第28話
佐野さんは学食の端辺りからキョロキョロと周辺を見渡す。夕食には早い時間なので人はまばら。
佐野さんの前にはカレーライスと食堂横のコンビニで買ってきた缶チューハイが置いてある。もはや何も言うまい。
「ここが大学ですかぁ……」
「ただの食堂ですよ」
「いやいや! これでも凄いですよぉ、うんうん。やっぱり高校とは違いますねぇ」
そういえば佐野さんの人となりは薄々分かってきたが、これまでの事はほとんど知らない。今は彼氏とかいなさそうだけど歴代にはどんな人がいたのか、とか。
「佐野さんってどんな高校生だったんですか?」
「わ、私ですか? 興味ありますぅ?」
佐野さんはモジモジしながらいかにも聞いて欲しそうに尋ねてくる。ちょっと面倒くさいタイプの反応だ。
「まぁ……それなりに」
「それなりなら良いです。言いませーん」
「嘘ですって。滅茶苦茶興味ありますよ」
「じゃあ……お互いに教え合いませんか? 多分気になることは同じでしょうから」
佐野さんはカレーライスの載ったトレーを脇によけて前に身を乗り出してきた。
「いっ、良いですよ」
佐野さんは「ふふっ」と笑うと缶チューハイをグビっと飲む。
「じゃあ……これまでの彼女って何人ですか?」
「ぶふっ……もっとジャブとかあるじゃないですか!」
佐野さんのブッコミ質問に驚き、危うくうどんが鼻から出てくるところだった。
「渾身の右ストレートです! どうなんですか?」
シュッシュッとシャドーボクシングをしながら佐野さんが聞いてくる。
「0です。さっ……佐野さんは?」
あぁ! 聞いてしまった! タルトちゃんと佐野さんはあくまで別人格。それは分かっているけれど実質タルトちゃんの恋愛遍歴でもあるから、これはかなりキツイ話題だ。
「……ぜ、0です」
佐野さんは顔を真っ赤にして親指と人差し指で丸を作る。え? ゼロなの?
「俺に話合わせてます?」
「そっ、そんなことしてないですよぉ!」
「だって佐野さんみたいな可愛い人が……あっ……」
佐野さんは耳まで赤くして俯く。これ、ガチっぽいぞ。
「いっ、言い訳をしておくと! 私は商業科だったので女子の方が多かったんです! 何ならほぼ女子でした! なので電卓を打つのはめちゃんこ早いんですから! ぼ……簿記も持ってますし!」
恋人はいないという情報に加えて何故か資格と特技の情報までゲットしてしまった。
「俺は資格は……免許くらいですね」
「資格なんてどうでもいいんですよぉ! 佐藤さんは普通科ですか!? いなかったんですか? 気になる人とか!」
「ま……まぁ……陰キャだったので……」
佐野さんは俯いて自分を指差す。どうやら同志のようだ。また妙な共通点が見つかってしまった。
そして陰キャ特有の微妙な間が出来る。これまではお互いに気遣ってこの『間』を作らないようにしていたのだろう。お互いにそれが出来る人だとわかった途端、押し黙ってズルズルと自分の食事に手を付け始めた。
適度に飯が減ってきたところで話を振る。
「佐野さんって高校を出てからずっと今の仕事をしてるんですか?」
「いえ。最初は建設会社に事務職で就職したんですけど……3ヶ月……いや、半年くらいで辞めちゃいましたね。そこからニートしてたんですけど、ご縁があって今の仕事をしてる感じです」
「へぇ……同じ年とは思えないくらい色々なことしてますよね……」
「そうなんです! 私は佐藤さんの人生の先輩ですよ! どんどんと頼ってください!」
普段の佐野さんを見ていると、頼り甲斐があるかどうかと言われたら微妙なところだけど。
つい「ははっ……」と乾いた笑いが出てしまった。
それを聞いた佐野さんは俺を咎めるように指さしてくる。
「あー! 今頼りないなって思いませんでしたか!? 確かにコンビニでお酒を買ったら年齢確認されるし、病院の看護師さんにはタメ口で話しかけられるし、どこのサポートに電話しても舐められるけど、これでも立派に成人してるんですからね!」
ほろ酔いになってきたのか、佐野さんは口調こそ変わらないもののかなり饒舌だ。ポロッと仕事のことを言わないか心配になってくる。
「そういえば、成人式って行きました?」
話題を変えると佐野さんはカウンターを食らったとばかりに勢いを失って俯き首を横に振る。
「あ……同じです」
「佐藤さん! やっぱり佐藤さんは同志です!」
「嫌な同志ですね……」
「ま、私って中学は半分くらい保健室登校だったので。だから佐藤さんなんて可愛いもんですって。目の前にいるのは中学不登校高卒就職半年勤務で退職V……焼肉の部位は牛タンが好きな人ですよ!」
今VTuberって言いかけたね!?
佐野さんの手から缶を奪い取る。
「あぁ! 取らないでくださいよぉ! 私のおしゃけ!」
「家に帰ったら飲みましょうね。チューハイ一本で酔っちゃってますよ。顔も耳も赤いですって」
「それは……おしゃけのせいじゃなくて……佐藤さんが……」
佐野さんはモゴモゴと言葉を濁しながら何かを言っている。
「なんですか?」
「なんでもないです! これだけ属性が似ているのに考えは伝わらないんですよねぇ」
「そりゃいくら似ていても別の人間ですからね……」
冷たくあしらうと佐野さんは唇を尖らせ、少しだけ妖艶な雰囲気を醸し出す。
「じゃあ……合体しますか?」
「ぶっ! なっ、何を言ってるんですか!」
「え……あ!」
完全にエロい意味だと解釈していたが佐野さんには一切そのつもりはなかったらしい。時間差があって俺の解釈を理解した佐野さんは若干引いた目で俺を見てくる。
「精神的に統合された概念的な生命体として活動しようって話です! 誰も……そんな……エッチな話じゃないですから!」
オタク特有の早口でそれっぽい事を並べ立てた佐野さんはカレーライスの残りを一気に食べ始めた。
最後の一口分をすくったところで佐野さんは顔を上げる。
そして俺にスプーンの皿の部分を差し出してきた。
「どうぞ! 最後のひとくちを上げます!」
「えっ……あぁ……ありがとうございます」
「どういたしまして! 間接キスですからね!」
「この年でそんなのじゃ照れないですよ……」
「むぅ! 後で嫌というほど照れさせますから! 覚悟しててくださいね!」
佐野さんはほろ酔いで気が大きくなっているようだ。胸を張り、口の横にカレーをつけたまま、俺に宣戦布告をしてきた。
「佐野さん、カレーついてますよ」
自分の顔で対応する場所を指さしながら教える。
「わわっ!」
佐野さんは慌てて紙ナプキンで口の周りを拭った。この人はいつも締まらないなぁ。
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