし、かといって奥様の場所も教えてくれなさそう。私がわざわざ聞くことに不信感を抱いて、「また何か嫌がらせをしようとしているのか!」と雷を落とされるかも。最悪、私がこれから起こる騒動の元凶だと思われてしまうかもしれない。






 どうしようと思いながらうろうろしていると






「こんなところにいたのか」






 ……嫌な声が聞こえた。


 振り返りたくない。振り返りたくないけれど、この声、間違いない。振り向かざるを得ない。


 無理矢理頭を動かして振り返ると、そこには悪魔のような笑みを浮かべた男の子がいた。




「王宮に向かったはずだと聞いていたから行き違いかと思ったんだが。まだ出発していなかったんだな」


「……はい」






 ジーク・アスター・ルークス王太子殿下はにこっと人の良い綺麗な笑みを浮かべた。


 今代の神子。御年十二歳。ルカと同い年だけど、その佇まいは同い年とは……いえ、十二歳とは思えない。大人みたいに落ち着いていて、底が知れない。濃紫色の髪に髪と同じ色の瞳。綺麗な顔をしているけれど、何考えているかわからないから正直不気味。いつも作り笑いばかり浮かべているし、なんていうかよく出来た彫刻って感じなのよね。






 お父様は怒っているかしら。王太子殿下に余計な手を煩わせたって。今この場にはいないけど、今頃カンカンだわ。まあ、何か言われたらルカを出せばいいか。ルカの宝物を探していたんだから仕方ない、うん。




「王太子殿下にわざわざご足労いただいて申し訳ないですけど、私は今とても忙しいんです。日を改めてくださる?」


「!フレア様、殿下に無礼ですよ!」


 


 ジーク殿下の代わりに私に苦言を呈したのは、彼の傍に従っているくすんだオレンジ色の髪の少年だった。確か、名前はエイト・フォード。第一騎士団長の息子で、私より5つくらい年上だったはず。今年史上最年少で近衛騎士試験に合格し、ジーク殿下にその剣の才能を見込まれ、こうして傍に仕えることを許された天才だった。


 第一騎士団はイグニス公爵家が任された騎士団だから、私も彼とは顔見知りだ。お父様も私も、もちろんルカも、名目上はこの騎士団に所属する聖騎士とされている。ちなみに私はほぼ全ての騎士団員に嫌われていて、顔見知りである彼にももちろんとても嫌われている。今にも剣の柄に手をかけそうな険悪な雰囲気が漂っている。やんのか、こら。……いえ、そんなすごんで見せても意味がない。こんなガキを相手にしている暇はないのよ。




 あーもう邪魔ね……。それなら私の代わりに二人を探してくれたらいいじゃない。あんたたちがうちの使用人に声を掛ければ、皆必死で探してくれるわよ。かといって、今から何が起ころうとしているのか、この二人に説明できるわけもないし……。






 その時、ほんの僅かに殺気を感じた。






「!!」






 思わず殺気のした方に顔を向ける。本当に微かだけれど、感じる。間違いない、それに誰かが怯えるような気配も。この小さな気配は、ルカか、もしくは奥様、その両方かもしれない。




「どうかしたか?」


 


 気、づ、い、て、よ!!


 ジーク殿下とエイトは全然気づいていない。


 殿下はまだしも、エイト、あんたは将来有望な剣士なんだからこれくらい感じ取りなさいよ!! 十歳の私が感じてるのだから、あなただって本気だせば感じ取れるんじゃない?ほら、これよ、これ。この冷たいヒヤっとする気配。これが殺気……






 私はびくっと体が震えた。






 殺気、だけじゃない。


 血の臭いがした。






「ッ……!!」




 


 本当に僅かだけれど、間違いない。血の臭いは前世で散々嗅いだせいか、異様に過敏になって、それが殺気とセットになるとすぐにわかってしまう。危険を察知する本能、みたいなものかもしれない。




 これは……間違いなくやばいことが起きてるんじゃない? それにそんなに遠くない。


 冷や汗が流れた。


 本当にジーク殿下たちに構っている暇なんて一秒もない。説明している暇も。


 私は殺気のする方へ駆け出した。後ろで驚いた気配がしたけど、無視、無視。追いかけてくる気配もするけれど、それならそれで都合が良い。説明するより手っ取り早いものね。







 しばらく走ってから、大きな中庭に到着した。うららかな陽光を浴びた中庭だけど、殺気と血の臭いがプンプンしている。


 気配を消して、静かに足を踏み入れる。歩くにつれて、どんどん殺気が……血の臭いも濃くなる。視覚には何も異常はない。誰もいない、ただの中庭に過ぎない。でも、視覚以外の感覚を研ぎ澄まし集中させれば、視覚で得られるよりずっと多くの情報を得ることができる。




 ……ああ、あまりに久々のこの感覚に、ぐつぐつと体中の血が沸騰しそう。




 少し遠くの薔薇の茂みがあるところ。そこに隠れているみたい。どくどくと、人の心臓特有の音がする。……鼓動の音は全部で8つ。小さいのが2つ。きっとルカと、それから奥様の中に宿る新しい命。やっぱりルカは奥様と一緒にいるのね。この時点で小説とは未来が変わってる。




 彼ら以外の5つの鼓動……




 これはきっと、暗殺者、と呼ばれる人間たちのもの。気配が普通の人間とは違う。歪んでいて、抑えきれない殺気に満ちている。彼らに怯える気配とほんの少しの血の匂いから、奥様とルカが彼らに囚われているのは明らかだった。




 腕の方はどうかって言うと……なかなかの手練れのよう。さすが、公爵家の人間を襲うよう依頼された人間たちよね。そりゃ安いお金でこんなことはできないわ。依頼主はどこぞの大富豪かしら。




 ……やっぱりこのまま逃げてしまおうか。


 十歳の私が彼らに勝てるかはまだ全然わからない。このままじゃ私まで巻き添えを食らうかもしれない。そう思った時だった。








「一体どこまで行くつもりですか!!」


「!!」








 この、馬鹿!!


 思わず叫びそうになってすんでのところで堪える。私はキッと彼を睨み付けて、その口を手で塞いだ。黄金色の目を丸くして、彼は訳もわからないように固まっている。


 もう、なんでこの殺気と血の臭いがわからないわけ!? あんた、ジーク殿下に認められた天才剣士のはずじゃないの!? まあまだ子供だから仕方ないか!


 怒鳴りつけたいのを堪えていると、彼の大声を聞いた暗殺者がさっと動き出すのを感じた。


 見つかるのはまずい。


 私はエイトの腕を引いて身を隠した。隠れたところで、花壇の隙間から一瞬、ちらりと男の顔が見える。凶悪そうな目だけを出して髪や口元は布で覆っていた。いかにも暗殺者って感じ。エイトが驚く気配がしたけれど、取りあえず口だけは手で押さえておく。騒がれると面倒だから。






 相手の警戒が強くなっている。


 まずい、このまま見つかったらどうなるかしら……狙いは奥様だろうけど、口封じで殺されてしまう可能性もある。いや、私は公爵令嬢ということで見逃してもらえる可能性もあるかしら。私を殺すだけの理由がないものね。お金にならない、危険なだけの不要な殺生は避けるはず……








「……子供か」









 背後からの声にぞくりと鳥肌が立った。


 ハッとして振り返った時には遅かった。死に神のような目をした男が、私たちに向かって鉈を振り下ろしていた。


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