第15話

「……はよーございまーす」


 昨日はイルミネーションから帰宅してそのまま寝てしまった。お陰で今日は早朝に目が覚めてしまったようで、まだ部屋は薄暗い。


 それよりも佐野さんの声がしたような気がする。


 ベッドもいつもより窮屈なような……


「えぇ!? 佐野さん!? なっ、何してるんですか!」


「ふふっ、来ちゃいました」


 シングルサイズのベッドの壁際にギュウギュウと押し込められているのだが、それは佐野さんが入ってきていたからのようだ。


 いきなりの事なので何があったのかと戸惑う。


「あれ……いや……昨日って部屋の前でバイバイしましたよね?」


「えぇ!? 覚えてないんですか!?」


「なっ……何をですか?」


「そうですか……佐藤さんはお酒に酔うと記憶が飛んじゃうタイプなんですね……」


 佐野さんはお酒に酔うと人格が変わるタイプですけどね。


 いや、そうじゃなくて一体なんなんだ。


「いや……記憶がないというか……一人で寝たのを鮮明に覚えているというか……」


 佐野さんは俺の顔を見てふふっと笑う。


「冗談ですよ。家のエアコンが壊れちゃったんですよ。私みたいにバコーンって。あはは……」


「佐野さんは壊れてませんから……」


 中々に重たいジョークで茶化すもの難しい。


「あはは……まぁ、それでですね。さすがに寒いのでこっちのリビングを貸してもらおうと思ったんですけど、そこもエアコンが切れてて勝手につけるのも悪いかなと……というわけで部屋に来ちゃいました!」


「玄関、鍵閉めてませんでしたっけ?」


「開いてましたよ。無用心ですね」


「まさかこのマンションにベッドまで侵入してくる人がいるとは思わないじゃないですか」


「ふふっ、それもそうですね」


 この人、本当に色々とバグっている。普通、付き合ってもない男のベッドに入ってきますかね。


 呆れ返りながら身体の位置を調整する。


 大の大人が動いたので、その揺れはそれなりのものだったようで、近くにあるパソコンデスクにも揺れが伝わったらしい。


 パソコンのファンが回りだし、スリープモードが解除されたパソコンのモニターが点灯。そこにはベニーモ・タルトのメンバーシップ限定で配布された壁紙がでかでかと表示されていた。


 幸いにも佐野さんはモニターに背中を向けるように横になっていたので気づかれてはいない。


 だが、俺がベッドから降りるには佐野さんを乗り越えないといけない。


 これ、詰んでない? 壁紙を見られないようにしたいけど、佐野さんは動かしちゃいけないという縛りつき。


「さっ……佐野さん!」


「えっ、あっ、は、はい!」


 とりあえず布団を頭から被り、佐野さんが動いてもモニターが見えないようにする。


「えっ……あっ……あわわ……さ、佐藤さん! これは……その……えぇと……」


 佐野さんは自分からここに来たのに、こういう流れになるとは微塵も思っていなかったように顔を真っ赤にして視線を逸らした。


「え……あ……ちょ……は、恥ずかしいです……すっぴんなので……」


 佐野さんはそう言って両手で顔を覆う。


 これだ。


 佐野さんを照れさせて、顔を覆わせたままこの部屋から連れ出せば、壁紙を見られずに部屋から出られる。


「佐野さん、かっ、可愛いですね」


「えっ……ひゃっ……」


 佐野さんは照れて更に顔を隠す。


 これはいけるぞ。


 確信を持って佐野さんの腕に手を添える。


「佐野さん、このままリビングに行きませんか? 朝ご飯を食べましょう」


「あ……朝ご飯……あ、いいですね」


「じゃあ……可愛い佐野さん、起きてください」


「かっ……可愛いだなんて……」


 佐野さんは耳まで真っ赤にして顔を手で覆ったまま立ち上がる。


「顔は見せなくていいですよ。恥ずかしいですよね。ほのまま……そのまま……」


 佐野さんの肩に手を置き、寝室の出口まで誘導する。


 寝室を出て扉を閉めた瞬間、勝ちを確信。


 佐野さんはまだ両手で顔を覆っていた。


「佐野さん、もういいんじゃないですか?」


「うぅ……ちょっとからかいたかっただけなのに強烈なカウンターを食らってしまいました……」


 よほど可愛いと言われたのが恥ずかしかったらしい。配信のコメントでは毎秒言われているのに耐性が無いなんて面白い人だ。


「ならもう寝室には入ってこないでくださいね」


「リビングまでは良いってことですか!?」


 佐野さんは手を顔から離して犬のように俺の腕に纏わりついてくる。


「ま……まぁ……いいですよ。エアコン、早く直るといいですね」


 相変わらず佐野さんにはダメと言えない。


「はい! もうこのまま壊れっぱなしでもいいかもしれません!」


「それはマズイですよ……」


 この人、どんどん俺に遠慮がなくなってきているけれどこういう人なのかなぁ。変に勘違いしないようにしないと、なんて思ってしまうのだった。

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