第18話

 買い出しを終えた佐野さんと遅めの昼食を食べるためやってきたのはハンバーガーショップ。


 先に注文した人の物を見ると、英字新聞風の包み紙にバーガーが包まれていてオシャレな感じだ。


 佐野さんはカウンターの上にある黒板に書かれたメニューを見上げてにらめっこをしている。


「決まりました?」


「うーん……二択まで絞りました」


 俺の質問に佐野さんが答える。


「どれとどれなんですか?」


「ひっ……秘密です」


 佐野さんは顔を赤くしてメニューから顔を逸らした。


「別に教えてくれても良いじゃないですか。俺の奢りなんで遠慮しないでくださいよ」


 市場での買い出しは佐野さんが出してくれたので、昼食は俺が出すという話をしていたのだ。


 だから遠慮せずに好きなものを食べて欲しいのだけど、佐野さんの性格的に遠慮しているのかもしれない。


「いっ……いえ! そういう事ではないんですけど……じゅるり……」


 佐野さんの視線の先には熱された鉄フライパン。そこでは今まさにひき肉を丸めたパティが焼かれているところだった。


 シェフの右手には蒸し焼きにするための蓋。左手には酒瓶を持っている。


 ぼーっと眺めていると、酒瓶から酒をふりかけてフライパンを傾ける。


 ボワっと一気に火がフライパンの上で燃え広がった。


「おぉ……フランベです!」


 佐野さんはガラス越しに披露された派手なパフォーマンスに興奮した声を上げる。


「凄いですね……もしかして佐野さん、ハンバーガーよりブランデーに目が行ってませんか?」


「あっ、あははは……そんな事ないですよぉ!」


 そんな事があるらしい。飲み物を見ると、クラフトビールやワインが置いてあるようだ。だが、今日は夜に柏原さんが来る予定なので、昼から飲ませる訳にはいかない。


「ジンジャーエールとかにしたらどうですか?」


「うーん……断腸の思いでそうします……」


 そこまで思い詰めるならもういっそ飲んでもらった方が良いんだろうか。


「あー……で、ハンバーガーどれにするんでしたっけ? 二択、決まりました?」


「決めたいんですけど……笑いませんか?」


 佐野さんは上目遣いで聞いてくる。


「なんでハンバーガーのオーダー聞いただけで笑うんですか……もしかして胃もたれしてます?」


「いえいえ! ガッツリ行けます!」


「じゃあトマトが嫌いとか」


「大好きです!」


 佐野さんは満面の笑みでそう言う。


 何で俺は今のフリで録音しておかなかったのかと後悔してしまう。タルトちゃんのボイスで「大好きです!」音源が作れたというのに。


「おっ……おぉ……」


「どうしました?」


「いえ。じゃあオーダーをお伝えしますね」


 佐野さんはそう言って俺の膝を曲げて屈ませ、耳元でオーダーを囁いた。


 ◆


「お待たせしましたぁ」


 佐野さんがカウンターから出来立てのハンバーガーが載ったトレイを持って来てくれた。


 上に乗っているのはエビアボカドバーガーという無難なチョイスに、ニンニクオニオンバーガーのパティがトリプルというカロリーモンスター。


 佐野さんは椅子に座るなり、エビアボカドバーガーを俺の方に向け直す。


 そう。エビアボカドバーガーは俺のオーダー。


 つまり、カロリーモンスターは佐野さんのオーダーだ。


 この人、酒欲も凄ければ食欲も凄いらしい。


 それがバレるのが恥ずかしかったのか、自分でオーダーするのが恥ずかしかったのかは定かではないが、朝にステーキを食べて更にこれなのだから底知れない。


「んんー……はっ、く、口が開きません!」


 佐野さんの小さい口ではパティトリプルの厚さに対応できなかったらしく、必死に上からかぶりついている。


 一口食べてハンバーガーをバスケットに戻した佐野さんの鼻の頭には茶色いソースがべっとりとついていた。


「鼻、ついてますよ」


 佐野さんは俺の指摘に慌てて人差し指で鼻を掃除する。結構な量がついていたので、指からすくい漏れたソースが鼻の両脇に垂れてしまった。


「うぎゃ……とれましたか?」


「まだですね」


 佐野さんはもう一度鼻に向かって手を伸ばしたが、途中で思い出したような顔をして手を降ろすと目を瞑って俺に顔を近づけてきた。


「佐藤さーん、とってください」


「お、俺がですか?」


「はい。ダメですか?」


 ダメじゃないですよ、もちろん。


「しっ……仕方ないですね」


 ノリノリだと思われるのは嫌なので、渋々を装って佐野さんの鼻に指を伸ばす。


 ガラスのコップかと思うくらいに佐野さんの肌はつるつる。


 そこからバーベキューソースを取り除くと、いつもの肌の白い佐野さんに元通り。


「取れました?」


 目を瞑ったまま佐野さんが聞いてくる。


「はい。とれましたよ」


 俺の言葉を合図に佐野さんは目を開ける。


 最初に見たのは、ソースがべっとりとついて行き場を失った俺の右手の人差し指。


 佐野さんはそこに自分の両手を添えて俺の右手を自分の口へ持っていき、パクっと俺の指を咥えた。


「えっ……えぇ!? 酔ってませんよね?」


「ふふっ。酔ってませんよ。夜の楽しみにとってますから」


 それはそれで、今この時ほど佐野さんに酔っ払っていて欲しいと思った事は無い。


 酔っていないのに人の指を咥えるような人という事になってしまうのだから。


 俺がドン引きした顔をしていたのか、佐野さんは慌てて何かを誤魔化すように手を振る。


「あっ、あっ、で、でも! 今のはそのぉ……わざとですから! 可愛く見られようとしてやりましたから!」


「それを言っちゃうんですか……」


「へっ、変態と思われるよりは……マシかなと……」


 佐野さんは顔を真っ赤にして俯く。そういえば俺の口からネギを取ってそのまま食べたことを思い出す。


 この人、本当に変態でそれを隠しているのだろうか、なんて疑いが頭を過る。


 いやいや、タルトちゃんは口は悪いが性格は清楚そのもの。変態なわけがない。


 というかパティトリプルを注文しておいて可愛いってなんだ。自分の顔くらいあるハンバーガーを食べているのに。敢えての大食い属性萌えを狙っているのだろうか。


「ま、可愛いと思われたい人はパティトリプルのニンニクマシマシじゃなくてエビアボカドを食べますよ」


 佐野さんは苦笑いをしながら俺の方を見る。


「あはは……ぐうの音も出ません……」


 そう言いながらも佐野さんはまた大きく口を開けてパティトリプルのハンバーガーに挑みだした。


 こういう人もこれはこれで可愛いのかも?

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