第27話

 足湯を出ると大学のキャンパスへ移動。


「あ、佐藤さん。コンビニ寄ってもらえますか?」


「良いですよ。そこは……フォミマだから次に別のコンビニがあったら入りますね」


 フォミマとベニーモ・タルトが所属する事務所でコラボをしていてVTuberの等身大パネルが置いてある。佐野さんに仕事のことを思い出して欲しくないから見せられないし、大きな道沿いでコンビニは等間隔にあるだろうから見逃したところで大きな問題は無いだろう。


「ふふっ、覚えててくれたんですね。嬉しいです。でも大丈夫ですから。フォミマでも」


「そうなんですか? じゃあ入りますね」


 ウィンカーを出して左折。コンビニの駐車場に入ると佐野さんは一度大きく深呼吸をしてシートベルトを外した。


「どうしたんですか?」


「あ……いえ、何でもないですよ」


 若干佐野さんの笑った顔が引きつっているような気もするが、あまり追及しても仕方ないので車を降りる。


 すると佐野さんも少し遅れて車を降りた。


 二人で店内に入ると聞きなれた入店BGMに合わせて『いらっしゃいませー!』と可愛らしい声が聞こえた。


 ん!? この声、タルトちゃんの声じゃない!?


 そこで俺はやっと思い出した。


 フォミマとタルトちゃんの所属する事務所のコラボ案件はパネルだけじゃない。


 事務所に所属しているVTuberの誰かの声がランダムで入店時に流れる仕様だった。まさか一発でタルトちゃんの声を引くとは思わなかった。


 隣にいる佐野さんを見ると、唇を内巻き気味に噛みながら顔を赤くして店頭に置かれたコラボのパネルを見ていた。


「わっ……わぁ……VTuberですか……」


 多分仕事の事を思い出す分にはそこまでの心理的負担は無くなってきているのだろうけど、まさか自分の声が流れるとは思っていなかったようで身バレの危機に顔を引き攣らせながらパネルの前にしゃがみ込む。


 さすがにこれに触れると仕事の事を思い出すとかどうとかの話じゃなくなってしまうので俺は佐野さんをスルーして飲み物の棚へ行く。


 そこにもコラボでランダムにVTuberの絵がプリントされたパッケージのコーヒーが並んでいた。


 しかも最前列にあるのはベニーモ・タルトの絵柄。これはガチ恋勢としては手に取らない訳にはいかない。


 手を伸ばすと、隣に佐野さんが来ていた。


「この子、可愛いですね」


 佐野さん!? 身バレしたいのかしたくないのかどっちなの!?


「へっ!? あ、こ、こういうの良く分からなくて……」


「そうですよね。佐藤さんってこういうの興味ないんだろうなって思ってました」


 佐野さんはそう言うとベニーモ・タルトの絵柄のカフェラテを取って行ってしまった。


 その後ろからガラガラとスライドして最前列にやってきたのは同じ事務所に所属している最北南というVTuber。あまり好きじゃないけど、絵柄を選んでいる所を佐野さんに見られると困るので仕方なくそれを取ってレジへ行った。


 よくよく考えたら俺がVTuber好きそうって思われたら佐野さんは身バレを恐れて近寄ってこないか。


 初手で気づいてグッズを片付けておいて助かった、なんて思ってしまうのだった。


 ◆


 コンビニを出たら今度こそ大学へ向かう事になった。


 車を駐車場に停めるまでは順調だったのだが、シートベルトを外すためのボタンを押す手に力が入らなくなってしまった。


「あの……佐藤さん」


 佐野さんは助手席に座ったまま、真正面を見ながら俺の名前を呼んだ。


「何ですか?」


「その……実は結構無理させちゃってたりしますか?」


「そっ、そんな事ないですよ!」


 佐野さんも勇気を振り絞ってフォミマに入店したはず。俺もこのくらいでビクビクしていられない。


 シートベルトを外すとシュルシュルと音を立てて収納されていく。


 それが収まってから数秒の間を空けて、俺は一度深呼吸をする。


 ドアを開けて外に出ると大学の講義棟が視界に入った。


 今日はそこには行かないのだけど、少し視線を逸らしてしまう。


 なんで俺はこんなにここに来るのが嫌なのだろう、と自己嫌悪に陥りそうになった時、暖かい手に俺の手が包まれた。


 いつの間にか隣に佐野さんが来て、俺の手を握ってくれたらしい。


「あの……私如きでそうなれるかは分かりませんが……何か良い思い出を作れたら変わるのかなって思って……その……ごめんなさい。軽はずみに来たいって言っちゃって。やっぱり帰りましょう!」


 佐野さんは自分が連れてきたことを後悔し始めているようだ。俺の手を引っ張って車へ誘導してくる。


 そんな風に思わせたくないし、俺もこれを乗り越えないとずっとこのままだ。


 だから、佐野さんの手を握り返し、笑顔を作る。


「行きましょうか、学食」


「はい!」


 そう。今日は別に講義を受ける訳じゃない。ただ学食で飯を食べるだけだ。


 キャンパスの奥に進むにつれてじんわりと手汗をかいてきたが、佐野さんはそれでもぎゅっと俺の手を握り続けてくれたのだった。

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