第40話

 あっけなく年が明けた。目の前ではこれまでと何も変わらない様子で佐野さんがニコニコと笑いながらテレビで動画配信を見ている。


 見ているのはベニーモ・タルトが所属している事務所えくすぷろぉらぁのVTuberが一堂に会した新春配信。


 本来ならこれに出ていた側の人が今隣でそれを見ているのだから数奇な話だと思うし、佐野さんが仕事に関連する動画を普通に笑顔で見られている事にも驚く。


 もう数日すると療養期間は終わりらしいので、もう完全復活しているのだろう。


「ふふっ、面白いですねぇ。佐藤さんはVTuberとか見るんですか?」


「あー……最近はたまに」


「へぇ……今出ている人の中に推しっていますか?」


「いっ、いませんよ」


「そうなんですね……」


 あまり話していると俺がガチ恋勢だとバレてしまうので、口数も無意識のうちに減ってくる。


「佐藤さん。クリスマスの時の話ってまだ有効ですか?」


「え? あ……はい。勿論ですよ」


「今画面に映ってるあの人、投げ銭で毎日のように何百万も貰ってるんです。それだけたくさんの人に見られて、健全な形じゃないかもしれないけど愛されてるんです」


 佐野さんは画面に映っている事務所の看板タレントである氷山イッカクを指さしながら話し始めた。


「そうなんですね」


「はい。AIで歌も喋りも踊りもゲームプレイも何もかもを全部代替できちゃう未来はそう遠くない先に来るかもしれませんけど、今はまだ中に人がいて、その人が言うなれば……『演じている』わけですね」


「わかりますよ」


「じゃあ、その中の人とあの一本角が生えている人は同一人物なんでしょうか?」


「それは……」


「ガワとしては求められるキャラクターを完璧に演じている。もし中の人に恋人がいる事が分かったら多分SNSのトレンドを席巻するくらいに炎上すると思いますよ」


「そうなんですね……」


「まぁ……敢えて中の人の存在を匂わせて、そこにガチ恋してもらう側面もあるので一概には言えませんけど……やっぱりそういうリスクはありますよね」


 佐野さんは自分がベニーモ・タルトの中の人だとは言わないが、それに近しい事を匂わせだした。


 自分がそれを知っている前提なのですんなり入ってくるけれど、知らなかったとしても「佐野さんってVTuberしてるの?」と察せる物なのだろうか、なんて余計な事が気になり始める。


 余計な事が気になるくらいには本題が自分にとって重要なので緊張しているのだろう。


「それでですね……佐野成葉は……やっぱり今は皆のものなんです。特別扱いする人はいちゃいけないんだって、そう思いました」


「それは……佐野さんは……何をしている人なんですか? アイドル?」


 佐野さんは首を縦にも横にも降らない。そりゃそうか。これから俺を振るのだし。


 私はベニーモ・タルトです、なんて言ったら俺が逆上して二人で写っている写真をネットに晒すかもしれないから、そんなリスクを取ってまで身バレはしないだろう。


「でも……佐野さんは佐野さんです。他の誰でもないし、他の人とは別人格ですよ。前も言ったかもしれませんけど」


 佐野さんは薄っすらと目に涙を浮かべながら、首を横に振る。


「分かってます。分かってますけど、そういう正論が通用する世界じゃないんです。すみません。私、自分の事ばかり考えちゃってますよね」


「あ……良いんですよ。そもそもこの療養だって、恋をしちゃいけないとかあったじゃないですか。それなのに告白しちゃって……俺って……」


「え? 告白?」


 佐野さんはポカンとした顔で俺を見てくる。


「え? あ、ち、違うんですか?」


 また重大な勘違いをしていたかのように佐野さんは顔を真っ赤にして俯く。


「わっ、私……単に佐藤さんから『俺をヒモにしてくれ』って言われているのかと思っていました……その……佐藤さんにはお世話になりましたが、さすがに赤の他人の男性を特別扱いして養うのはどうかな、と思いまして……」


「あ……なるほどですねぇ……」


 出たよ、天然。


 まぁきちんと言葉にしなかった俺が悪いのだけれど、それ以上に、佐野さんは俺をヒモとして受け入れるかどうかに年末年始の頭のリソースの何割かを割いてくれていたのだと思うと申し訳なさが勝ってくる。


「ちなみに……佐藤さんはヒモと彼氏のどっちが上だと思いますか?」


「え? か、彼氏じゃないですか?」


「うーん……なら告白だったとしても回答は同じになる気がします。すみません……」


「あ……い、いえ……」


 ワンクッションおいたけれど結局振られてしまった。


 この日は佐野さんも気まずかったのか、部屋の片づけをすると言って早々に自分の部屋へ戻って行ってしまった。

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