第36話

「では……ヒキコモリマス開会です!」


 買い出しから戻ると、佐野さんは申し訳程度のクリスマス要素であるサンタ帽子を斜めに被り、23日の夜から酒盛りの開始を宣言した。


 クリスマスに引きこもるのでヒキコモリマス。引きこもるのは数日で終えたいところだ。


「買いだめはしましたけど、今日ってただの平日ですよね……」


「それを言うなら明日も明後日もそうですよ」


 強硬派のアンチクリスマス派閥らしく、佐野さんは真剣な顔でそう言う。


「あ……あはは……」


「では……早速飲みましょう!」


 佐野さんは慣れた手つきでコルクの周りに巻かれた針金を解くと、丸いコルクの先端が露出した。


 それを佐野さんが引っ張るとポン! と小気味良い音がして、栓が抜ける。


「一本目はスパークリングです! ささ! 佐藤さんもどうぞ!」


 佐野さんはディスカウントストアで調達したスパークリングワイン用の細いグラスに注いで俺の前にグラスを寄越す。


 自分のグラスにもワインを注ぐと、シュワシュワと泡が立つさまを愛おしそうに眺めながらグラスを掲げた。


「では、かんぱーい」


「あ、か、かんぱーい」


 佐野さん、お願いだからお酒はセーブしてくれ、と願いながら俺もスパークリングワインを口にした。


 ◆


「いやぁ……暇だねぇ……」


 ものの一時間もすると佐野さんは泥酔。いつものようにべろべろになってベニーモ・タルトの話し方になった。


 二人なので常に話題が尽きない状況かと言われればそうではない。毎日話しているので当然ではあるけれど。


 佐野さんがスマートフォンを接続して流しているサザンのライブ映像も一巡してきた狭間の沈黙。


 そんな折に佐野さんがいきなり立ち上がった。


「佐藤君、ゲームをしないかい?」


「ゲーム……ですか?」


「そうだよぉ。『遊び全集』で勝負をしようじゃないか」


「あぁ……将棋とかリバーシとか入ってるあれですか?」


「正解! 部屋から持ってくるから待っていてくれたまえよ」


「はぁ……」


 佐野さんは「どっこいしょ」と普段よりもやや豪快な声と共に立ち上がると部屋へゲーム機を取りに戻って行く。


 一人になって酔った頭で考える。


 遊び全集は何十種類のボードゲームやミニゲームが収録されていて、かつ、シンプルなルールなものが多いのでタルトちゃんも良く配信で他のVTuberと対戦する形式でコラボをしていた。


 そして今、佐野さんは酔っ払っていて話し方はタルトちゃんそのものだ。


 つまり……タルトちゃんと一緒にゲームが出来るという事なんじゃないか!?


 とんでもない事に気付いてテンションが上がってしまい酔いも相まって「ふおおお!」と叫びながらソファの上で座ったまま飛び跳ねる。


「なっ……何をしているんだい?」


 佐野さんのドン引きした声が玄関に向かう扉の方からした。


「はっ、早くないですか?」


「鍵を忘れていたんだよ。キミは一人になるとそういう事をしているタイプだったのか……意外な一面を見てしまったよ」


 佐野さんは俺の弱みを握ったとばかりにニヤリと笑うと、コートから鍵を取り出して今度こそゲーム機を取りに部屋へ戻って行った。


 ◆


 HDMIケーブルでテレビにゲーム機を接続するとすぐに遊び全集のトップ画面が表示された。


 佐野さんは手早く『さとう』と『さの』というキャラクターを作ってくれた。


「さて……じゃあ罰ゲームはどうしようかな?」


 隣に座っている佐野さんがそんな提案をしてきた。


「ば、罰ゲーム……するんですか?」


「ま、最初のゲームが終わってから決めようか。ボクは何でも良いよ。お互いに相手の言うがままにやろうじゃないか」


「はぁ……いいですよ」


 俺はタルトちゃんの配信の殆どを見ている。つまり、ゲームごとの佐野さんの癖や、ゲームの不得手、そもそものゲームの定石なんかは配信を見て学んだ。負けるはずがない。


「じゃ最初はボクが選ぶよ」


「お願いします」


 佐野さんが選んだのは『ヘックス』。交互に六角形の石をおいて先に自陣と繫げた方が勝ちというゲームだ。


 佐野さんは先手を取ってゲーム開始。


 順番に石をおいていくが、佐野さんの鉄壁の守りを崩すことができない。


 あれよあれよという間に俺の負け。


 佐野さんは俺の隣で嬉しそうに笑っている。


「ふふふ。実はこのゲーム、先手が必勝なんだよ」


「なっ……そんなことこれまで言ってなかったじゃないですか!」


「こっ……これまで? まぁ、切り札というものはここぞというタイミングで切るべきだからね」


「初っ端も初っ端なんですけど……マラソンだったらスタートダッシュで全力出してる人と変わりませんよ……」


「そういう細かいことは良いんだって。さて、罰ゲーム執行といこうか」


 佐野さんはそう言って俺との距離を詰めて座り直す。特に痛いこともこそばゆいこともされていないし、恥ずかしいことを強制されてもいない。


 別にいいのだけど、罰ゲームというくらいなのだから何かあるだろうと期待してしまっていた。


「え? これ……何をしたんですか?」


「ボクはこれから勝つたびに佐藤クンとの距離を詰めていくよ」


「それだけですか?」


「それだけだよ」


「どこが罰ゲームなんですか……むしろご褒美――ってわけではないですけど!」


「なら……もう一つ条件を付け加えようかな」


 佐野さんは俺の前にくると両腕をついて前のめりに座る。タートルネックなので見えないけれど、少しでも胸元がゆるい服を着ていたら見えてしまいそうな態勢だ。


「条件……ですか?」


「絶対に平静を保ち続けること。何をされてもね」


「へっ……な、なにを……」


「そうだよぉ。何をされても、だ」


 そう言って佐野さんは蛇のように舌をちろっと出して目を細めて笑う。


 俺……このまま食べられたりしないよね?


 クリスマス前夜の前夜。俺は貞操の危機を感じ始めてしまうのだった。

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