第35話
『明日はクリスマスイブ。ですが寒波が関東地方に襲来するかもしれません。雪には気をつけてホワイトクリスマスをお過ごしください』
寒波の前触れなのかクリスマスイブ前日の23日の時点で既にかなり寒い。佐野さんは室内ではあるが、タートルネックで首をしっかり防御する暖かい格好をしている。
「雪ですかぁ……佐藤さんは大晦日は何をするんですか? 実家に帰省します?」
「え? 何もないですけど……クリスマスじゃなくて大晦日の話ですか?」
「え? クリスマス?」
佐野さんはわざとらしくすっとぼける。ぼっちクリスマスは二人して確定しているのだから、そもそもクリスマスというものの話題を避けたいだけなのだろう。
去年のベニーモタルトの配信ではクリスマス衣装を着てはしゃいでいたのでクリスマスが嫌いというわけではなさそうだけど。
「あ……そういう世界線から来た佐野さんですか……ちなみに佐野さんは大晦日は予定あるんですか?」
「ふふふ。実はあるんですよ」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
「はい! サザンの年末ライブのチケットをですね……あ……あれ!? ない! ない……」
佐野さんはドヤ顔でスマートフォンのアプリを立ち上げたが、何かがないらし慌てて何度もスマートフォンをタッチしている。
「大丈夫ですか?」
「あ……大丈夫じゃありません! 無いんです! チケット! 買ったはずなのに!」
尋常じゃない慌て方だ。余程楽しみにしていたらしい。
「か、カードの決済履歴とか見てみたらどうですか?」
「あ! そうですね!」
佐野さんは早口で受け答えをすると言われた通りにカードの決済履歴を確認し始める。
だが、佐野さんの顔色は晴れない。
「ど、どうでした?」
「多分ですが……買っていない……です……」
佐野さんは己のミスを認めて項垂れる。
「ま、まだチケット余ってたり――」
「ソールドアウトでした……」
これまでで上位に入るくらいに佐野さんの顔が悲しそうだ。
「さ、佐野さん……俺、帰省しないので大みそかは一緒に酒でも飲みませんか?」
佐野さんの顔がパぁっと明るくなる。
「そんな! 悪いですよぉ!」
「もう飲む気満々な顔してますよ……」
「二年参りも行きましょうね。ご飯もおせちっぽいもの作りますから! わーい! 年末の予定が出来ました!」
自分の失敗を引きずらないのは良い事だけど、切り替えの早さに驚かされる。まぁソールドアウトしていてチケットを買い忘れていたらもうどうしようもないか。
それよりも明日の雪が問題だ。もし雪が積もってしまったら冬用タイヤでもマンションの前の急な坂道をウロウロするのはかなり怖い。
「そういえば年末は年末でスーパーが閉まっちゃうので買いだめしとかないとですけど、明日雪が積もったら買い物に行けないんで今日まとめて買っておいた方がいいかもしれませんよ」
「そうなんですか……ふふっ、今更ですけどなんだか同棲しているみたいですね。ご飯もずーっと一緒ですし」
「えっ……あ、そ、そうですね」
佐野さん、俺を照れさせてどうしたいんだろう。彼氏は作らないって言ってたくせに。
「じゃ、行きましょうか」
佐野さんは「よっこら」と可愛く言いながら立ち上がる。
「先に車で待ってますね」
「はい、コートを着たらすぐに行きます」
佐野さんは笑顔でそう答える。
何か……いいなこれ!
◆
やってきたのはいつもより大きいが少し家から遠いディスカウントストア。カゴもカートも大きさが段違いだ。
「うわぁ! 倉庫みたいで凄いですね。懐かしいです」
コートを着て、マフラーもがっちりと巻いた佐野さんはカートの操縦を俺に託すと一人ではしゃぎながら通路の両脇に並べられた商品を眺めている。
「なっ、懐かしい?」
「はい。昔働いていたところがこんな倉庫みたいなところで、暖房がなくてストーブで暖まってたんです」
「それは良い思い出ではなさそうですね……」
「あはは……そうですね……あ! ワインを10本まとめ買いするとお得みたいですよ!」
俺はさっきから気づいていたが、佐野さんに教えると面倒な事になりそうなので敢えてスルーしていたポップに佐野さんが目を付ける。
「10本て……多すぎませんか?」
「今日が23日ですよね? 年末まで持ちませんよ」
「一日二本は開ける計算ですか!? 年末は病院空いてないからまた胃腸炎になったら大変ですよ……」
佐野さんはパーの形の手を口に当てて大げさに驚く。
「はっ……では……1日1本として……33日まで持ちますね」
「存在しない12月の延長戦はしないでくださいよ……」
俺のツッコミを無視して、酒に取り憑かれた佐野さんは普段のスーパーの何倍もあるワインゾーンを駆け回る。
少し離れたところから佐野さんは俺を手招きしてきた。
「佐藤さん、これ……クレオパトラが愛したワインなんですって」
説明文を読むとジョージアという国のワインらしい。
「へぇ……買ってみますか?」
「はい! サトヌンティウスも好きなワインを選んでくださいね」
なんだサトヌンティウスって。佐野さんは酒を前にしてテンションが空回りしていそうだ。
「それはエジプトでもジョージアでもなくてギリシャっぽくないですか」
「あはは……時間もないですしサノティティネスとサトヌンティウスで5本ずつ選びましょうか」
どことなくエジプトっぽいあだ名を残し、佐野さんは好きなワインを求めてフラフラと酒コーナーを見て回る。
その後ろを追いかけながら、自分の好みは度外視で、佐野さんの好きそうなワインを物色してしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます